第22話 モブ高校生は断れない

 顔が怖いだけで避けられる人生を送ってきた強面くんに対して、顔と多少のコミュ力によって人生イージーモードなイケメンの場合はどうなるのだろう。


 イケメンは捨てられた子猫をチラ見した。そんな彼に子猫は「みゃあ」と鳴く。


 しかしイケメンが取る行動は鼻で笑うというもの。俺は勝ち組でお前は負け組。どうして負けたのか明日まで考えておいてください。明日もここに居られたのならな!


「ねーねー! イケメンくんが捨て猫を見て葛藤してたの! あれはきっと飼えるか飼えないかの瀬戸際で苦悩していたのよ!」

「本当!? イケメンくんが捨て猫を見てられなくて拾って引き取り手が見つかるまで育てているの!?」


 はてさて、次の日子猫に向かってイキり散らしていた性格ド底辺クソイケメンくんは一体どうなったのだろう。


「ねぇ、聞きましたこと!? 昨日貴公子様が危険を顧みずに氾濫した川に飛び込んで、溺れた子猫を助けられたそうですわ!」


 一夜のうちに一体何が起こったのだろうか?


 イケメンくんは貴公子にクラスアップしてさらに武勇伝までくっついてきた。


 イケメンは、あいつはただ見た目が良いだけなくせに。きっと強面くんの功績も何食わぬ顔をしてこいつが奪っているに違いない!


 そう、イケメン含むトップカーストにとってこの職業はただの進化素材にしかならないのだ。


 イケメンが貴公子に、美少女が天使や女神になるためのただの材料となるだけの存在になり下がってしまうのだ。


 さて、それならば俺は一体どうなるのだろうか。


 特筆すべき点は俺にはイケメンのような主人公補正や逆境スキル、強面くんのようなデバフがかかっていないただのモブだ。


 つまり、このクラスチェンジはモブ、江橋さん、周囲の人間が揃ったことによる特殊進化である。


 普通なら男女が一緒に帰っただけでは仲のいい友達にからかわれる程度だが、江橋さんには「男子と一緒に帰るのがありえない」という補正が働いている。


 つまり、今俺が江橋さんと一緒に帰っている状況は…。


「江橋さんが俺に脅されて無理やり一緒に帰らされている。それを見ていられなかった一ノ瀬さんが監視も兼ねて付き添っている」


 と周りには見えているのだ。このままでは明日には自称正義の味方に襲われてしまう…。


 せめて…せめて殺されない程度の噂に留めてくれ…。


「…もそう思いますか? あの、日裏さん聞こえていますか?」


 え?やばい、話を振られると思っていなかったから何も聞いていなかった…。


「…え?すまん、聞いていなかった」


 こういう時は素直に謝ったほうが良い。無理に嘘をついてボロを出したら本格的に生き残ることができない。


「へぇー…これが麗華ちゃんが言っていたことねぇ…」


「ふふっ、そうですね。ではもう一度話しましょうか」


 俺が謝ったことに対して、なぜか一ノ瀬さんが目を丸くした後に感心したような様子を見せた。


 そして江橋さんには笑われたが、もう一度言ってくれるらしい。優しい。


 周りから息を飲んだような雰囲気を感じたが、流石にもう一度話を聞き逃すわけにはいかない。


「まだテストまで時間がありますが、そろそろ勉強を始めたほうが良いと思いますよね?」


「そうだなあ…俺は家だと全く集中できない人間だからこれくらいから図書館に通って勉強をしているな」


 実際、俺は昨日から勉強を始めたわけだし、これくらいから勉強しなければかなり成績が落ちてしまう。


 将来なりたい職業などは決めていないが、点数を取らなければ選択肢自体が狭まってしまうから勉強は手を抜いていないのだ。


 まぁ、すでに勉強をはじめている理由は土日に図書館などに行って勉強をしたくないという理由なのだが。


「そっかー。……あ、じゃあさあ!みんなで勉強会しようよ!」


 ふむ、もし俺が勉強会をやるとしたら雅人と一対一になるだけだから実際にした事は無いが、集中して取り組むのならば勉強会を開いてみんなで勉強するのも一つの手だろう。


 江橋さんと一ノ瀬さんが学校で弁当を食べる時などにいつも一緒にいるメンバーなら良い感じの人数になるはずだ。


「良いですね!やるなら完全にテスト範囲が発表される今週の土日なんかどうでしょう?」


「うん、私も大丈夫かな?じゃあ……日裏くんの家は私たちが知らないし、日裏くんは私たちの家の場所とかまだ分からないから……ファミレスか図書館で良いかな?」


 ……ん?あれ?今おかしいところがなかったか?


