第83話 モテ高校生の定番
「ほら、こっちの味も食ってみろ。お前のにはアイスが乗ってないだろ?」
俺は一口サイズに切ったパンケーキをフォークで刺して美咲の口元に持って行った。
「やったー! んぐ、こっちも美味しい! あ、私のも上げるね! はい、あーん」
「うん、こっちはすごいふわふわだな。チョコとメープルの違った甘さが口直しになっていい感じだ」
美咲から食べさせてもらったパンケーキのメープルで口飽きせずに食べきることができそうだ。……ふと顔を上げると、江橋さんが俺と美咲を交互に見て驚いたような表情になっていた。
いや、多分あれは交換するということを忘れていた顔だと思う。……俺は忘れてなかったからな?
「はい、江橋さんも。抹茶も美味しいと思うけどチョコも美味しいぞ」
「え、えぇ! 食べさせていただきたいと思います!」
食べると言ったものの、何度もコーヒーを飲むだけで中々食べようとしない。味直しに時間がかかっているのか?
「あぁ……。早くしないとアイスが溶けて垂れちゃう。ほれ、あーん」
「は、はい……。あーん……」
江橋さんはパンケーキを咀嚼し、飲み込んだ後にその余韻に浸るように目を瞑っていた。
「どうだ?」
「……不思議な感覚でした……」
「そうだよな。俺もこういうスイーツ系は久しぶりに食べたからすごく美味しいと思ったなぁ」
「……確かに毎日だと死んでしまうかもしれません……」
カロリーとかを考えてしまったら毎日はきついかもしれないが、死んでしまうはオーバーだと思うが。いや、女の子は男より体重を気にするしそんなもんなのか?
「なぁんかかみ合ってない気がするなぁ……」
「とりあえず、俺もその抹茶味の貰っていいか?」
「え? はい! ナイフはお箸を持つ左手前方注意ですね!?」
「え、どういうこと? ダメってこと?」
「あ、いえ! もちろん大丈夫です! ……行きます……」
ゆっくりと、綺麗な所作でパンケーキを切る江橋さん。ん? あれ? 大きくないか? え、アイス乗せすぎじゃないか?
「ちょ、ちょっと待ってえはーー」
「--はいどうぞ! お食べください!」
「--むぐっ!」
えは、で口を開いたところに丁度パンケーキが入ってきた。上げた量の二倍くらい帰ってきたんだが、ってそれよりまずは飲み込まなければ……。
「美味しいけどめちゃくちゃ大きかったんだが……」
「麗華さん、もしかして間接キスだと思って意識しちゃったんですか? 動揺しちゃって見えてなかったみたいな?」
「はぁ……。お前、そういうのは中学生のからか……え?」
「なっ! ななななななななななななっ!?」
そんなことあるわけないだろと思いながら言ったら、目の前で江橋さんがめちゃくちゃ動揺してる。ど、どうしよう!?
