第31話 モブ高校生は怒らせる
「お、いたいた!麗華ー!」
「……うん、ばっちり俺のマンションの前に居たな」
「本当に江橋さんのマンションの真裏にお前の家があるんだな」
俺の住んでいるマンションが見えてきたところでその扉の前に立っている少女の姿が見えた。
まぁ、それは江橋さんなのだが……服装は制服ではなく汚れが目立たない黒系の服に着替えていた。
元々は勉強会の約束をした日に解散したT字路で待っている予定だったのだが、モールから俺の家に向かっている途中で一ノ瀬さんのスマートフォンに連絡があり、T字路で待っていると目立ってしまうから多分俺の住んでいると思われるマンションの前で待つという話になったのだ。
まぁ、多分江橋さんの住んでいるマンションの裏が俺のマンションだということは確定ではないから思われるという言い方になった。
T字路は、大通りへと繋がっているため人通りも中々多いし、車も通る。
そのため抜け道として使う車も多く通ることになるから、そこで一人で立っているのは目立ってしまったのだろう。
俺自身たこ焼き器を持つのがそろそろ疲れてきたし、江橋さんをいつまでも待たせるわけにはいかないと思い、マンションに入って案内することにした。
「じゃあ中に入ろうか」
家の中へ入り、とりあえず机の上に全ての荷物を置いた。
うちは1LDKで、寝室が別にある。基本的に勉強などは寝室に置いてある机でやっており、本などもその近くにある。
「雅人、俺は野菜とタコを切るから準備は任せていいか? うちには何回も来ているわけだしコンセントの場所くらい分かるだろ?」
「おっけー、んじゃ勝手にいじるぞ。スマホの充電コード抜くからな」
とりあえず野菜を切りに行こうとキッチンへ向かおうとしたら一ノ瀬さんが声をかけてきた。
「あ! 日裏くん待って! どこか着替えられる場所ないかな?」
「うーん、トイレと風呂場……はダメだな。しょうがない、そこの扉の先にある寝室でもいいか?」
「大丈夫! そういうの気にしないから!」
少しは気にして欲しいんだが……まぁ、トイレは着替えるには狭すぎるし、風呂場には洗濯機の中に昨日までの服が入っているからダメだったため、寝室しか選択肢が無かった。
毎日洗濯をすると一人分では水道代が無駄にかかってしまうから、俺は火曜日の夜と土曜日の朝に纏めて洗濯している。
一ノ瀬さんならもしかしたら気にしないというかもしれなかったが、俺が気にするからダメだ。というか、さすがに下着も入っているから気にして欲しい。
「じゃあ今度こそ野菜切ってくるから雅人は組み立て次第言ってくれ。それから、卵を取りに来て生地も作っておいてくれると助かる」
「カットなら私も手伝います」
江橋さんが野菜のカットの手伝いを申し出てくれたが、残念ながらそれは頼めない。
「包丁が一本しかないから切るのは俺が担当するよ」
「大丈夫です。包丁なら持ってきました。……怖かったので子供用の安全包丁ですが……」
すごい安全。俺も昔使っていたけれど、なぜ一人暮らしのマンションにあるのかは置いておこう。まぁ、怖かったというのは銃刀法違反的なあれだろう。
詳しいことは知らないけれど、ちゃんと包んだりすれば大丈夫と聞いたことがある。
「なら俺がタコを切るから、江橋さんにはキャベツをお願いしてもいいか?」
「はい。4人分ですから、一玉でちょうどかもしれませんね」
生地自体は足りないと悪いから6人前分買っておいた。まぁ、雅人に余ったらたこ焼き粉でいいからホットケーキを作れと言われたが。
そうして江橋さんと一緒にキッチンの方でキャベツとタコを切り始めたのだが、江橋さんの切るスピードがめちゃくちゃ早い。
安全のために先が丸くて切れ味も落とされているはずの子供包丁なのに早い。
どれくらいかというと、スライサーよりは早かった。スタタタタタって感じで音と音の間に隙間が存在していない。
