第16話 モブ高校生は巻き込む

「はい号令ー」


「きりーつ、れーい。ありがとーございましたー」


 授業が終わっていつも通りに帰る準備を完了させ……たけれどいつも通りに帰るわけにはいかない。


「おう静哉、今日も早いな! って今日は帰ることはできないんだったな……」


「俺が帰ってこなかったら……家にあるハードディスクの中身は消しておいてくれ……」


「おいおい、相手は一ノ瀬さんだろ? 酷いことになるイメージは沸かないんだが……」


 ふっ、雅人は甘いな……。ああいう人間ほど友達のためには凄まじい行動力を発揮するのさ。


 実際こうして呼び出されているわけだし、呼び出すときの雰囲気の寒気がするほどの迫力はすぐにでも思い出すことができる。


「あ、ちなみにハードディスクは持ってないから安心してくれ」


「悪あがきしないで早く行けよ。……そんなに心配なら先に教室に入っておいて、土下座の体勢で待つくらいしておけばいいだろ」


「そうだな……。そうするか。行ってくる」


「おい、冗談だからな? 真に受けるんじゃねえぞ!」


 後ろから雅人の声が聞こえてくるが、きっと激励の言葉だろう。俺は呼ばれた教室へと向かった。


「314教室は……ここか、いや目立たなすぎる場所だろ……」


 3階の端にひっそりと存在する教室、そこに俺は一ノ瀬さんから呼び出しを受けていた。


 学校を見ても有数の美少女、それも天真爛漫で人付き合いが良いという欠点らしい欠点が無い彼女から呼び出されて空き教室で二人っきりになると考えれば、普通は告白などの甘い話を想像するだろう。



「……失礼しまーす。うわ、埃っぽいし暗すぎだろ……」


 残念ながら一ノ瀬さんはまだ来ていなかった。


 俺は雅人と一言二言程度の無駄話しかせずにここに来たけれど、一ノ瀬さんは江橋さんと同じく人気者だ。


 教室を出る時にはたくさんの人に囲まれていたし、ここに来るまでにもまだ時間がかかるのだろう。


「この人目がつかない暗い中で……集団リンチでもされそうな雰囲気だな……。よし、全裸待機ならぬ土下座待機をするか」


「ちょっと、そんな事しないししないでよ!」


「おおぅ、いつの間に……!?」


「今来たところよ」


 思っていたよりも早く来てくれたようだ。……もしかして、呼び出した側だから待たせないようにしてくれたのだろうか?


 見るからに1人だし、後ろから怖いお兄さんが顔を覗かせる気配もない。それに、昼休み感じた寒気のするような迫力は感じない。


 十中八九呼ばれた原因は分かっているが、一ノ瀬さんに一応呼び出した理由を聞くことにした。


「それで、話って何だ……?」


「日裏くんも分かっていると思うけれど、麗華のことだよ」


「……言っておくが、江橋さんとは何もないぞ? 本当だぞ?」


「それは嘘だよ! だってあの麗華が男子を気にかけるなんて……」


 そうは言われても原因が分かって……いるのかもしれないけれど違うと信じたい。


「……いつも男子と普通に喋っていないか?」


「あれでもかなり距離がある対応なの! グループで帰る時ですら麗華が男子と一緒に居るところを見た事がないのに……本を借りるなんてどういうことなの?」


 ここで帰ろうと誘われた側ですと言っても多分信じてもらえないだろう。


 かといって神代光生ですということから説明しても現実味は全くない。


 一ノ瀬さんは江橋さん並に発言力を持っている人間だ。ここで下手な対応をしてしまえば、崩れかけているモブ生活がさらにピンチになってしまう。


 もういっそのこと、嘘は言わずに都合の悪くない本当のことだけを説明して巻き込んでしまおうか? というか、うまく説明をすれば一ノ瀬さんに疑いを晴らしてもらえるかもしれないんじゃないか?


 一ノ瀬さんなら俺から聞いた話を江橋さんに確認するはずだから、俺の言葉を信じなかったとしても江橋さんから話を聞くことで信じてもらえるはずだ。


「なあ、神代光生って知っているか?」


「え? すごいファンだよ! ……今の女子高生の中じゃ知らない人の方が少ないと思うけど……どうかしたの?」


「だよなぁ……江橋さんと神代光生って何かあったのか?」


「うーん? 私は麗華から何も聞いてないはずだよ。そもそも麗華が光生様を知ったのは今週だったはずだけどーーというか光生様の話を麗華としたなら忘れるはずがないし……」


 後のほうは何を言っていたのか分からなかったけれど、江橋さんが神代光生に助けられたという話を一ノ瀬さんにすらしていなかったのは予想外だ。


 というか今、一ノ瀬さんが光生様って呼ばなかったか?


「うーむ……多分神代光生が関係していると思うんだが……」


「……せめてさん付けで呼んで欲しいな」


「あ、はい」


 呼んで欲しいなと言っていたがどちらかというと何呼び捨てしとるんじゃゴルァ! という空気を感じた。昼休み感じた雰囲気は気のせいではなかったようだった。


 自分にさん付けをすることに一瞬抵抗を覚えたが、その迫力に押されて即座に返事をした。


 呼び捨てにするとは何様じゃ! という空気に本人様じゃと答えたいところだが、そんな初歩的なミスはしない。


「とりあえず、昨日2回くらい江橋さんに神代光生さんはあなたですかって聞かれたんだよ」


「……妄想?」


 その言葉と共に一ノ瀬さんから問い詰めるような、疑うような視線を向けられてしまった。


「かもしれない」


「だよね」


「でも妄想中に交わした本を貸す約束が存在した」


「日裏くん……催眠術は犯罪だと思うよ?」


「してねぇよ! ……いや、そっちの方が可能性が高いんじゃないのか? ーーはっ! 試しに一ノ瀬さんにやってみていいか?」


「……もしかして日裏くんって結構ノリいい?」


 しまった。ついいつも雅人と話すときのような感じで話をしてしまった。


「とりあえず、一ノ瀬さんからも江橋さんに言ってくれよ」


「……確かに、日裏くんが神代光生様な訳ないよね。……私も事情聞いてみるよ! 今日は来てくれてありがとね!」


 何か一ノ瀬さん的に納得する要素があったのか、その言葉には先ほど感じたような疑いの視線は含まれていなかった。


「いや、友達の行動が突然変わったら心配になるのは分かるさ。ぜひ事情を聞いて見てくれ」


 そして俺が神代光生だなんてありえないと説得して、俺と江橋さんの関わりが減るようになって自然に関わらなくなり……元のモブ生活に戻らせてくれという言葉が心の中で続いた。

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