第74話 脇役高校生はすれ違う

 波のあるプールから少しだけ歩いた場所に出店や食事をとることができる店が並んでいる。プールに入るのに財布を持ち歩くわけにはいかないため、この場所と更衣室とロッカーがある場所はかなり近い場所にある。


 まずは何を食べるか、それすら決まっていない状態で歩き回ってみることにした。


「わぁ、出店って思ってた以上に色々出てるんだね!」


「そうだな。こういうレジャー用のプールだからこそあるって感じだな。まぁ、夏だからこそってのもあるとは思うけど」


「確かに冬にプールは繁盛しなさそうだね!」


「まぁ、ここのプールは中に温水プールとかサウナもあるから例外だろうな」


「でも、冬はこんなに出店はないと思う。外プールも夏限定だしね!」


 確かに、と話をしながら一通り何が売っているのかを見て回る。


 外ではチュロスやポップコーンなどのどちらかといえばお菓子系統のもの、それとフランクフルトやホットドックなどの祭りなどで食べるようなご飯系のものが並んでいた。


 とりあえず、俺はチュロスのシナモン味を注文する。一本300円とお安い値段だったが、これがないとプールに来たという気がしない。


 チュロスは、むしろこれを食べるためにプールに来ているといってもいいくらい大好物だ。


 屋台などで見かけたら必ずと言っていいほど買うのだが、夏祭りなどでもほとんど見かけないし、自分で作るには少し手間がかかるためこうして買う以外に食べることができないのだ。


「……なんか、チュロスをすごく美味しそうに食べるけどそんなにおいしいの……?」


「ああ。うまいなんてもんじゃないぞ。チュロスのパイの食感と若干カリカリした周りの生地……。それと絶妙にマッチしたシナモンの味と長く味わうことができる一本の長さ、これ以上においしい物はほとんどないな」


「そ、そんなにおいしいの……。なんだかすごく食べたくなってきた……」


 どうやら俺の説明を受けて食べてみたいと思い始めたらしく、あからさまに俺の持っているチュロスと売り場を交互に見ている。


 シナモンというのはかなり香りが強い調味料なため、匂いだけでもかなりおいしそうだと感じるはずだ。


 涼風はチュロスを食べた事がないようで、食べた事がないものに挑戦するということに躊躇っているようだ。まぁ、意外と一本の量があるからそれもしょうがないだろう。


 だが、よく考えてみるとこれはチュロスの信者を増やすチャンスなのだ。これを逃がす手はない。


「なぁ、俺の一口食ってみるか? それでおいしかったら一本買ってくればいいし、あり得ない可能性だが! もし美味しくなかったら買わなければ良いしな」


「え、え? ひ、一口食べるの?」


「おう。食ってみないか?」


「た、食べる! 食べてみたい!」


「お、おう……。そんなに勢いよく言わなくても大丈夫だぞ。ほれ、食っていいぞ」


 そう言って俺は涼風の方へとチュロスを差し出す。しかし、涼風は中々食べようとしない。どうしたんだと思って涼風の方をみてみても、ただ視線を彷徨わせているだけで食べるような気配は一切感じなかった。


「どうした? 食べないのか?」


「う、た、食べるけど……」


「ほれ、がぶっと一口行っていいぞ?」


 食べると言ったものの、涼風は中々一口食べようとしない。食べようと口を開いたかと思いきや、すぐに目線をそらしてしまう。


 その様子がなんだかおもしろくてしばらく見ていたら、涼風は覚悟を決めたかのような真剣な顔をしてついにチュロスと向かいあった。


「よし……食べる……。食べるよ……!」


「そんなに気合を入れる必要はないと思うが……まぁ、頑張れ」


「よし……! いただきます!」


 チュロスを一口大ほど口に含み、咀嚼し飲み込んだことを確認した。


「どうだ? おいしいだろ?」


「おいしかった……と思う……」


「思うって……随分曖昧な言い方をするな。でも、シナモンが効いてておいしいだろ?」


「た、多分……」


 チュロスの生地自体がシナモン風味でできているし、パウダーとしてたっぷりとシナモンがついているはずなのに涼風はあいまいな表現しかしなかった。


「多分って……おいしかったのか? それに、結局買うのか? 買わないのか? どうするんだ?」


「あ、あまり分からなかったの! でも買ってくるから待ってて!」


「分からなかったって……それなら普通買わないと思うんだが……」


 そんな俺の呟きが屋台まで走って向かっていった涼風に伝わるわけもなく、俺の疑問は寂しくその場で木霊した。


 だが、買うという言葉に嘘はなかったみたいで、シナモン味のチュロスを注文していた。


 チュロスは完成されたものが並んでいるだけなため、すぐに袋に詰められてお金を払って受け取っていた。


「お待たせ! うん! チュロスってこんなにおいしかったんだね!」


「ん? え、いや、美味しいならいいんだが……」


「どうしたの? 何か言いたげな表情をして」


「いや、さっきは味があまり分からなかったって言ってたからさ」


「そ、それはそれで関係ないの! それより、もうこれだけでお昼として足りるから次のところに行こ! ……違う意味でもお腹いっぱい……」


 涼風が食べながら進んでいってしまうからそれを早足で追いかける。


「———は何を食べるんですか?」


「私はチュロスを食べるよ! プールと言ったらチュロスでしょ!」


「そうなのですか。では、私は————」


「え!? ……気のせいか……」


 聞き覚えのある声、江橋さんと一ノ瀬さんの声がしたと思って急いで振り向いてみたが、そこには知ってる顔など一切なかった。


「静哉くん早く! 急がないとおいてくよ!」


「ちょ、今行くから少し待ってろ!……まさかな……」


 先ほど撮影の時に見かけたから自意識過剰になっていたのだろう。今聞こえた声は気のせいだ、そう判断して涼風の方へと向かった。

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