第24話 モブ高校生は驚く

 一昨日俺は、帰り道でまんまと勉強会の参加を取り付けられてしまったわけだが、このままでは大変よろしくない事だけは分かっている。


 女子と勉強会というだけでも誰かに聞かれたら噂になるようなできごとだというのに、勉強会の相手は江橋さんと一ノ瀬さんだ。


 ここにもしも他の男子もいたのならよかったのかもしれないが、男は俺一人であり、よろしくないポイントが高い。


 昨日一日対策を考えてみたが、残念ながら平和的に解決できるような案は一つも浮かんでいない。


「————でさ、最新話では……っておい静哉大丈夫か? 昨日からなんかぼーっとしている気がするぞ?」


 雅人には俺が昨日から何かに悩んでいると気づかれていたようだ。雅人になら相談をしてもいいかもしれないけれど、相談したところで何か……待てよ?


 やはり勉強会をやるということも問題であると言えば問題だが、一番の問題は男が俺のみという一点であり、目の前に男がいるじゃないか!


「……なぁ。次の土曜日の十二時半ごろに勉強道具を持って県立図書館に行って二階の飲食スペースに顔を出すような用事入ってない?」


「……なんだそのピンポイントな用事は……。もしかして何か困りごとがあって助けて欲しいのか?」


 俺の質問を聞いて何言ってんだ? みたいな表情から一転、ニヤニヤとしはじめた。


 どう見ても俺が何かに巻き込まれているのに気がついて面白がっているが、こっちは笑い事じゃない。そして、お前が笑っていられるのも今のうちだ……!


「ああ。もしも助けてくれるというのならジュース一本奢ってやろう」


「お、報酬付きか! 良いぜ、ドリンク一杯分働いてやるよ!」


 ふっ……かかったな。言質はとったぞ。


「いや、実はさ……土曜日勉強会する羽目になっちゃってさ?」


「へー。誰と?」


「江橋さんと一ノ瀬さん」


「ほーん…っ!? ……ゴホッ! ゴホッ! 何があったらお前とその二人が集まることになるんだよ!」


 雅人は食べていたパンを吹き出しかけながら叫んだ。それほど衝撃的な一言だったらしい。


 幸い、周りがかなり騒がしかったため目立つことはなかったが。


「時は1200分前に遡る……」


「そういうのいいからはよ簡潔に短く説明しろ」


「あ、はい」


 目がマジだ。冗談など要らないから早く説明しろということらしい。


 簡潔に短く……か。


「昨日の放課後図書館で勉強したらいつの間にか江橋さんと一ノ瀬さんと一緒に帰ることになって、いつの間にか土曜日に勉強会に参加することになった」


「……知っているか? 人間っていうのは必ず意思を持っているっていうことを」


「そんなの当然だろ?」


「……はぁ……」


 一体雅人は何が言いたいんだ? 人が意思を持っていないはずがないだろう。俺が高校に来ていることも俺の意思だし、言ってしまえばモブとして生活しているのも俺の意思だ。


 そんな当たり前のことを急に言い出して……そうか! ジュースなど奢られなくても自分の意思で参加してくれるということか!


「ありがとう雅人! さすが俺の親友!」


「親友って思っていてくれてありがとう! 俺も親友だと思っているぞ! だけど多分すれ違っていると思うから何がどうしてありがとうなのか聞いても良いかな!?」


 ん? もしかして違ったのか? あ、そうか、そうだよな、雅人も男だもんな。


 江橋さんは言うまでもないが一ノ瀬さんも相当な美少女だからな。


 参加させてくれてありがとう、お礼にジュースを奢るよって事だったのか。


「分かったぞ、でも俺にとっては助けてもらうわけで、少し申し訳ないから100円で買える缶コーヒーでいいぞ」


「何で俺が奢るんだよ! いつの間にか一緒に帰っていつの間にか勉強会って、お前の意思はどこだって言いたかったんだよ! ……というかジュース一本で済む労力じゃねぇから!」


