第14話 モブ高校生は目立つ

 いつも通りの朝、いつも通りの時間に俺は登校し、いつものように江橋さんが登校するとともにクラス内は最高潮になった。


 いつもと同じ一日の始まりだったはずなのに、今日の教室はいつもとは違う雰囲気に包まれており、何故か非常に騒がしかった。


 もしかして、クラスメイトの誰かが事故にあったとか何か重大な事件でも起きたのだろうか?


 ……などと現実逃避をしていたが、俺の目の前にこそ、この異様な雰囲気の原因とも言える出来事が巻き起こっていた。


「日裏さん、昨日約束をしていた本を貸してくださいますか?」


 教室に入ってきて周りの人に挨拶をした江橋さんは、そのまますぐに真っ直ぐ俺の目の前まで歩いてきた。


「あ、あぁはい。これですね。どうぞお受け取り下さい」


「あら? 昨日とは違い、敬語になってどうしたのですか?」


 あぁ……。昨日会話したという事実が漏れ出てしまった。怖すぎて周りを見ることができないぞ……。しかし、この事態を解消するには話を早く済ませるしかない。


「え? いや……何でもないぞ?」


「そうですか?」


 コトンと首を傾げながら江橋さんは言う。


 それを見て俺は思った。なぜ今なのか! 移動教室の時にこそっと置く予定だったのになぜ荷物を置いた瞬間まっすぐにこちらへと向かってきてしまったのか!


 いや、分かってはいるのだ。昨日のうちに今日のいつ渡すかなどの約束をしなかった俺が悪いのだし、俺にとっての朝の騒ぎなんて江橋さんには日常の一コマなのだ。


 昨日俺がおばあちゃんの遺言とかいう誤魔化し方をしたせいで、約束を反故にする可能性があったから自分から言いに来たというのも分かってはいるのだが……せめて、せめて放課後にして欲しかった……!


 今の状況はこの学校のトップカースト、例えるのならば王や権力を持ちすぎた公爵どころか、大国の逆らってはいけない王族のような江橋さんと、弱小国家で功績によって一代貴族になった家の長男で、現時点では平民化することが決定しているような俺が会話しているのだ。


 今この瞬間教室内で立てられた噂が昼休みにはどうなっているのか考えるだけでも身の毛がよだつ……。


「え、あの2人って知り合いだったの?」


「江橋さんと話をしているもう1人の男子って誰だっけ?」


「あれは確か日裏だったはずだ」


「え、この教室に居た? 今日まで全然存在感なかったよ……」


 モブとしてしっかりと無名の存在であったことを知ることはできたが、今この瞬間クラス内は俺と江橋さんの関係の予想を立てる人であふれかえっている。


 ちなみに、今のところ予想されているもので一番得票数が多いものがただの友達で、大穴が数年ぶりに再会したお幼馴染だったけれど、互いに幼馴染だということに確証を持つことができていなかった。


 しかし、昨日何かしらの二人が幼馴染同士だったことが判明する出来事が起きて、再び会話するようになった。


 ちなみに、日裏くんが敬語を使ったのは数年前よりも一際美しくなった麗華さんに気後れしてしまったからなのだ、という意見だ。


 流石にその大穴は予想立てたやつの妄想が溢れすぎているぞ。ーーあれ? ベタな大穴過ぎて広まっていってない? え、ロマンチックすぎすぎて憬れる? 待て。ありえないから!


 おい、ちょっ! そこのやつ真実みたいに話してるんじゃねぇよ! ってお前も信じるなや!


