第72話 脇役高校生はプールに行く

 撮影が終わって更衣室から出ると、マネージャーさんがそこに待っていた。ほぼ同時くらいに涼風も更衣室から出てきたようだ。


 テントと一緒に設営されている簡易更衣室だが、その作りは外からは絶対に見えないように作られていて安心して着替えることができる。


「さて、二人とも着替え終わったかしら?」


「はい。……今日は一段と暑いですね」


「私も大丈夫です。暑いから早くプールに行きたいです」


 どんどん暑くなる気温に、汗も少しずつ出てきてしまった。時間はまだ昼を迎えるかどうかと言ったところだ。


 気温は太陽が頂点にきてから約二時間後に最も暑くなるというから、これ以上暑くなるのは確実だろう。そう考えただけで憂鬱な気分になりそうなものだが、今日は今からプールに行くのだ。


 しかも授業のように指示されたことをする必要が無く、潜る必要もなく自由に過ごしていいのだ。さらに言ってしまえば出店で食べ物やアイスすら買えてしまう。


 そんなわけで、今だけは気温が暑いほど水の中に入るのは気持ちが良いから、もっと暑くなってくれてもいいとさえ思っている。


 ちなみに、一日で一番暑い時間云々は昔テレビで見たような気がするというあいまいな記憶だが、空気が温まるまでにかかる時間の目安が二時間だとかなんとか。


「じゃあ、このチケットを渡しちゃうわね。これをもって受付に見せるだけで入れるから安心してちょうだい。それと、次の撮影の時に支障が出ないようにあまり焼けないようにしてちょうだいね。日焼け止めは禁止だから気を付けてね」


「そうでした……。でも、日焼けすると赤くなるだけで黒くはならないから大丈夫だと思いますよ」


「俺は焼けても大丈夫じゃないですか?」


「ダメよ。次の撮影も秋の服なんだから肌が黒かったら不自然じゃない。前回までなら焼けてても大丈夫だったのよね」


 そういえば、もう今日から秋の服の撮影に入ったのだった。そう考えると、過度な日焼けは避けなければいけないだろう。


 モデルの仕事は結局身体が大事になってきてしまうから、はしゃぎすぎないように気を付けなければいけない。


「とりあえず、そろそろ暑くなってきたしプールに向かおうぜ」


「そうだね! じゃあマネージャーさんお疲れさまでした!」


「ええ、お疲れ様。……楽しんでらっしゃい?」


「はい。俺はプールなんて久しぶりだから楽しみです」


 高校の授業に水泳は存在していない。水泳部は存在しているらしいが、授業としては選択肢としてすら存在していない。


 まぁプールで遊ぶのが好きでも、泳ぐのは好きではない俺からすればとてもありがたいことだが。


 プールは隣の建物にあるからあっという間にたどり着くことができた。夏休みだが、平日ということもありあまり混みあっているようには見えなかった。


 受付にマネージャーさんからもらったチケットを見せて中へと入場する。塩素の独特な匂いが漂ってきた。


「んじゃ、着替えてからシャワーを浴びて合流かな?」


「シャワーは更衣室を出たところにあるみたいだからそこで合流でもいいかも! あ、でも静哉くんの方が早く着替え終わるかな?」


「んー、まぁどちらにせよ入り口近くで集合すれば大丈夫だろ」


「それもそっか!」


 そう言って俺たちはそれぞれ分かれて更衣室へと入っていく。入ってすぐのところに脱水機があり、そこから後ろに大量のロッカーが並んでいた。


「えっと、そういえば中身確認するの忘れてたな……。まぁ、マネージャーさんが選んでたはずだから変なものではないだろ」


 俺は紙袋に入っている水着を取り出す。プールに行くということを考慮してくれたのか、派手すぎる水着ではなく暗めの色だけど、スクール用のもののようにぴっちりとはしていない履きやすいものが入っていた。


 毎回思うが、マネージャーさんのセンスの良さは異常だ。場所と季節に合ったものを的確に用意しているし、着るモデルすら選択が完璧だ。


 俺がいくら似合わないと思っていたものでも、促されて着てみると意外と様になっていたりと驚くようなことが多々ある。


 準備をするのを忘れたと思っていたゴーグルもなぜか一緒に入っていたし、素直に感謝しておこう。……ほかに忘れているものがないかひっくり返してみたら、一枚の布のようなものが落ちてきた。


「……ん? なんだこれ?」


『フィットしなかったらこっちを着てね!』


 広げてみると出てきたのは柄入りのブーメランパンツ。いわゆる水球選手が履いているようなもので……。


「って、履かねぇよ!」


 ついぺしっと床に叩きつけてしまった。競泳選手や水球選手には悪いが、これを履いて歩くのは恥ずかしすぎて俺には無理だ。


 拾いなおして、一応丁重に仕舞いなおす。水着はそのまま貰ってもいいと言われているが、このブーメランパンツは返そうかと迷うレベルだ。


 着替え終わった俺はロッカーのカギを手首に通して更衣室を出る。まだ涼風は来ていないようだった。


「うっ、冷てぇ……。これだけは急すぎて慣れないな……」


 必ず浴びなければいけないシャワーを浴びて涼風を待つことにした。小学生の頃は、確かこのシャワーを地獄のシャワーと呼んでいた気がする。


「お、お待たせ静哉!」

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