第80話 モテ高校生は妹と歩く

 俺と美咲はモールの前までやってきていた。夏の暑い中歩くのかと文句を言われたが、歩く以外に手はないのだから仕方がない。


 美咲と歩くときは髪を整えろと言われて、整えないとずっと文句を言ってくるため若干神代光生スタイルだ。


「ほええ、おっきいね!」


「まぁ、本屋に服屋にゲームセンターに、基本何でもあるからな」


「そうなんだ! じゃあ、私の気にいる服もあるかなぁ……」


「服屋だけでも何店もあるから一つくらいは見つかると思うぞ。……というか、見つけないと服足りないだろ。ま、とりあえず向かうか」


 美咲は、今日服を買うつもりでやってきたため、マンションまでやってくるときに着ていた、オープンスクール用の制服と今着ている一着しか持っていないのだ。


 今日買いに行けなかったらどうするつもりだったのかと聞いたら俺に買ってきてもらうとか言ってきたから、一人で女性服など恥ずかしくて買いに行けないため、大荒れでも今日買いに来ただろう。


「……なんか、種類が多すぎて全然選べない! お兄ちゃん選んで!」


「ええ……一着ならまだしも、何種類も考えるとか俺もしたくないぞ? というか、いつも俺が提案しても結局自分で選ぶじゃんか」


「うぐっ、否定できない……! ……というかお兄ちゃん、あれって高校生? 制服着てるように見えるけど髪染められてるよね?」


 美咲の視線の先には、自然にはならないであろう鮮やかな茶髪の学生の姿。都会……というか、都市では結構普通の光景だが、俺の地元のような田舎では高校生でも髪を染めるのは校則違反なところが多い。


 だから街で見かけるのも制服を着ている=真っ黒い髪というのが当たり前だったから珍しいのだろう。


「あぁ……というかあれ、俺と同じ高校の制服だぞ。学校紹介の資料で確認しなかったのか?」


「え? あ、ほんとだ! じゃ、じゃあ! 私も入学したら染められるってこと!?」


「まぁ、そうなるけど……地元の高校よりも難しいけど勉強は大丈夫なのか?」


「くっ、嫌なところを突いてくるね! でも大丈夫! 私には心強い味方が居るからね!」


 結構余裕そうにそういうが、心強い味方……正直嫌な予感しかしない。


「……その味方ってまさか俺のことじゃないだろうな?」


「おお! よく分かったね! 頼りにしてるぞ、現役合格お兄ちゃん!」


「そんなところだろうと思ったよ!」


 とりあえず今は美咲の服を選ばなければいけない。このままでは後日俺が一人で女性服を買うという事案が発生してしまうのだ。


「夏だし、あいつは身軽な服装の方が喜ぶし……とりあえずこれーーあ、すみませ……ん?」


「あ、すみませーーあ」


 一着服を取ろうとしたところ、誰かと選んだ服が被った。パッと手を引いて被った人に謝ろうと顔を上げると、見知った顔の人が驚いた顔をしてそこに立っていた。


「え、えと……。こここんにちは、ひう、かみ……せい、日裏くん……」


 神代光生と日裏静哉の間みたいな状態だったせいで、どちらの名前で呼べばいいか迷ったらしい。日裏くんと呼ばれたのなら学校以来会っていなかったわけだから一週間ぶりというわけだな。


「あー、一週間ぶり……?」


「は、はい。そうだと思います……」


 そこに立っていたのは江橋さんで、持っているカゴを見るに、多分服を買いに来たのだろう。一ノ瀬さんの姿は見えないから多分一人で。


「え、えっと……。江橋さんはどうしてここに?」


「わ、私はえっと、あの、その……。そうでした! おしゃれな服を着て少しでも意識してーーじゃなくて! おしゃれな服を探しに来たんです! 神代光生と麻倉明華の撮影を見て欲しいと思い……」


 考えられないくらい気まずい空気だ。江橋さんは俺が神代光生だということを知っているとはいえ、俺と神代光生を別に考えると宣言しているのだ。


 なのに、当の俺が神代光生との間みたいな恰好で来てしまったせいでどう接していいか分からないのだろう。


 全然こちらに目を合わせようとしてくれないし、心なしか顔が赤い気もする。と、とりあえず何か言わなければ。


「そそ、そうだったのか! 俺は……」


「ねー、お兄ちゃん服選んでくれ……誰この美人さん!? あれれ……? もしかして明華さんじゃなくてこっちがお兄ちゃんの彼女さん!?」


「え、妹さん? か、可愛いですね……」


 タイミングが良いのか悪いのか、美咲がやってきてしまった。興奮した様子を見せているから……なんだか嫌な予感しかしない。さっきよりも嫌な予感がする。


「お兄ちゃんの彼女さんですか!? 名前はなんて言うんですか!?」


「え、え? えと、江橋麗華です」


「江橋さん、うんうん。麗華さんね! まさか明華さんからの告白を受けてつきあってないっていうからどうしてかと思ったら……お兄ちゃんいつも髪を下ろしてるから上げたところ見たらびっくりしたでしょ! だってお兄ちゃんは神代こーーいてっ! 何すんのさ!」


「こ、こらっ! 江橋さんは俺の彼女じゃないから! ただのクラスメイトだから! 勘違いするスピードが早い! 俺は誰とも付き合ってないから!」


「そんなぁ……。……あれ? 今私言っちゃダメなこと言わなかった……? ご、ごめんお兄ちゃん! お兄ちゃんがモデルしてるって言っちゃったよね!?」


「落ち着け。怒ってないし大丈夫だからとりあえず落ち着け。言っちゃったって言ってるから落ち着け」


 普通だったら秘密なのだから怒りはしなくてもきつく言い含めるくらいはしたかもしれないが、運が良いのか分からないが正体がばれている相手だ。


 美咲は慌てているが、公然の秘密のような状態だったのだからとりあえず落ち着かせることにした。ちなみに、なぜか美咲ではなく江橋さんがほっとしたかのように息を吐いていた。


「落ち着いたか?」


「……うん。でも、私彼女さんだから知ってると思って言っちゃった……」


 かなり罪悪感を感じているようで、先ほどまでの高いテンションが嘘だったかのようにしゅんとしてしまった。


「ったく、ちゃんと説明してなかった俺も悪かったけど美咲は先走りすぎだ。俺に彼女はいない。分かったな?」


「うん……」


「はい!」


「うん?」


「あ、いえ、えっと……流れと言いますか、い、今のは私も返事をするべきかなと!」


 俺の言葉に美咲となぜか江橋さんが返事をした。……まぁいいか。


「本当なら言っちゃいけないことを言ったということで怒った。だけど運が良いことに江橋さんは俺がモデルをしてることを知ってる。だから今回は不問にしてやる」


「……そうなんですか?」


 美咲が江橋さんに本当のことなのかと質問する。俺は江橋さんに伝われという気持ちを込めてじっと見つめる。


 俺と目が合った江橋さんは深く頷いてから美咲の方を見た。


「はい。日裏くんが神代光生としてモデルをしていることも知ってますし、まだ誰とも付き合っていないということも知ってますよ」


「……後半の情報は余計じゃないか?」


 無理してほしいと考えたことは無いが、そこまで何度も言われると悲しくなってくる。


「そっかぁ。良かった……。でも今度からは早とちりしないように気を付ける……」

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