第34話 モブ高校生は友達になる

「じゃあまた月曜な!」


「じゃあね日裏くん! 麗華もまたあとで連絡してね!」


「おう! 意外と楽しかったぞ!」


「明梨ちゃん、後で電話かけますね!」


 マンションの前で解散する。雅人と一ノ瀬さんは結構な距離を歩かなければいけないが、江橋さんと俺はただぐるっと回るだけだからすぐに着く。


「じゃあ、江橋さんのことも送るぞ」


「はい。少しの距離しかありませんがお願いします」


 五分ほど歩いていくと、江橋さんをナンパから助けた日に分かれたT字路までやってきた。本当に近かったんだな……。


「少し、話をしませんか?」


「ん? 別にいいぞ」


「ありがとうございます。では、最初に少し私の話を聞いてもらえますか?」


「大丈夫だが、長くなりそうなら歩きながらでもいいと思うけど」


「いえ、ここで話を聞いてほしいです」


 まぁ、確かにこのT字路なら電柱についている街灯があるからある程度明るいし、歩きながらだとマンションまでの、ここよりは暗い道で話を聞くことになるからこっちの方がマシかも知れない。


 話をするのなら明るいほうが良いだろう。そう思って俺と江橋さんは立ち止まった。


「昔から、なぜか私はとても優秀な人のように扱われてきました。頑張って勉強をしていい成績をとってもさすがとしか言われませんでしたが、代わりにいつも誰かが周りに居ました。一人になるということがほとんどありませんでした」


 ……俺は一体何を聞かされようとしているんだ?自慢話?いやでも、とてもじゃないがそんな雰囲気には思えない。


「それは高校に行ってからも変わらず、一位じゃないのにテストで首席を取っているような扱いを受け、いつの間にか周りからは高嶺の花なんて言う呼ばれ方をしていました。望んでもいないのにそんな呼ばれ方をしてしまい、なんとなく私のイメージというものも勝手にできてしまって、それの通りにならなければいけないといつの間にか考えるようになっていました」


 ……違う。これは自慢などではない。江橋さんが望んでもいないのになってしまった立場に対する思いだ。


 いつの間にか高嶺の花扱いされてしまったただの女の子の話なんだ。


「私にとって本当の友達と言える存在は男子も含めて明梨ちゃんだけだったんです。彼女だけが私を高嶺の花ではなく、江橋麗華として見て接してくれました」


「……確かに、俺も江橋さんと関わるまでは高嶺の花だと思い込んでいた。いつからそう思っていたのかは分からないけど、無意識だったのかもしれない」


 関わってみて初めて、江橋麗華という人物は普通の、どこにでもいるただの女の子なのだと知った。


 面白いと思ったら笑って、残念だと思ったら悲しんで……きっちりと勉強をしてまじめかと思いきや、たこ焼きにいたずらを仕掛けたりもする普通の女の子なのだ。


「三週間ほど前でしょうか? 私はモールへ買い物に行ったときにしつこいナンパにあってしまいました。何度断っても引き下がってくれず、周りにいた人に視線で助けを求めても見て見ぬふりしかされませんでした。そこには、以前私に告白してきた人もいました」


「……それは、災難だったな……」


 知っているとは言えない。見ていたとは言うことができない。今の俺は日裏静哉であって神代光生ではないのだから。あそこに日裏静哉はいなかったのだから。


「そこでやっと私は気がついたのです。学校で私に近づいてくる人は本当に私を見ているわけではない、江橋麗華という人物の中身に興味がある人などいなくて、見た目や影響力にしか興味が無いのだと」


 ここでそんなことは無いなんていう無責任な言葉をかけることはできない。俺と江橋さんは最近までほとんど関りなんかなかったのだ。


 だから江橋さんの周りにいた人がどんな人たちだったのかなんて全く知らないし、興味もなかった。例えここで俺は違うと言っても何の意味もない。


 勝手に期待して、勝手に自分の理想を押し付ける。無理だと、嫌だと言っても、帰ってくるのは君ならできるだの期待しているだの無責任な言葉ばかり。


 それで失敗したらやれ失望しただのやれ期待していたのにだの。


「もちろん、全員がそういう人だとは思っていません。明梨ちゃんはちゃんとした友達だと思っていますし、日裏さんも周りの人とは違いますよ」


「……俺も、最初からこうだったわけじゃないと思うが……」


「そうですね。最初は避けられていたと思います」


 今もなるべく関わらないようにしていたということは言わないでおこう。まぁ、関わらないようにしようとしても、それを出来ているかは別だったのだが。


 でも、今は関わらないようにはしていたが、避けようとは思っていない。


「それでですね、ナンパされていた時にどうでもいいやという気持ちが浮かび上がってきて……でも、みんなが見て見ぬふりをする中、一人だけ助けてくれた人が居たんです」


「……そ、そうなのか?」


「はい。その方はまるで知り合いのように駆け寄ってきてくれて、自分が持っていたものを代用して私をナンパから助けてくれました」


 俺だ。正しく俺だけど、知らないふりをする。ここだけは譲れない境界線なのだ。


「その方は、私に気を使って接しているけれど、それは私だから気を使ったわけではなくて、私でなくてもそういう行動をしたんだろうなって思わせるような人だったんです。その方は男性だったのですが、男性にそういった接し方をしてもらったのは初めてでした」


 うん。確かに江橋さんを特別扱いしようだとかは考えていなかった。あの時は、その日その時間限りの関わりだと思っていたわけだし。


 というか、江橋さんを遠ざけようとはしたけれど、江橋さんを特別扱いしたことは神代光生でも日裏静哉でもなかった気がする。


「その方にはここまで送っていただいたのですが、その方は有名なモデルである神代光生さんでした。……本人は人違いと言っていたのですが、あれは確かに神代光生さんでした」