「そうですね……正直なところ私は静かでも少し騒がしくてもどちらでも勉強できますが、日裏さんはどちらが良いとか希望はありますか?」


「え? 勉強するなら静かなところの方が集中できるが……ってちょっと待て! どうして俺が参加する前提で話をしているんだ? いつも一緒にいる女子グループで勉強会を開こうとしているんじゃなかったのかよ!」


 一体何が起こったんだ?気がついたら自然な流れで勉強会に組み込まれていた……。え、少し待て。これは少しどころじゃなくとてもまずくないか?話の流れ的に俺と一ノ瀬さんと江橋さんという三人での勉強会。


 図書館にしろファミレスにしろ、もしも誰かに見かけられた時点で終わる。俺の高校生活は間違いなく終わりを迎えてしまう。


 他にどんな無茶ぶりが降りかかってきたとしてもこの勉強会だけはどうにかして断らなければ……。


「え?日裏くんは土日何か用事があるの?」


「何だその俺は暇みたいな言い方は……。いや、用事はまぁその、あれだ。そう! 買った本を読まなければいけない!」


「それこそ取ってつけたような断り文句じゃん……」


 一ノ瀬さんが何かを言っているが聞こえていないふりをしよう。反応してしまったらぐうの音も出なくなってしまう。


 しょうがないじゃないか。即席で理由を考えたのだし、それにしてはしっかりとした口実になっているのだからましだと思う。


「もうテスト勉強を始めているのに、日裏さんは土日に本を読まれるのですか?」


「うっ、いや、家だと勉強ができないから土日は勉強をしないというか……」


「それなら私たちと図書館か喫茶店、うるさくない方がいいのなら……図書館で勉強すればよろしいのではないですか?」


「そうだよね! 正直国語とかの文章問題は相談した方が正解わかると思うし、数学なんて長ったるい式が書いていないせいで一気に答えに飛んでいるから分かる人を探した方が早いからね!」


 ……知ってるか?将棋で王手はリーチって言うけれど、プロの棋士はほとんど王手と言わないんだ。


 何が言いたいかって?……先を読むことは大事かもしれないけれど、先を読めすぎるのも大変だってことさ。


 結果は収束すると言うように、次にどのような言葉を選んだとしてもやってくる未来は確定している。


 もしここで未来を変えることができるラプラスの悪魔になるのならば、半裸になりながら猿のように手を叩きつつ奇声をあげて走り去るしかないだろう……。


 完璧なる社会的な死の代わりに未来を変えるか、江橋さんと一ノ瀬さんと勉強するというただ一つの正解、シュタインズ〇ートに行くかならば後者を選ぶ。


「……二日連続は集中力的に厳しいから、土日のどっちか一日だけなら図書館で勉強にしようかな……」


 そう答えると江橋さんが嬉しそうに微笑みながら言う。


「決まりですね! そうと決まれば時間なども決めてしまいましょう!」


「うーむ……俺は特に用事はないから何時でも大丈夫だぞ。あ、でも夕食をどうするかだけ決めたいな」


「私も時間は特に何時でも大丈夫だけど……そっかー、勉強は図書館でするんだもんね」


「それなら、どこかで食べて解散しませんか?……一人暮らしなので帰ってから作るか外食なら外食を選びたいです」


「え、ちょっ!」


 麗華!と言いながら一ノ瀬さんが江橋さんを引き寄せた。


 大丈夫なの?とか、もう既に言っていますとか聞こえるが、俺的にはとにかく早くその絵面をやめてほしい。


 結構歩いたから周りに同じ学校の人は既にいないが、側から見れば美少女二人が変な男に絡まれている図だ。


 ……二人で何かを決めたようだ。心なしか、一ノ瀬さんが少し疲れているように見える。


「……ふぅ、夜ご飯はどこかで食べて解散しようか」


「了解、じゃあ集合は昼食を食べた後ってことで……十二時半くらいで良いか?」


「はい、私はそれくらいで大丈夫です」


「そうだねー、教科は……数学は確定でもいいかな?」


「確かに、今回のテストの方針なら数学を何人かで考えることは重要だと思う」


 今回の数学のテストは問題数が極端に少なく、途中まで解けていたら部分点を貰えるようなとても難しい問題なのだと聞いている。


 問題数が少ないのなら、解き方が分からなければ0点になってしまうから数学を勉強することは賛成だ。


「では、数学だけでは飽きてしまうかもしれないので……といってもまだ範囲が発表されていないから、他の教科のことは勉強会までに考えましょう」


「そんな感じで良いかも! あ、麗華、私こっちだからまた明日ね!日裏くんはどっち?」


 学校から20分ほど歩いた頃、一ノ瀬さんが帰る方向と合わなかったため別々の道に行くことになった。


「俺は右だな」


「そうなの? 麗華と同じ方向だね!……二人きりになるからって変なことしないでよ?」


「……しねぇよ……ってかそんなことしたら死ぬわ、俺が」


「あはは! それもそうかもね! じゃ、日裏くんもまた明日!」


「おう」


「明梨ちゃんまた明日か夜スマホででも話しましょう」

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