第35話 エピローグ

 いつも通りの朝、学校に一時間は早くつけるように起きて弁当を作る。朝食も食べ、学校に向かう。


 江橋さんと連絡先を交換したものの、土日にメッセージが来ることもなく、特に変わらない週末を過ごすこととなった。


 そろそろ夏が本番に近づき始め、朝から暑いと感じる日が近づいてきた。今日の天気は晴れで、気温は三十度に届くかどうかというレベル。


 まだ夏本番でないのにこの暑さはやばいんじゃないかと思いはじめた。暑さを感じるのは主に湿気が原因だというし、蒸し暑いと汗もかきやすいからやめて欲しいというのが本音だ。


 学校の教室にエアコンが入るのは夏休み後だし、正直今は耐え忍ぶしかないだろう。


 学校に着くと、やはりまだ誰もいない時間なため一人で本を読み始める。そして人が入ってくるのを待つ。


 モブの生活が終わると思っていても、一年以上続けてきたこの生活サイクルはなかなかやめることができない。


 多分、一番に学校に来るという行動はこれからもずっと変わらないのだろう。


 でも、高校生活を一年間続けて変わったことも多い。例えば、人とのかかわり方などが最近変わった大きなことだろう。


「おう静哉、今日も本を読んでるのかよ。っていうかその本進んでるか?」


「雅人、実はこれ三周目なんだよ! テスト直後に映画版を見てから急に読みたくなってなぁ……。何回読んでもまじで泣きそうになるんだよ……」


「えっと、ノーゲーム……あぁ! それか! 分かるわぁ……。映画二回見に行ったし、映画見てからアニメと小説見返して、また映画を見ると新しい発見があって感動が増えてやばかった……」


「は? 俺三回映画見に行ったしブルーレイも購入したからな?」


「いや、一体何にマウントとってるんだよ……。そこは感想言いあう場面だろ……」


 三回見に行ったのもブルーレイを買ったのも本当だが、この話は雅人と既にしていた。いやむしろマウントをとるまでがテンプレのようなところがある。


「……なぁ、そういえば金曜日は帰り道に何かなかったか?」


「何かって?」


「例えばその……告白されたりしなかったか?」


 何のことかと思えばそんな話か。うん、確かに昨日似たようなことがあったな。


「あぁ。されたぞ?」


「まじでか!?」


「友達になってくださいってな」


「……は?」


 雅人が呆気にとられたような顔をしているが、そんなに意外だったとでもいうのだろうか?


 確かにそんな雰囲気ではあったが、俺と神代光生を別の人と考えると言った以上告白なんてされる可能性はゼロだというのに。


「いやいや、告白なんてされるわけがないだろ? だって本を貸して一緒に勉強会をしてタコパをしただけだぜ?」


「確かに言われてみればそれだけなのか……? いやでも、あの反応でそれはありえなくないか……?」


 雅人がぶつぶつと何かを言いながら考え始めたが、そんなことが気にならない位教室が一気に騒がしくなった。


 そう、江橋さんがやってきたのだ。


「おはよう麗華さん! 昨日テレビでやってたペット特集見た? すごく可愛かったんだよね!」


「おはようございます。昨日は帰るのが遅くなってしまったのでテレビを見ませんでした」


「おっはよー麗華! やったね! おめでとう!」


「おはようございます明梨ちゃん! 電話でも言いましたが改めてありがとうございます。明梨ちゃんのアドバイスのおかげです!」


「ほらほら、せっかく友達になったんだから挨拶してきなよ!」


 江橋さんと一ノ瀬さんが話をしている。周りは何の話をしているのか分からないといった様子だ。


 ん?一ノ瀬さんがこっちを見てにやりとした。……とても嫌な予感がする。


 江橋さんが一ノ瀬さんに頷き返して、俺の方を見た。こっちに近づいてきてないか?


「おはようございます、日裏|く(・)|ん(・)」


「あ、あぁ。おはよう江橋さん」


「白木|さ(・)|ん(・)もおはようございます」


「おはよう江橋さん。金曜日ぶり」


「おはよう二人とも! これから大変かもしれないけどよろしくね? 日裏くん?」


「何がよろしくなのかは知らないが、大変じゃないようにしてもらっていいか?」


「あははっ、それは無理かな!」


 江橋さんに続いて一ノ瀬さんもこちらにやってきた。この二人がこっちに来たということでさすがに目立ってしまったが、俺はもうモブを辞めることになる可能性のほうが高い。


 だから周りで何を言われているのかは分からないけれど、実害が無いうちは気にしないことにする。


「とりあえず、もう先生が待機してるから戻ろうな?」


「え? ほ、本当ですね……! あ、あとでまた来ますねっ!」


「……ほどほどにするようにしておくから安心してね」


「そ、そうか……」


 パタパタしながら江橋さんが戻っていった。その姿に周りにいた人たちも少し驚いていたようだった。


 なぜなら、高嶺の花のイメージにはそんなパタパタしている姿は存在しないから。高嶺の花は完璧でなければいけないのだから。


 でも、俺と雅人と一ノ瀬さんにとっての江橋さんはパタパタしていたり意外といたずらをするのが好きな女の子だろう。


 周りから見られる彼女に対する認識が変わるときと俺に対する認識が変わるときはもしかしたら同じタイミングなのかもしれない。


「んじゃ静哉、また休み時間に来るわ。これから大変そうだな?」


 にやにやしながら言い放ってくるが、これだけは言っておこう。


「江橋さんはお前とも友達になれるかな? って言ってたぞ」


「まじかよ! あーでも、それはそれって感じなのか……? とりあえずまた後でな!」


 雅人も席まで戻ったところで、スマートフォンのメッセージアプリにグループの招待が来ていた。招待主は江橋さんだ。


『麗華と日裏くんが連絡先交換したって聞いたからグループを作って招待してもらったよ! ついでに友達追加しちゃった!』


『おっけー。把握』


『せっかくなので白木さんも招待しておいてもらえますか?』


『了解』


———せいやが雅人を招待しました———


『したぞ。でもあいつ気がつくかな?』


———雅人が参加しました———


『はやいな』


『なんだなんだ?』


『やっほー白木くん! 友達追加していい?』


『あぁ、理解した。いいぞ!』


 と、そこまで見て他の人からもメッセージが来ていることに気がつく。自慢じゃないが、連絡は家族、仕事、雅人しからしか来ない。


 戻って確認すると、連絡をしてきた相手はマネージャーさん。


『ごめん光生くん! 今日予定していたモデルさんが急用で来れなくなっちゃって、今月いっぱい休みの予定だったと思うんだけど急遽今日から仕事に入ってくれないかしら?』


『成績もよかったですし、もしものことを考えて補習期間まで休みを取っていただけなので大丈夫です。モデルは他に誰が来るのですか?』


『よかった! なら前回と同じスタジオに午後五時過ぎに来て頂戴! 一緒の相手は明華(あすか)ちゃんよ』

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