第21話 モブ高校生は考える

 学校からの帰り道、いつもなら静かなはずのこの道がとても騒がしく感じる。


 勉強をしてから帰ったからいつもより遅い時間に帰っていることが原因なのだろうか。


 いや、それなら昨日も図書室で勉強をして帰ったわけだから今日だけこのように騒がしいということは無いはずだ。


 ならばこの近くで何かイベントや見世物でもあるというのだろうか?俺の知っている限りではこの辺で雑誌やドラマの撮影などは聞いていないし、心なしかこちらのほうを見ているような気がする。


 もしかして、この先で何か事故でも起きてしまったため野次馬でも集まっているとでもいうのだろうか?


 いや、もしそうならサイレンが聞こえていてもいいはずだし、周りにいる人からそのような焦った雰囲気は一切感じることができない。


 感じる雰囲気はどちらかというと驚愕や困惑と言った、まるで何か目を疑うような光景を見ているようなものだ。


 ちなみにだが、俺はこの空気に似た状況に何度も遭遇したことがある。


 それはどんな時だったかって?……そうだよ、仕事帰りの光生の格好をしているときだよ!


「部活動があるともっと遅い時間になるし、部活動がなかったらもっと早い時間だし、なんだか寄り道するとしたら遅くはないし早くもない微妙な時間だね!」


「そうですね。喫茶店などに行こうにも時間的に夕ご飯が気になりそうですし、このまま帰っても時間が空いてしまいます」


「よし、読みたい本も借りることができたし今日は真っ直ぐ帰ろうかな!」


「私も日裏さんから本を借りたままですが、まだ読むことができていません。……その、本一冊だけが私との関係という気がしてしまうと中々……」


「いやいやいや、そのまま感想を言い合って次の巻を借りたらいいでしょ!」


 この時間に人通りが多いだなんて知らなかったし、残念ながら現実逃避しても何も現状は変わらない。


 そう、この騒ぎは一緒に帰ることになった二人の美少女によって起きている。……もっとも、周りで巻き起こっている騒ぎを気にしているのは俺だけのようだが。


 せめてもの悪あがきに少し離れて歩いてはいるが、周りから見たら近距離の範疇だし江橋さんと一ノ瀬さんの会話が聞こえないというデメリットしか存在していない。


 はっきり言って、周りから見てみると俺の存在はこの三人の中ではただの異物だ。美少女二人と一緒に歩いている謎の男。


 といっても、ここまで騒ぎが大きい理由は俺でも一ノ瀬さんでもなく、江橋さんがいるからこそであることは間違いない。


 言ってしまうと一ノ瀬さんにとても失礼だが、一ノ瀬さんと俺の二人組だったのならここまで騒がれることは無かったのだろう。


 言っていなかったが一ノ瀬さんは陸上部に所属している。陸上部には男子と女子の両方が在籍しており、マネージャーも合わせると男女の人数はほとんど同じである。


 だから一ノ瀬さんは同じ陸上部の男子と一緒に帰っているところなんて珍しくもないし、多少注目は浴びると思うが俺と二人で歩いているところを目撃されたとしても「一ノ瀬さんと誰かが一緒に帰っているな」程度にしか認識されないのだ。


 その場合、もしも二人っきりで帰っているところを目撃されたとしてもその場で話題にはなると思うが、次の日学校に広まっているというような事態は起きないし、そこまで話題性のあることではないから噂として話が広がる心配もない。


 しかし、一ノ瀬さんとは違って江橋さんは前提条件が全く違う。最低でも加湿器と除湿器くらい違う。いや、白髪と銀髪、いやもっと……はげとスキンヘッドくらいは違うだろう。


 江橋さんといえばどんな人なの?と学校の誰かに聞けば知ることができる情報なのだが、二人っきりはありえないとして、江橋さんは入学してから今まで友達を含めたグループでも男子と帰宅した姿を見たものがいないのだ!


 帰り道ですら男子は一緒に帰ることができない高嶺の花、寄って行ったものはことごとく撃墜されバッサリと切られる。


 そこにはイケメンだからとか高身長だからといった差は一切存在しない、みな平等にあしらわれているのだ。


 ……え?先週一緒に帰っただろって?あの時は雅人と少し無駄話をしたとはいえ、今日とは比べ物にならないほど早くに学校をでたためまだ学校の人は帰宅していなかった。


 簡単に言うと俺と江橋さんが一番に学校を出ていたから見つかる要素が無かった。つまり目撃されていないのだ。


 ある人がばれなければ犯罪ではないと言ったように、あるいは観測しなければその事象は確定されないと言ったように俺と江橋さんが一緒に帰ったという記録は公式的には存在していないため、江橋さんは今日まで男子と一緒に帰った事がない高嶺の花だったのだ。


 つまり、サッカー部のエースでも野球部のピッチャーでもない、いきなり現れた謎の存在である俺が江橋さんと一緒に帰宅した初めての男子になってしまったというわけで……。


「江橋さんと一緒に帰っているあいつは誰だ?」


「うっそ……麗華ちゃんが誰かと帰っているの初めて見たよ…」


「誰? あれは何? 超近距離ストーカー?」


「……透明人間って実在したの?」


 いったいこれは何ですか?ゲリラクエストですか?


 それとも、これは俺が言伝モブにクラスチェンジする強制イベントですか?


 回避不可とおっしゃいますか?


 イナ○マイレブンのゲームの一戦目の負けですか?


 棘亀が桃姫を攫うようなものですか?


 俺は明日生きることができるのだろうか…。


 わからない人のために説明しておくと、言伝モブとは、別名強制伝言ゲーム発生型モブというものである。


 この職業についている主な人間はずばり、強面コミュ症だ。


 この職業の厄介なところは、トップカーストがこの職業についたらただの武器になることだろう。良くも悪くもないウェイはこの職業にならないという特徴もある。


 もし、言伝職についたらどうなるのか、強面、イケメン、俺の順番に説明していこう。


 強面の場合は、コミュ症のせいで周りには強面というイメージしか残っていない。それを否定することができずに悪い噂が時々上がってしまう。


 そんな彼が、ある日捨て猫に餌をあげた。


「ねーねー! この前強面くんが捨て猫助けてたの!」


「へー!そうなんだ! 強面くんが捨て猫を餌にして釣りをしていたのね!」


「やっぱ強面くんが生まれたての猫を捨てる趣味っていうのは本当だったのね!」


 そして次の日、彼の猫を助けた話は一体どうなったのだろうか。


「おい聞いたか…? 強面のやつ昨日子猫のような女をボコボコにしたらしいぞ…?」


 はて、彼は何をしたのか、子猫を助けた。


 周りの人はどう思っているのか、子猫のような女をボコボコにした。


 彼は子猫を助けただけなのに!


そう、強面くんがこの職業についてしまうと、たとえ良いことをしたとしても話が悪い方向に転がってしまうのだ。

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