第27話 モブ高校生はかける

「よし! 終わったよ!」


「これで全員が終わりましたね。明梨ちゃんもお疲れ様です」


「麗華~! 本当に疲れたよ! 古文は一番苦手なんだから!」


 一ノ瀬さんが泣き真似をしながら、ひしっ!と江橋さんに抱きついた。


「あぁ麗華、うつくしや~」


「ふふ、今の明梨ちゃんはめずらしやですね」


 俺も習いたての英単語とか古文とかはつい使いたくなるのは分かる。正直あるあるだと思う。そうか、君はそういうやつだったのかみたいな特徴的な文章を使うのもあるあるだと思う。


 あと、古文の勉強をした後だと普通の会話をしていたはずなのにうつくしは可愛らしいになるとか考えてしまうが、これは俺だけかもしれない。


 そんなことを思っていたら雅人がしみじみとした様子で呟いた。


「あぁ、いとをかし。」


「ん?」


「いやぁ、女の子二人が抱き合っている……いとをかしだろ?」


「いや趣は感じないだろ」


 女の子二人が抱き合っているのは趣きというよりは百合なんじゃないか?


 いや、江橋さんと一ノ瀬さんはただ感動しているだけなんだから百合要素も感じないけどな?だからいとをかしじゃなくて……うん、勉強不足かもしれない。


 とりあえず俺たちは外に出てこれからの予定を決めることにした。


「六時か……。んじゃ、そろそろいい時間だし飯を食いに行かないか?」


「そうですね。どこで食べるかなど決めていますか?」


「私はどこでもいいけど、あまり遠くないほうが良いかな!」


「うーむ……俺一人だったら静哉に作ってもらうんだが……普通にファミレスで良いんじゃないか?」


 ん?今さらっと雅人が聞き捨てならない事を言ったぞ。


「いや何で二人っきりだったら俺が作らなきゃいけないんだよ」


「安心してくれ。食材は俺が買う」


「そういう問題じゃないんだよなぁ……」


 料理は好きだし、誰かに作ることも嫌いではない。むしろ美味しく食べてくれるのなら誰かに作ることは好きなほうだ。


 しかし、好きだからやりたいのかというとそれは全くの別問題であり、はっきりいえばこんな時間から料理はしたくないのだ。


「日裏さん、いつも手作りなのでその実力は気になりますが……今日の勉強場所の候補だったファミリーレストランで良いのではないですか?」


「なら日裏くんの手作りはテスト後の打ち上げにしてもらうとして、今日はファミレスに行こうよ!」


「それが良いな! よしじゃあ早速向かうか」


 そうそう、今日はこのままファミレスに向かってテスト後の打ち上げで俺が作れば……良くないわ!


「待て待て待て、テスト後ってなんの話だ! 打ち上げってなんだ!?」


「え、一緒にテスト前の勉強をしたら一緒に打ち上げするものだよね?」


「そう、その通りです! 勉強会の後は打ち上げに決まっています! ですよね白木さん!」


「え? あ、お、おう。その通りだぞ? 常識だろ? 静哉はそんなことも知らないのか?」


「いや今の反応一ノ瀬さん以外知らなかったじゃねえか!」


 というか、さっき雅人が言っていたことと合わせると、勉強会と称してテスト前に遊びまくって打ち上げで更に騒ぐ。


 まさに暇を持て余した陽キャの遊び。


 正直に言ってしまうと、この四人しか集まらずに俺が料理を作るのなら、誰かに見られることもないから問題はない。


 しかし、この打ち上げの約束をした時点で俺は次なるクラスチェンジの準備を完了してしまう。


 俺に関する噂などを集めたわけではないから正確にはわからないが、まだドアを開けた時に黒板消しが降ってくることも勝手にやってきたウェーイが消しゴムの角をいきなり使うようなことも起こっていないことから、少なくとも妬まれモブや疎まれモブのようなデバフだらけの呪いの職業ではない。


