第73話 脇役高校生に場所を変わってほしい
「いや、ほとんど待ってな……い……ぞ?」
「ど、どうしたの? 似合ってない……かな?」
「い、いや! 何でもない! す、すごく似合ってるぞ!」
涼風の来ていた水着は、上下に分かれているビキニタイプで軽く柄の入った可愛らしいものだった。
その色は涼風の性格のように明るい白系をメインで構成されており、薄く花柄が散らされている。全体的にレースでかたどられており、涼風の女性らしさを強調していた。
いつも一緒に撮影をしていたとしても、水着のような肌を露出している服を見たことなど無い。つい目を奪われてしまい、言葉が出なくなってしまった。
しかし、そんなことを気取られるわけにはいかないとすぐに立ち直って涼風に何でもないと答えた。ライトノベルを読んでいると服や水着に見とれるというイベントが良く起きていたが、正直服一つで何かが変わるわけでもないと思っていた。
だが、こうして現実で遭遇してみると、あの表現は誇張などではなかった。いつもは仕事で接しているため、お互いに照れるようなことも起きない。
しかし、ビキニという水着の中でも特に露出が多い服を着ていることに加えて、若干の恥ずかしさを孕んだ表情。そして無意識の上目遣いで聞かれる似合っているかどうか。
モデルとして化粧をしているときよりも魅力的に感じてしまった。
「じゃ、じゃあここにいても暑いだけだし行くか……?」
「そ、その前にシャワー浴びなきゃ……」
「そ、そうだったな」
「冷たい……」
「そうだな……あ。……俺もうシャワー浴びてたんだった……」
思っていたよりも動揺していたようで、もう一度シャワーの冷水を浴びてしまった。一度浴びているのだし、ただただ冷たい水をかぶっただけだろう。
しかし、冷たい水を被ったおかげで冷静になることができたようで、落ち着きを取り戻すことに成功した。
「あはははっ。シャワーを二回浴びるなんて、もう……動揺しすぎ! そんなに私が魅力的だったのか~? うりゃうりゃ!」
「……冷たい水を浴びたことを忘れる程度にはな」
「え? そ、それってどういう……ちょっと!」
「ほら、ここにいても暑いだけなんだからとりあえず移動するぞ」
涼風のあからさまな煽りを受けて更に冷静になった俺は、とりあえず移動することにした。
俺たちが今来ているプールは、外プールと中プールに分かれており、外には波のあるプールや流れるプール、滝のように上から水が降り注いでいるプールなどがある。
中には、50メートルのプールだったりウォータースライダーのようなレジャーのようなものももちろんあるが、サウナや温水プールなど、どちらかといえばゆったりと過ごすことができそうなものが存在している。
外のプールは夏にしか開かれておらず、屋台なども基本的に夏しか存在しない。俺はプールではチュロスを食べるのが習慣だった。
「とりあえず、最初は波のあるプールにでも行くか」
「いいね! このプールの名物だからね!」
「そうだな。……お、水温もちょうどいい感じで気持ちいいぞ。涼風も入ってみなよ」
波のあるプールは、海水浴場のように徐々に水深が深くなっていく作りになっており、俺は腰のあたりまで水が来る位置まで入ってみる。
さっき浴びたシャワーとは段違いで、水温は気持ちがいいくらいの冷たさだった。なんというか、ずっと浸かっていたいくらいの温かさという感じだ。
俺に促されて涼風も水の中に入ってくる。
「ほんと? ……本当だ! ……えい!」
俺の前らへんまで進んでいったと思った涼風がこちらに振り向いて思いっきり水をかけてきた。不意打ちだったが、水が目に入ることを防ぐことに成功した。
やられっぱなしで終わるつもりもないため、すぐに水を手に掬う。
「わっ! いきなりかけるな……よっ!」
「きゃっ! 目に入った~!」
「ふっ、追い打ち……だっ!」
「わわっ! 今私何も見えないんだからずるいよっ!」
そう言いながら涼風が水を掬って水を飛ばしているが、本当に今は目が見えていないようで的外れなところに飛んで行っている。
「ははっ。俺はそっちじゃないぞ?」
「え? じゃあこっちかな!?」
「え、ちょ、そっちは違う!」
涼風がくるりと方向を変えて水を飛ばそうとする。その先に確かに人がいた。人はいたが、それは俺ではなくどこかのリア充二人組だった。
このままではその二人にかかる! そう思い飛び込んで……
「ぶへっ! おわわわっ!」
「え、ちょっ、なに、きゃっ!」
涼風を押し倒す形で水の中に倒れた。水の中でばっちりと目が合った涼風はとても驚いた顔をしており……ってそんなこと考えている場合じゃない! 急いで涼風の手を引っ張って起こした。
「わ、悪い涼風! 大丈夫か!?」
「けほっ、けほっ。だ、大丈夫。びっくりしたけど……」
「プールに入るのも久しぶりだったせいか急いで動いたら予想以上に足を取られたって……あはははっ! 涼風の髪が水にぬれて髭みたいになってるぞ!」
目をこすって視界を確保してみると、涼風の髪の毛がびしょびしょになってセミロングの髪が髭のようになっていた。そのせいでつい笑ってしまった。
涼風も目をこすって視界が確保できたのか、キョトンとした顔でこちらを見た。
「そういう静哉くんも、水に完全に入ったせいで髪が完全におりてるから男版の貞子になってるよ!」
そういえば涼風だけではなく俺も完全に水に浸かってしまったのだった。
「え? 道理で視界が暗いと思ったよ。よし、これでいいだろ」
「もう、雑! ほんのわずかとはいえ、一応水着の宣伝できてるんだから……うん! こんな感じでいいと思う!」
「お、おう。ありがとう」
雑に視界を確保したら、それではダメだと涼風に髪を軽く整えられてしまった。髪型は額を完全に出すような感じで、昔撮影の時に一度だけカチカチに固めた時の髪型みたいになった。
それは別に構わないのだが、髪を触るために近づいてきた涼風の顔が思ったよりも至近距離まで迫っていて、少し目をそらして礼を言ってしまった。
「え? わわっ、う、うん! そ、それよりそろそろお腹すいたなっ!」
「そ、そうだな! なんか食べるか!」
涼風も俺の顔が目の前にあった事に気がついて、若干焦ったような声になっていた。この空気をリセットするために一旦水の中から出ることにした。
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