って、見ている場合じゃない、俺も切らないとな。タコをぶつ切りにしなければ。
「静哉、後は電源を入れるだけまでしたから卵もらうぞー? あと買ってなかったから油も持っていくな」
「おう、卵は冷蔵庫の中で油は……ってなんで分かるんだよ」
後ろを見ると、雅人が分かりにくいはずの下にある棚から油を取り出していた。
油は溢れると大変だから、他の調味料などとは違って下に入れているんだが。
「いやぁ、この前しょうが焼きを作ってもらった時にここから取り出してたなーって思ってさ。というか、こうして後ろから見ると、並んで切っているって……同棲しているカップルみたいだな」
そんな事を雅人が呟いた瞬間、隣からカランという音が聞こえてきた。
「カ、カップル……!?」
そんな声が聞こえてきた隣、つまり江橋さんの方を見てみると、包丁を転がした状態で俯きながらプルプルと震えている。
やばい、めちゃくちゃ怒っているじゃないか……。
「お、おい雅人! せめて料理教室とかだろ! ほ、ほら包丁も江橋さんのは子供包丁だし!」
「……料理教室……子供包丁……」
今度はそう呟いてから深く息を吐いて再び野菜を切り始めた。
気のせいかもしれないが、さっきよりも切るスピードが上がっている気がする。
手伝うために子供包丁を持ってきてくれたのに教わっている側のように言うのはまずかったかもしれない。
多分というか、確実にカットの時点で料理は江橋さんの方が上手いし……ともかくまずいと思い、どうするんだよと雅人にアイコンタクトを送った。
「へぇ……なるほどね。確かに今のお前と江橋さんじゃあ料理教室だな。間違えて子供包丁を持ってきたけれど切れ味が悪くて、包丁を変えてもらったわがままな生徒ってところか?」
「ま、まぁそんなところだな。……江橋さん、切り終わったし持っていこうか」
「そうですね。でも、私はかけらなどを片付けてから行くので先に生地を作っておいてもらえませんか?」
切り終わった時には江橋さんも元の機嫌に戻っていてくれた。というか、やっぱり江橋さんもあんな風に怒るんだから、普通の女の子と変わらないよな。
「いや、片付けなら俺がやるけれど……」
「キッチンはダイニングからも見えるので変なことはしませんがダメでしょうか……?」
「いや……大丈夫だ。分かった、終わり次第来てくれ。じゃあ試しに一回作っておくからな」
先ほど一瞬怒らせたこともあってダメということができなかった。だって着替え終わった一ノ瀬さんがこちらを見ているのだから。
一ノ瀬さんに江橋さんを怒らせたことを知られでもしたら俺の命はないと思う。
まぁ、言っている通り見える位置での作業になるから別に構わないけれど。
「んじゃ、そろそろ温めはじめるか。ロシアンはバレるとつまらないから、少し練習してからで良いよな?」
「おう、ばれたら静哉にワサビを食わせることができないからな!」
「そうだよな! 雅人にタバスコを食べさせられないからな!」
「そこで二人がじゃれあってるなら最初は私がやってみたい!」
「なぜ俺が赤点野郎とじゃれあわなければいけないんだよ」
「そうだぞ。なんで俺がこんな天然鈍感無自覚アホとじゃれあう必要があるんだよ」
え、そこまで言う?というか鈍感無自覚ってなんだよ?
「なんでそこまで言われるのかはわからんが……江橋さんが来る前に一回試してみる予定だったから半分ずつ作ろうぜ」
「うん、そうだね……」
なんだか一ノ瀬さんも微妙な顔をしているが、まさか雅人と同じような意見なのか?いや、それはないか。
とりあえず、半分が俺、もう半分は一ノ瀬さんが作ることにしていざ一回目の生地を流し込んだ。
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