 騒動から一週間経って落ち着いた今の俺の職業はずばり、引き立てモブだ。


 引き立てモブとは、モブに関わった人に恩恵を与える職業であり、現代の支援術師だ。


 ちなみに使えるスキルは好印象付与のみ。


「こんにちは、日裏さん」


「うわっ、あいつ江橋さんに話しかけて貰ってるぞ。クラスで孤立しないように声をかけるなんて江橋さん優しすぎっ!」


「やっほー日裏くん!」


「一ノ瀬さん、誰にでも平等に接してくれるっていうけどあの……あれ……とにかくあいつにまで平等に接するとか人間ができすぎている…」


 最近の俺は多分こうなっているわけだが、このスキルはモブにはコストが高すぎるのだ。


 このスキルをモブが使用するにはコスト不足だが、残念ながらスキルは強制発動型となっている。


 足りないコストをどこから補充するのか、それは触媒を用いることによって解決している。なお、強制徴収。


 その触媒はさまざまだが、使用されると全て等しく同じものへと変質する。


 変質後の触媒はヘイトと呼ばれ、人々の感情に働きかける効果がある。悪い方向に。


 ともかくこのまま何も言わずにいたら打ち上げをすることになってしまう。しかし、すでに三対一である以上勝手に決めんなとキレたりしない限り不可能だろう。


 打ち上げ自体は嫌ではないのだからキレたりする要因はないし、そもそもキレたような記憶が無いからどうすればいいのかもわからない。


 つまり、了承するが実行はできない事態になるようなことを言わなければいけない。


 そしてこれは奇しくも江橋さんと本屋に行った日と同じ流れなのだ。前回は失敗したけれど今回は完璧な言い分がすでに浮かび上がっている。


「勉強会の打ち上げは成果が出たらやろうぜ? 例えば、そうだな……全員の順位が上がったらでどうだ? さすがに素点含む書類が届くまで待っていたら遅くなりすぎるから、合計点数の順位でさ。その条件なら俺の家でタコパでもなんでもしてやるよ」


 いつも以上に勉強したのだから……と案外簡単に行けるように見えてこの条件を達成することはほぼ不可能だろう。


 実際のところは俺、雅人、一ノ瀬さんのみだとしたら余裕で達成するだろう。


 しかし、江橋さんは今までずっと2位だったと言っている。


 つまりこの条件を達成するためには江橋さんが1位になるしかない!


 少々悪どいが、これも俺の平穏のためだ……ここで勉強会の提案のように一ノ瀬さんが賛同したら流れで賛同せざるを得なくなる!


 そう思っていたのだが、一ノ瀬さんは渋い顔をしてしまっていた。


「でもそれじゃあ———」


「分かりました! そうですよね。確かに、貴重な休みの日を一日使わせて貰って勉強会をしたのに今まで通り2位で甘えていてはいけませんよね! でもその代わり、頑張るので1位になったら一つお願いがあるのですが良いですか?」


 一ノ瀬さんが何かを言いかけた時、それに被せるように江橋さんがそう言った。


 あれ?俺が思っていた流れと違うと思うのだが……。


「まぁ俺は、今日勉強した分だけでいつものテスト前よりも多く勉強してるから上がることは確定だな」


 知ってた。いや、あまり勉強していない事は知っていたけれどさすがにここまでとは知らなかったが、この返事は予想通りだ。


「うーん……まぁ、麗華がそういうなら良いんじゃないかな? 私もこんな早くから勉強を始めたら上がるに決まっているし……。あ! 日裏くんがもし下がっていても三人が上がっていたら参加してもらうからね!」


 うん、一ノ瀬さんは俺の狙いに気がついていたみたいだ。


 ……あれ?でも、一ノ瀬さんは江橋さんと俺を近づけたくなかったんじゃないのか?


「もし俺の順位が下がっていても三人が上がっていたら打ち上げをする事は約束するし、江橋さんのお願いとやらも聞こう。無理なことでなければ実行する」


 言いながらちらっと一ノ瀬さんを見てみたが、江橋さんと小声で何かを話し合っているようで見向きもされなかった。


「ふふ、目標を持って勉強するのは久しぶりです。私は受験以来です! 残り一週間は勉強を頑張ります!」


 おかしいな、達成されるような予感しかしない。どうしてこんなに自信満々なのだろうか。


 さすがに一年間一位を守ってきたやつがいるんだから大丈夫だろ……。


 大丈夫だよな……?


 頑張れよ? 誰か知らないが実は秀才モブよ……。

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