 そりゃバレるわな。いやばれないと思っていなかったし、むしろ即日で俺に話しかけてきたことに脅威を覚えたな。


「日裏静哉さん、あなたは私をナンパから助けてくれた神代光生さんですか?」


 高確率で俺だと疑われているのだとしても、俺はその質問に対する答えは決まっているんだ。心の中で江橋さんにごめんと謝りながら答える。


「違う。人違いだ」


「ふふ、やっぱりその答えが返ってくると思っていました。バッグ、声、弁当。私が何を言いたいのか分かりますか?」


「いや、分からないな」


「バッグは神代光生さんと日裏さんが似たものを持っていて、日裏さんの家に神代光生さんが持っていたものがかけられていました。声は全く同じに聞こえます。弁当は、あの日私が頼んでいたという設定だった唐揚げ弁当と同じでした。割引シールまで」


 え?疑われている原因って名前を呼んだことじゃなかったの?この三つが疑われる理由というか……証拠揃いすぎじゃね?


「最初に疑問を抱いたのは私の名前をフルネームで神代光生さんが知っていたということに気がついたときでした」


 ですよね……!やっぱりそれが主な原因だよな……。


「……そ、それは……」


「はっきり言ってしまうと、私は日裏さんが神代光生さんだと確信しています。でも、日裏さんにそのことを認めてもらえないのは私の信用が足りていないのだと思っています」


「……いや、信用はしているぞ。こうやって今日みたいに家に入れたりもしてるんだからな」


「では、何かが足りないのでしょう。認めていただけるまでは神代光生さんと日裏さんは別の人として考えることにします。……でも、そう考えると日裏さんは私にとって普通の女の子として接してくれた異性は二人目なのです。私にとって取り繕わなくてもいい会話というものは、話していると気が楽で、そんな日裏さんと話をしているととても楽しかったです。……学校で話しかけたことは迷惑になってしまったかもしれません。ごめんなさい」


 確かに学校で話しかけられたことで面倒な事態になると思っていたが、実際のところ何も起きていない。だから正直迷惑はしていない。


「確かに、少しだけ周りの目が気になったけど、迷惑じゃなかったから大丈夫だ」


「そう……ですか。それならよかったです。……私にとってそんな風に接していると気が楽で、自分の感情をさらけ出せるような相手は初めてで……だから、あの、私と……友達になってくれませんか!?」


「……へ?」


 友達?TOMODACHI?友達ってあれだよな?普通に会話して時々一緒に帰ったりテスト前に勉強会をしたり……あれ?今の関係と変わらなくね?


「ダメ……ですか?」


「へっ?……あっ! 良いよ! 友達ね、なろう!」


「良かったです……」


 江橋さんは安心したように息を吐いた。雰囲気的に告白でもされるのかと思ってしまった。本当の友達が一ノ瀬さんしかいないと自分で言う江橋さんにとっては、友達になってくれというのも告白くらい勇気が居るのかもしれない。


「それで、あの……友達になったので連絡先を交換しませんか……?」


「お、おう。いいぞ」


「ふふ、同年代の異性と初めて連絡先を交換しました。これからもよろしくお願いしますね」


 ……聞き間違いかな?俺が同年代の異性で初めて連絡先を交換した相手だと聞こえた気がしたんだが。


「白木さんも友達になってくれますかね……? そしたら家族以外の異性第二号なのですが……」


「雅人はもう友達だと思ってるかもな。ははは」


 聞き間違いじゃなかったっ!なんでやねん!いつも取り巻いてるやつらはどうしたんだよ……。乾いた笑いが出ちゃったよ……。


「それだと嬉しいですね。……あの、最後に、テストで一位になったら私のお願いを一つ聞いてくれるというものを覚えていますか?」


「へっ?」


 お願いを一つ聞く?え、そんなやばいことを了承した奴いたの?少し思い出してみるか……。


「分かりました! そうですよね。確かに、貴重な休みの日を一日使わせて貰って勉強会をしたのに今まで通り2位で甘えていてはいけませんよね! でもその代わり、頑張るので1位になったら一つお願いがあるのですが良いですか?」


「もし俺の順位が下がっていても三人が上がっていたら打ち上げをする事は約束するし、江橋さんのお願いとやらも聞こう。無理なことでなければ実行する」


 あー、言ったわ。確かに言ってるよ。絶対に条件を達成することができないと思って了承しているよ。


 心の中で負けの可能性も浮かんだのか、無理なことでなければっていってるけど言ったな……。


「……覚えてませんか……?」


「え? あ、あぁ! 無理なことでなければってやつな! ちゃんと覚えてるぞ!」


「良かったです……。それでですね、その、お願いなのですが……白木さんほどとは言いませんから、学校でもこんな風に友達のように接してもらえませんか?」


 この条件をのむということはモブではいられなくなるということでもあるだろう。しかし、これが俺にとって無理なことなのかと聞かれれば、無理ではないと答える。つまり……。


「わかった。最初は慣れないかもしれないけど、なるべく自然に接するようにするよ」


「ありがとうございます!……では、そろそろ帰りますね! あの……あとでメッセージを送ってもいいですか……?」


「あぁ。いいぞ」


「良かったです! では、後で話しましょう!」


「しばらくここから見てるから気を付けて帰れよ!」


「はい!」


 これで俺がずっとこだわってきたモブという立場は消滅してしまうはずなのに、なぜかそんなに嫌な気分ではなかった。


 高嶺の花扱いされている、友達作りが苦手な女の子。そんな人と少し騒がしい生活を送るのも悪くないと思った。

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