第82話 モテ高校生はスイーツを食べる

 やはり昼前だったため、ある程度人は多くいて混みあっていた。一人だったら適当にフードコートで済ますのだが、今日はせっかくだから美咲に選んでもらうことにしよう。


 今いるのは、地下のレストラン街ではなく、一階にもある店が集まっているところの近くだ。


「美咲、どれが食いたい? 地下でもこの階でもどこでもいいぞ。30分までなら待ち時間があっても許そうじゃないか」


「本当!? じゃあそこの【sweetスイート carnivalカーニバル】に行きたい! 実はこっちに来る前に調べたんだけどパンケーキがすごく美味しいんだって書いてたの! お兄ちゃんと二人だったら嫌がるかもって思ってたんだけど、麗華さんもいるなら入りたいなぁ!」


 そう言って指さした方向にあったのはいかにも男性お断りという雰囲気を溢れさせている綺麗なお店。そう、あれだ。SNSで知った言葉だが、いかにも映えそうなお店だ。


 透き通るような色合いの内装に、外が見える一面ガラス張りの壁。タピオカより近づき難い雰囲気を醸し出している。


 確かに俺一人では絶対にこんなところには来ないし、美咲と二人だったとしても何かと理由を付けて断っていただろう。


 しかし、江橋さんが居るからといって入ることができると聞かれれば、俺にとってのハードルは変わらないし、そもそも江橋さんもこういう店に入ることに抵抗を持っているかもしれない。


 そう考えて江橋さんのほうをちらりと見てみる。


「……三段パンケーキにメープル……。それにチョコフォンデュまで……!? ここ、こんなお店がこんな近くに存在したのですか……」


 ……めちゃくちゃ入りたそうにしていた。江橋さんがすごく女の子っぽい雰囲気を溢れさせている……。今ならこの店の常連だと言われても信じられそうなくらいだ。


「え、江橋さん入るか?」


「はい! 是非、是非入りましょう! 待ち時間は少しあるみたいですが、これくらいなら余裕で待つことができます! ねっ! 美咲ちゃん!」


「うん! とりあえず予約表に名前書いてくるね!」


 美咲が名前を書いたことによって店に入ることは確定したわけだが、二人がこんなに楽しそうにしているのなら別にいいかもしれない。


 チュロスが好きなように、甘いものが嫌いなわけではないから若干楽しみといえば楽しみにはなってきている。


 店から甘いにおいも漂ってきているし、しばらくの我慢だ。


「ねぇねぇ麗華さん! こっちでおいしいスイーツ屋さんとかっていっぱい知ってたりしますか!?」


「スイーツ屋さんですか?」


「はい! 私甘いものが大好きで、そういうお店を巡るのが趣味のようなものなんです!」


 美咲に付き合わされて公園の近くで移動販売していたクレープとか、夏だけオープンする大盛特大かき氷など様々なものを食べた記憶がある。


「なるほど……それは良い趣味ですね。パッと思いつく私のおすすめは、すぐ近くのデパートの二階にある抹茶アイスのお店ですね。抹茶の濃さも五段階で選ぶことができて、抹茶の苦みとアイスの甘味がちょうどいい感じに混ざり合ってとても美味しいです」


「アイスですか! 今の季節にぴったりだし良いですね! お兄ちゃんと食べに行ってきます!」


「おいおい……。まぁ抹茶は好きだからいいけどさ」


「是非、日裏くんも行ってみてください」


 そんなおすすめの店の話をしていたら、席が空いたようで案内された。席で一通り説明を受けてからメニューを開く。


 そこにはメインとして扱っているパンケーキから、一応のようにご飯に分類されそうなものが並んでいた。


「じゃあ俺はチョコレートアイスが乗ってるこのパンケーキにしようかな」


「おおお! 良いね! じゃあ私はシンプルにメープルマーガリンにしてみる! お兄ちゃんの後で少し分けてね!」


「おういいぞ。江橋さんはどれにするか決めたか?」


「うーん……私は……よし、決めました! 抹茶アイス付きのこのパンケーキにします! あ、でもこちらアイスも魅力的にうつってしまいます……」


「そんなに迷うなら俺たちの少しだけ分けようか? すでに美咲に上げる約束はしてるしな。一人も二人もほとんど変わらん」


「良いのですか!?」


「お、おう。美咲も構わないよな?」


 それに、俺も分けてもらえるなら食べられる味が増えるわけだし、ダメな理由は正直どこにも見当たらない。


 美咲にも確認したが、案の定賛成してくれて、みんなで分けて食べることが決まった。注文して届くのを待つ。


 チョコフォンデュはパンケーキを頼めばサービスとして使えるらしく、江橋さんの目が輝いていた。しかし、食後のデザートにしたいからとまだ我慢すると宣言している。


 パンケーキの後のデザートとは一体何なのかと思ったが、それよりもそわそわして落ち着いていない江橋さんが珍しくて何も言わなかった。


 そんなにソワソワするなら一回試せばいいのにと思ってたらパンケーキが運ばれてきた。全員が儀式のように写真を撮ってからナイフとフォークを持つ。


 ちなみに、カメラの音が鳴ったのは俺だけだった。二人とも写真アプリを入れているのかもしれない。


「うわぁ! おいしそう!」


「美味しそうです! では早速……はぅ、美味しい……」


 江橋さんが蕩けるような笑顔でパンケーキを一口食べる。それを見て俺も一口に切り、口に入れてみる。


「んぐっ……ホントにうまいな!」


「はい! この徐々に溶けていくアイスがパンケーキに良い感じに垂れてくれるのですごいです!」


「あえてシンプルな味を頼んでみたけれど……これが都会の熟練の味かっ! この店できたの最近だけどっ!」


 美咲が一人で騒いでいる。まぁ確かに騒ぎたくなるくらいおいしいとは思ったが、江橋さんは美咲とは対照的に静かに感動していた。

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