第15話 モブ高校生は平穏にすご……せない

 結局、今回の件は江橋さんが友達から貸してほしかった本を、よく図書館に行く俺が貸しただけという話に纏まった。


 江橋さんにオススメしていた友達は「もう、言ってくれれば取りに戻ってでも貸したのに!」と言いながら抱き着いていたから一件落着だろう。


「静哉、飯食おうぜ〜」


「お前は……いつも通りパンを買ってきているのか」


「そう言うお前は手作り弁当か? よく作るなぁ」


 昼休みの弁当を食べる時は、基本的に雅人と食べている。朝起きたことも気にせずにいつも通りな雅人に少し感謝しながら弁当を開いた。


 いつも雅人と一緒に昼飯を食べているが、もしも雅人が居なければ俺は今頃は毎日ぼっち飯をする羽目になってしまっていたと思う。


 まぁ、その時はぼっち飯という目立つ行為を避けるために図書館などで飯を食べる生活になっていたかもしれない。


 しかし、もしそうなっていた時は教室を出入りするときに多少注目を集めてしまうため、今ほど高度なモブ中のモブ行動をできていなかっただろう。


 その点に関して俺は雅人にとても感謝していた。


 俺と雅人の趣味も合うし、雅人は周りの反応に流されないで自分で判断して行動しているからこそ、ここまで話すほどの仲になっている。


「そういや、朝貸した本って何だったん?」


「あぁ、青牛だよ。昨日あれの最新巻買いに行った時にばったりだったからな……」


 本当のところは一緒に向かったのだが、さすがの雅人にもそんなことを言えるはずがない。


「いつにも増して早い帰りだと思ったら青牛なら仕方がないな。あれは急ぐ価値がある」


 今日の朝は雅人の協力? によって、とりあえずは俺の危機は去ったと思うが今日の昼休みはいつもよりも周りの視線を感じる。


 悪い噂は立っていないが、若干の噂としてところどころで話されているようで、今の俺の注目度から考えると、モブらしからぬ状況に陥っているようだ。


 人の噂も七十五日というが、今回の噂話が消えるまでには七十五日も必要ないだろう。少し経てば元通りとはいかなくとも、前のような生活には戻れるはずだ。


 まぁ今の状況を異常みたいな言い方をしているが、一応言っておくと今までが目立たなすぎで視線を感じなさすぎたのだ。


 むしろ、今までよくここまで周囲に溶け込むことができていたと言えるほど気にかけられていなかったのだ。


 今まで俺と雅人という存在は、線路を電車が通るような、信号が赤になったら止まるような当たり前の風景と化して、何の疑問も抱かれずに学校生活を過ごすことができていた。


「……なあ静哉、やっぱり気のせいじゃないだろ……」


「……視線がこっち向いているだけで俺たちを見ているわけではないんじゃないか?」


「俺たちって……いや俺は見られていないだろ。朝のことがあったし、今日見られているのはお前だけじゃないか?」


 そう。今日はすでに本を貸したし、何も用事が無いはずなのに江橋さんが時々こちらに視線を向けているのだ。


 これは昨日江橋さんが外を見ていたのではなく、俺がチラチラと見られていたことも気がついているかもしれない。


 ……あれ? 思い返してみれば昨日も特に用事はなかったはずだよな? ……いや、昨日は俺が神代光生だと疑われていたから見られていたのかもしれないのか。


 昨日のことは良いとして、雅人にしてみれば今日も江橋さんに視線を向けられているのは疑問でしかないようで……やはり、ただ本を借りただけの相手をチラチラと見るのは不自然に感じたようだ。


「やっぱりお前江橋さんに何かしたんじゃないのか?」


「……本を……かしたな……」


「……それだけか?」


 まさか自分が神代光生でナンパから助けたなどと言えるはずもないし、言っても信じられない……いや、雅人なら信じるか……?


 どちらにしろ、日裏静哉としては視線を向けられるようなことを何もしていないのだから否定する。


「あぁ。容姿勉強全てがそこそこの俺の学校生活でいつ関わりが生まれるというんだよ……」


「それもそうか!」


「断言されるとそれもそれでなんか嫌だな!」


 嘘は1つも言っていない。俺の容姿も学校ではそこそこと言うのは間違いではないし、自画自賛になるが、勉強は悪くはないが良いわけでもない。 いや、全体から見れば良い方だろう。


 俺は今まで平凡を目指すと言う言葉通りの生活を確かに続けていたのだ。


 しかし、江橋麗華をナンパから助けたことによって一度生まれてしまった歪みは、バタフライエフェクトのように思いがけない方向へ転がっていくわけで——


「——日裏くん、だったよね?」


「……え?」


「放課後、聞きたいことがあるから時間あるかな?」


 唐突に名前を呼ばれたと思って声がした方向を向いてみれば、笑顔だけど笑っているようには思えない雰囲気の人物が立っていた。


 時間あるかな? と言いつつも無いわけねぇだろ?と言いたげな表情で俺を見る少女、江橋さんの友人である一ノ瀬明梨が話しかけてきたのだ。


 俺の記憶だと彼女は江橋さんの親友だ。そんな人物から声をかけられた俺には当然のように拒否権など存在しないわけで……。


「あるっ、あります」


「そう? なら良かったわ。放課後、ここに書いてある教室に来てね?」


 一ノ瀬さんははっきり言って美少女だ。江橋さんが静ならば、一ノ瀬さんは動というイメージが付けられている美少女で、天真爛漫な性格が特徴だ。


 普通なら、そんな少女からの呼び出しを喜ばない人など普通はいないだろう。しかし、今回の呼び出しはどう考えても普通じゃない。


 あぁ、どうして一度起きた騒動は中々収まらないのだろうか……。


 イベントのように次々と襲いかかってくる生活はあとどれくらい続くのだろうか?


 正直に言うと先生に職員室に呼び出されるよりも気が重いかもしれない。


 モブとしての生活を続けていた俺にとってここまで憂鬱な呼び出しは初めてだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る