「嘘だろ……お前……本当に男か?」


「何驚愕したような顔しているんだよ! いや身を引くな! そういうことじゃないから!」


「……そんなに叫んで大丈夫か……?」


「誰のせいだよ!」


 まだ言い足りないような表情で雅人が息を切らしている。マイペースな雅人が取り乱しているのが珍しくてついやってしまった。後悔はしていない。


「全く……江橋さんや一ノ瀬さんに取り巻こうとしてないのはお前も俺も同じだろうが……」


「失礼な、俺はちゃんと二人とも可愛いと思っているぞ?」


「それは俺もだよ! ったく、相手は高嶺の花なんだからよ……」


 そういえば、思い出してみれば雅人もいつも見ているだけで充分だって言っていた気がする。


 そしてやはり雅人でも江橋麗華への認識は高嶺の花。でも、俺は彼女がそこら辺にいる普通の女の子と同じようなものだと知ってしまった。


 俺はモブで居たいと努力してこの座にいる。しかし、江橋さんはそうなりたいと思って高嶺の花になったのだろうか。


 今だって彼女は多くの人の憧れを集めながらすぐそこの席で……あれ? 居ない?


 いや、視線はどこかに集まっているみたいだ。クラスの中で視線を集める存在なんて江橋さんくらいだし、こういう時は視線を追えば……あれ、気のせいならいいのだがほとんどの人はこっちを見ていないか?


 いや、正確には俺の後ろらへんを見ているような……。


「ーーさん? 静哉さん?」


「なっ……どど、どうしました?」


 びっくりして敬語になってしまった。それどころか少し声が上ずってしまって、少し恥ずかしい。


 ……江橋さんは俺の背後にいたみたいだ。やばい、呼ばれていたのに気がつかなかった。


「ふふ、やっぱり考え込むと周りの声が聞こえなくなるのですね」


「あぁ、ちょっと考え事をしていてな。……それより、江橋さんはどうしたんだ?」


 普通に返事を返すことができた時点で上出来だったと思う。でも、昨日はこちらを気にする素振りもなかったし、それどころか一ノ瀬さんに俺が呼び出された日以降は図書室でばったり会うまでは、最低でも教室内では一切視線も感じなかった。


 しかし、こうして話しかけられた以上、何か用事があって話しかけてきたのかは確認しなければいけないだろう。


「えっと、借りた本を読み終わったので一巻を返すので二巻を貸していただいてもいいですか?」


「え! もう読み終わったの?」


「はい。読み進めてみると案外止まらなくて、業間休み中もずっと読んでしまいました……」


 そう言いながら江橋さんはわざわざ本を袋に入れて手渡してきた。もしかして昨日はずっとこれを読んでいたから視線を感じなかったのか?


 しかし、一昨日、読みたくなるようにあらすじを教えてと言われて説明したばかりだし、まさかもう読み終わるとは思っていなかった。


 一度読み出したら止まらないという気持ちもわかるし、正直これが俺の説明を聞いた効果ならかなり嬉しい。


「一度読み始めたら止まらない気持ちは凄いわかるぞ……。じゃあ二巻は明日でもいいか?」


「っはい! テスト前なのに我慢できるか少し心配になります」


 そんなに続きを読めることがうれしいのか、破壊力満点の笑顔を向けてくる。江橋さんが俺に本を借りていたということは周知の事実だったため騒がれることもなかった。


「確かにな。……本ということも家だと集中できない理由の一つなのかもしれない。あ、そうだ。明日の勉強会なんだが、俺の友達の雅人も参加していいか?」


「白木さんですか? ……私は構いませんが、明梨ちゃんは……多分気にしないと思うので大丈夫だと思います。期待させて申し訳ないのですが、もしダメだと言われたときは言いにきますね」


「そりゃ良かった。まぁ、大丈夫だと言われることを祈っているよ。じゃあ明日は本と勉強道具を持っていくな」


「わかりました。よろしくお願いします」


 江橋さんに俺から話しかけるという案は最初から存在しなかったから、雅人には偶然を装って図書館に来てもらおうと思っていたけれど、せっかくあちらから話しかけてきたのだから普通に雅人が参加する許可を貰った。


……断られる可能性もあったけれど、まさか俺だけ参加させるという特別扱いをされるわけがないから、断られるという可能性は万が一程度に考えていた。


「というわけで、よろしくな?」


「こりゃあジュース以外も奢ってもらわないと割に合わないぞ?」


「この前ラーメン奢ってやっただろ」


「まぁ、それで勘弁してやるか……」

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