第90話 告白
江橋さんを抱き起して辺りを見渡してみると、一ノ瀬さんも美咲の姿も見当たらなく、雅人が人の波に飲まれていくところだけ確認することができた。
多分、一ノ瀬さんと美咲は雅人より前にいるのだろう。俺が江橋さんを支えている間にみんなは人の波にのまれてしまったのだ。
このまま追いかけても追いつくことは多分不可能だろうし、このまま立ち止まっていても周りの迷惑にしかならないから、とりあえず屋台から少し外れたところに移動することにした。
「……私のせいではぐれてしまいごめんなさい」
「いや、あれはどちらかというと当たってきた人が悪い。それに、江橋さんが一人ではぐれることにならなくてよかったよ」
「日裏くんに支えてもらえたおかげで転ばずに済みましたが……もうすぐ花火も始まってしまいますし、私のせいで最後のイベントに間に合わなくなってしまいました……」
とりあえず、合流できそうかどうかの連絡を美咲にしてみたのだが、美咲たちが着いた場所は座席で、もう両隣は埋まってしまったらしい。
美咲たちでも席を取れたのはギリギリらしく、多分今から行っても席はないだろうとのことだった。
そうやって席が作られているくらい近くで綺麗に見ることができるから皆でそこに向かっていたわけだし、だからこそ江橋さんはそこに行けなくて少し暗くなってしまっているのだろう。
それも、自分だけではなく俺も巻き込んでしまったと思っているからこそという感じだと思う。
どうしようかと悩んでいたら、一つのメッセージが送られてきた。
「江橋さん、ここから先に行くと花火を綺麗に見ることができる穴場があるらしいぞ。行ってみるか?」
「……そんな情報をどこで……?」
「一ノ瀬さんが教えてくれたんだよ。中学の時によく行ってた場所らしくて、特別に教えてあげるとか書いてあったな」
「……明梨ちゃん……」
「それで、どうする? 中学の時はほとんど人がいなかったらしいけどそこに行ってみるか?」
「は、はい! 行きます!」
マップに適当にピンが刺されている程度の地図だったが、ぎりぎり把握することができて林を抜けた先の広間にたどり着くことができた。
一ノ瀬さんのメッセージ通りそこには人が全くおらず、俺と江橋さんの貸し切り状態になりそうだった。と、その時丁度「ヒュ~」という音が聞こえてきた。花火が上がる音だ。
「よし、着いたな————っと、丁度始まったか」
「本当ですね。ここもとても綺麗ですし、とてもいい場所を紹介してもらえました」
「むしろ、人が少ないから見やすいかもしれな……い」
江橋さんのほうを見て、言葉が途切れた。
今日初めて見た時にも同じことを思ったはずなのに、あまりにもその浴衣姿と花火の薄暗い光に照らされた江橋さんの表情が綺麗で、言葉が詰まった。
何を考えていたかが一瞬で吹き飛んでしまい、江橋さんがこちらを振り向こうとしていることに気がつき、パッと目を顔を背ける。
「日裏くん。このままでいいので少し話を聞いてもらえますか?」
「ど、どうしたんだ?」
「……夏目漱石は、貴女が好きですというセリフを月が綺麗ですねと例えたそうです。これは、夏目漱石が英語でアイラブユーを日本語でそう表したらしいです。ストレートにではなく、遠回しにロマンチックに愛を伝える。それだけで気持ちは伝わるはずだとも言っていたそうです」
「……その由来は知らなかったが、セリフ自体は知ってたな」
ラノベとかでも多くはないが見かける表現の一つだし、かなり有名な言葉だと思う。夏目漱石自体知らない人がいないほどの有名な人物だからな。
花火は次々に上がっていく。今はシャワーのように見える花火が流れている。
「これの返しとして有名な言葉は二葉亭四迷の死んでもいいわというものがあるということを知っていますか?」
「……それは知らないな」
「では、夏目漱石の月が綺麗ですねがアイラブユーだったように、これは元々なんという言葉を訳した物だと思いますか?」
「……私もです、とかそういう感じか?」
「ふふっ、少し違います。答えは、あなたのものですという言葉です。これも、遠回しにロマンチックに愛を伝える言葉になっています」
「言われてみると、確かにロマンチックなのはかなり大事な要素ではあると思う」
花火は、打ち上げ花火へと移行した。枝垂れ桜、UFO、キャラクター。さまざまな花火が上がっている。そろそろ、大きい花火が上がり始める頃合いだろう。
「残念ながら、私にはそんな文豪のような言葉は思いつきませんし、多分思いついて言ったとしても流されてしまって終わるでしょう」
「……何が言いたいのかは分からないが、すごく貶されたような気がするんだが……」
次は、特大の勘尺玉らしい。花火大会の第一部の締めとしての大きな一発が用意されている。
「私には、こんな風に偶然に頼るしかロマンチックな空間を作ることもできませんでした」
こんなに綺麗な場所で花火を見ることができるのは、言っては悪いが江橋さんが転びかけたおかげだろう。確かに偶然だ。
特大花火が今、打ち上げられた。
「日裏くん、いえ、静哉くん。私はあなたが好きです」
大きなはずの花火の音が、なぜかとても小さく聞こえた。俺はバッと江橋さんのほうを振り向く。こちらを、真剣な眼差しで見つめる江橋さん。多分、聞き間違いではない。
「それは————」
「————友達として、ではありません。一人の男性として、です。きっかけは、神代光生としてナンパから助けてくれたことだったのでしょう。ですが、多分それは私が日裏くんと知り合うきっかけに過ぎなかったのだと思います。私は私を一人の女の子として扱ってくれる静哉くんが好きになりました」
「……江橋さんのことは友達だと思ってるし、俺にはもったいないくらい魅力的だと思う。だけど。俺には多分まだ好きな人がいない」
だから付き合ったりすることはできない。そう伝えると、江橋さんは知っていたかのように頷いた。
「はい。知ってました」
「……え?」
訂正、知っていた。
「この前、モールで言っていたのを覚えています。さっき、涼風ちゃんと話をした時に言われたんです。私が日裏くんを振り向かせて見せる。と」
「……つまり……?」
「私も、日裏くんに振り向いてもらえるように頑張る、その宣言です。……この気持ちを自覚した日から、私は今日伝えるということを心に決めていました。ですが、こうして二人きりになったのは偶然です」
打ち上げ花火が次々と上がっているはずなのに、江橋さんの声以外の音が一切入ってこない。これは、脳の致命的なバグなのではないだろうか。
「……日裏くんではなく、静哉くんと呼んでもいいですか?」
「い、いや、別に構わないけど……」
学校に行ったときに周りからの目線が気になる程度だが、それが大きい。
「ありがとうございます。……私のことは麗華と呼んでくれませんか?」
「……それはちょっと……」
「……だめ、ですか?」
「ぅ、ぐっ、麗華……さん」
へタレた。
「……涼風ちゃんを呼び捨てにしているように、私も呼び捨てにしてもらえませんか?」
「ぅ……れい、か……」
「はいっ!」
とてもいい笑顔で返事をしてくれた。あまり見ることのできない自然の笑顔だ。これも破壊力が大きい。
涼風と麗華……さん。容姿も性格もいい二人に好かれるような点が俺にあるのだろうか。それは分からないし、俺に2人に好かれるような資格はあるのだろうか。
トップカーストとモブ。絶対にありえない組み合わせ。今度こそ周りが黙っていないのではないだろうか。しかし、そんなことは考えていないのか、江橋さんは最高の笑顔で俺に言う。
「これから、覚悟していてくださいね」
デジャブを感じる!
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