「ほ、ほら! 美咲が変なこと言うから江橋さんが壊れたじゃないか!」
「わ、私のせい!?」
「み、美咲のせいだろ!」
「どど、どうしよう!? 麗華さんパンケーキどうぞ! はい! おいしいですよ!」
美咲が近づけたパンケーキを江橋さんがパクリと食べる。ゆっくりと咀嚼して飲み込んだのを確認した。一体どうなるのかと見守っていると……。
「わ、わたっ! わたたたたーーむぐっ!?」
美咲がもう一口突っ込んだ。すると、ようやく少し落ち着いたようで、江橋さんはコーヒーを飲んでから軽く深呼吸をした。
「私! かか、間接キシュとか気にしませんからっ!」
「あ、噛んだ」
「と、とにかく! 美咲ちゃんもどうぞ食べてください!」
「も、貰います!」
美咲が江橋さんのパンケーキを貰ったことでとりあえず場の空気はリセットされて、なんとか落ち着くことができた。
思い出してみれば、江橋さんは男の友達など今まで一人もいなかったと言っていたのだ。だから、美咲に言われて意識してしまったのだろう。
最初は俺をただの友達にするのようにしていたが、美咲に言われたことで友達から男と認識を変えてしまったのかもしれない。
……あれ? そしたらパンケーキを切っている時に動揺していたように見えたのはどういうーー。
「ーーチョコフォンデュしてきます!」
「あぁ、了解」
「……まさかあそこまで動揺するとは思わなかったなぁ」
「……江橋さんは俺が初の男友達らしいから、言われて動揺したんだろ」
「本当にそれだけだと思う?」
美咲が何やら含みのあるような言い方をする。だが、普通に考えてそれしかないと思うのだが……。
「逆にそれ以外にありえなくないか?」
「……はぁ。お兄ちゃんって明華さんからの好意に気がついてた?」
「いや、残念だけど全く。ただの友達だと思われてると思ってたんだよな。……それと何か関連性があるのか?」
「……ダメだこりゃ……」
美咲があきれたような表情で残りのパンケーキを食べ始めた。もう話は終わりだということなのだろうか。
「いや、今度は何を妄想してるのか知らんが、さすがに江橋さんが俺をってことは無いだろ……」
「今まで男の友達すらほとんど作ってこなかったお兄ちゃんに女の子の気持ちなんて分からないかっ!」
今度はニコッとした顔で言ってくる。
「失礼だな! 今なんか女友達の方が多いぞ!」
「へぇ……? ちなみに人数は?」
「男は一人と女は三人だ」
「ふっ」
「おい! 今鼻で笑っただろ! そういうお前はーー」
「--お待たせしました! ……あれ? 何か話をしてらしたのですか?」
「いや、なんでもない」
チョコフォンデュを二皿分大量に持った江橋さんが戻ってきた。江橋さんが俺を好きだと思われているなんて話をするわけにもいかないため適当に誤魔化す。
「そうでしたか。チョコフォンデュ皆さんの分も持ってきたので食べましょう!」
「おお! ありがとうございます! おいしそう!」
「そうだな。頂くとするよ」
全体に浸されているクッキーや、半分だけチョコがついているマシュマロなど色々考えてチョコフォンデュを作ってくれたようだ。
それと、さっきのことが嘘のように落ち着いているため、チョコフォンデュを作っている間に自分の中で折り合いをつけることができたのだろう。
そのままチョコフォンデュとパンケーキを食べ終わり、コーヒーを一杯飲んでから店から出る。
この後は特に用事は無いが、手荷物がかなりあるため俺と美咲はそのままマンションに帰ることにした。
だから、江橋さんとはこの場で解散だ。
「江橋さん今日はありがとな」
「いえ、私も楽しかったですし、こちらこそ美咲ちゃんにこんな良いお店を教えてくださりありがとうございます」
「私も洋服を選んでもらいましたし、ありがとうございます!」
「美咲が変なこと言ってごめんな? あと他にも色々ありがとう」
色々というのは江橋さんが話を合わせてくれたことがメインだ。まぁ、美咲の服を選んでくれたことも含まれているが。
「い、いえ! 私は気にしてませんので!」
「ならよかった」
色々あったが、買い物自体は楽しかったし偶然会ってよかったのではないかと思う。
これからの問題は俺が神代光生だということをどうするかだが……もう言ってしまってもいいかもしれない。
信頼や何かが足りないのだと思う。タコパの後に江橋さんにそう言われてしまったことを思い出す。
そもそも、俺はなぜ神代光生だということを秘密にしていたのかと考えてみたが、その理由に江橋さんは当てはまっていなかった。
一ノ瀬さんにもバレてしまっているだろうし、もう雅人も含めて言ってしまおう。そんなことを考えていたら、美咲に不思議そうな目で見られていることに気がついた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「いや、そろそろ良いかなってさ」
「どういう意味?」
「こっちの話だ。まぁ、悪いことではないから安心してくれ」
「はーい」
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