第26話 モブ高校生は勉強会をする

 図書館の中に入った俺たちは、二階にある飲食可能スペースに向かっていた。


「へえ、さすが県立。広いね!」


 図書館に入って最初に目に入ってくるのは多くの本棚に詰まった本と読書机だ。大量の蔵書に感動したようで、一ノ瀬さんが大きな声で言う。


「一ノ瀬さん、一階は黙読スペースだから静かにね」


「あっ、ごめんね」


 この図書館は県立なだけあってかなりの蔵書数を誇っている。


 一階には学術本や小説などが揃えられており、それらの本棚に囲まれるように黙読スペースがある。


 完全な個室になるわけではないが、席と席に仕切りがある、関東に多い豚骨ラーメン専門店のような感じになっており、一人で利用するのに向いていると思っている。


 ちなみに俺は三辛が好きだ。


「日裏さんはここに来たことがあるのですか?」


「あー、一年の最後のテストの時に来たぞ」


「ということは、前回のテストの時だったのですね」


「あのテストは範囲がめちゃくちゃ広かったからな。大方、土日も勉強しなきゃ間に合わなかったって感じか?」


「……正解だ」


 前回利用した時は、例のごとく図書室で勉強してから帰っていたのだが、完全に暗くなる前に帰るようにしていたら勉強時間が減ってしまった。


 暗くなって寒くなってくると道路も凍結してしまうし、買った食材などを持っていると危険なのだ。


 しかし、早く帰っているから勉強時間は短いのに範囲は広いということで勉強が間に合わず、土日は図書館が開いた直後から入り浸っていた。


 家より図書館のほうが暖かかったし、寒いとスマートフォンの電池もすぐになくなってしまうからご飯と睡眠以外はほとんど家に居なかった気がする。


 ……暑いのより寒い方が苦手なのだから仕方がない。


「一階と違って、二階はこんな風になっているのですね」


「よし、じゃあここら辺でやろうか」


「そうだね。この机丸々占領しちゃおう」


 二階は一階と違って、大判用紙が広げられるような広めの机が多く配置されている。


 置いてある本も、一階とは違い子供用の本だったり寄贈された特大サイズの絵本などが置かれていて家族連れもちらほら見かける。


 ここは飲食スペースとしても使用することができるが、その場合は下の本を持ってくることができない。


 どちらかというと俺たちみたいに勉強会のためだったり中学生あたりが調べ物学習のために使うことが多い。


「んじゃ、俺と静哉がこっちで、江橋さんが静哉の向かいでいいかな? 俺は分からないところを静哉に聞くから」


「ん? それなら江橋さんの方が頭が良かったはずだから江橋さんの向かいの方がいいんじゃないのか?」


「おい静哉、耳を貸せ」


 思ったことを言ったら雅人がやれやれといった風な手振りをしてから俺に小声で言ってきた。


「……あのなぁ、俺はこう見えて江橋さんと話をしているだけでギリギリだ」


「……ギリギリなのか?」


「……その通りだ。常にイライラ棒状態でいつ爆発するか分からないし、質問なんて恐れ多くてできやしない。それに、俺はお前に頼まれてここに来ただけで成績には満足している。だからお前が江橋さんに教えてもらった方がいいだろ」


 堂々と謎の宣言をかました雅人の言うことも一理ある気がする。


 確かに最初に集まるはずだったメンバーは俺と江橋さんと一ノ瀬さんのみなわけだし、俺は苦手教科を勉強したいから雅人の要求と合致している。雅人の言う通りに座ろう。


「よし、雅人が言ったように座ろう。基本的に江橋さんに分からないところを聞くことになってしまうけれど良いか?」


「はい。元々今日は勉強しない予定だった日裏さんを誘ったわけですし、分からないことはどんどん聞いてくださいね」


「私も麗華にいっぱい聞くね!」


「よし、最初は数学から終わらせようか」


 勉強は江橋さんがいつもやっているという手順で解いたりすることにした。


 数学は今回の場合は一度解き方が分かれば他の問題も解けるような問題が多かった。証明問題が無かったことが大きい。


 一問にかかる時間は長かったが、途中で間違えてもみんなで照らし合わせてみればどこから違うかなどが一瞬で分かり、宿題自体は三人寄れば文殊の知恵どころか四人も居たから比較的すぐに終わらせることが出来た。


 問題はテストに出た時の対策をどうやって行うかだったが、これは四人で類似問題を作って解くことで慣れることで解決させた。


 ちなみにこの時の正答率は江橋さん、俺、一ノ瀬さん、雅人の順だった。江橋さん曰く、数学は得意だそうだ。


「……そろそろ休憩しね?」


「えっと、あれ?もう二時半ですか?そうですね、ちょうど出し合いも二周したところですし休憩をして次の教科に入りましょう」


「んー、十二時前に集合したから……わお、二時間半もぶっ通しで勉強したの初めてだよ」


「そんなに時間が経っている気がしなかったが……これが勉強会の力か……」


「……静哉、勉強をしているのに全員が時間があっという間に過ぎたと思っているのはこのメンバーだからだと思うぞ。……やり方も良いのかもしれないが、俺の経験だと一時間で誰かがスマホを見ていた」


 確かにあんなことを言っていた雅人も思っていたよりは普通に江橋さんと話すことができていたし、この勉強会はかなり質が良かったのかもしれない。


 ……断言できないのは俺が勉強会などというものをした事がないというわけではない。ないったらない。


 実家では毎週のように俺の部屋で行っていたさ。妹と。


 そういえば、ゴールデンウイークに帰った時に、俺と同じ高校を目指していると言っていたからもしかしたら来年後輩として入ってくるかもしれない。


「そういえば、江橋さんはいつもテストで何位くらいなんだ?」


「私ですか?前回は……確か2位でしたね。というよりも、今まで常に2位です」


「わお、頭がいいって噂は聞いていたけどこれは予想以上だな…」


「そうなんだよ!誰が1位なのかは知らないけれど麗華の上にいるのは、多分常にトップの人だと思うよ」


 うちの学校では、プライバシーとかなんとかで順位が張り出される事はない。


 俺たちが入学する数年前までは1位から100位までのみ張り出していたらしいが、今では、返さなければいけないがテスト後に素点での順位が書かれた紙が渡され、平常点も加えた点数が郵便で送られてくるようになっている。


「ちなみに日裏さんは何位なのですか?」


「俺は前回は28位だったな。あ、雅人は103位な」


「おい! 言うなや! 言われたら盛れないやろうが!」


「あはははは! 白木くん安心して! 私は50位くらいだったから!」


「何一つ安心できねぇ!」


 雅人も半分よりは上だが、前回は赤点もあった気がする。これで満足していると言っているのだけれど、雅人が勉強しているというイメージが浮かんでこない。


 というか、今気がついてしまったのだが、1位なのにほとんど誰にも知られていない存在というのはあれじゃないのか?


 そう、まさしく俺が目指しているモブそのものじゃないか!


 なんて……なんて素晴らしいモブ魂を持つ者なのだろうか!いつか知り合うことができたらモブ名刺を交換したい。


 もしかしたら人知れず1位を取る俺かっけぇとか思っているかもしれないが、それでもモブには変わりないからな。


「では! そろそろ休憩も充分だと思いますので、次の教科に行きましょう!」


「そうだね! むしろ、私にとってはこっちの教科のほうが本番って感じがするよ」


「そうだな、じゃあさっきと同じようにまずは各自で解いて行こうか」


「じゃあやるか! 古文!」


「まずは三時まで、そこから相談しましょう」

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