 これではもう名無しのモブではいられなくなってしまう。今この瞬間もモブレベルが下がって認知度が上昇しつづけているのだろう。


「ありがとうございます。お借りしますね」


 俺から本を受け取り、ニコッと笑う江橋さん。今の笑顔は本物だったと俺でもわかってしまった。


 男子には決して見せないと言われている本物の笑顔、それが今俺の目の前で展開されているのだ。そのことが周りの妄想を加速させている気がする……。


 そして、それを見た周りの人たちが騒がないわけがないわけで……。


「おい、今笑ったぞ」


「ニコってしたぞ?」


「わ、私、あとで彼との本当の関係を麗華に聞いてみる!」


「も、もしかして恋人!?」


「「さすがにそれはない」」


 今の俺には外野の声など一切頭に入ってくることがないというか入ってくる余裕がなく、ただただ思った。終わった……と。


 例えるのならば、今の状態は上げられるところまでレベルを上げ終わったレベルマックス進化先未選択状態。


 レベル上限の開放を行うには何かしら行動をして職業をクラスアップしなければ先に進めないというクソゲーだ。


静哉はどうする?

話しかけられたことを自慢する←

そのまま無言

いっそ光生になる

お前がママになるんだよ!


 おっと、変な考えが思い浮かんだが今日はいつも以上によく考えなければならない。話しかけられたことを自慢すればどうなるか……。


「麗華(あえて名前)さんに話しかけられるなんて! いやー! なんて幸せ者なのだろうか!」


「いや、俺たち普通に話してるし何言ってんの?」


「は? 殺すぞ」


「何あいつ〜、調子乗ってんじゃないの〜?」


 はいBADEND! お調子モブエンド! 学校生活終了! 人生ハードモード化!


 今まで空気のような人間だったものが、いきなり学年一の美少女を名前呼びしながらあからさまな自慢などしてしまったら元〇玉顔負けの気持ちが集まるに違いない。


 もっとも、その場合に集まるものは元気ではなく怨念だろう。


 それならば、そのまま無言を貫き通したのならどうなるだろう……。


 パラッ……と俺が読んでいる本のページをめくる音が響く。


「は? 何あいつ。さも話しかけられるのが当然みたいな顔して……」


「あいつの持ってる本燃やしてやろうかな」


「はぁ? っていうか今麗華ちゃんが借りた本私が薦めたやつだし~? 私も持ってたんですけどー?」


 あぁ……これは確実に疎まれモブエンドだ。明らかなるBADENDだろう……。


 くっ……。今回ばかりは八方ふさがりじゃないか。前門の虎後門の狼という言葉を作った偉人の気持ちがひしひしと伝わってくる。


 ……一体どうすればこの場を乗り切れるのだろうか。


 もし光生だという事を明かし……。


「おう静哉。江橋さんに本を貸すってどうしたんだ?」


 その声を聞いた瞬間天才的アイデアが浮かび上がってきた。その反動でつい大きな声で叫んでしまったが。


「神かお前は!?」


「お、おう? 神かもしれんな?」


 凄惨な事件が起きる直前だった俺の教室は、雅人という人間の存在によって待機状態にまで戻ることができた。


 彼によって立てられたまさかの第五の選択肢、しかしこれこそがトゥルーエンドに繋がる道。ギャルゲーで選択肢を選ばずにタイムアップを待つのが正解というレベルの分岐ルート!


 この殺伐とした権力社会で信じられるものは妹と損得勘定が絡んだ契約関係のみだと思っていたが、最後に頼りになるのは友情という見えない絆に結ばれた関係だったのだ。


 そう、今ならはっきりと分かる。友情の大切さが! ……え? お前に友達は一人しかいないだろうって?


 いいんだよ! 量より質にきまっている! 今の俺には、友情という糸でつながっている、唯一の友達といってもいい雅人が神に見えたのだから!


「それで、一体何があったんだ?」


 ニヤニヤとしながら聞いてくる雅人だが、今の彼はまさにこの教室の代弁者。その質問こそがこのクラスの総意と言ってもいいだろう。


 ……もしかして雅人はこうなることを見越して、俺を助けるために一番最初に声をかけてきてくれたのだろうか?


 ……違うな。あの顔はただ突然起きたイベントを楽しんでいる顔だ。だけど、結果的に俺が助かるチャンスであるこの機会を逃さないように、周りで聞き耳を立てているやつらにも聞こえるように少し大きな声で雅人の質問に答える。


「いやー! 昨日本を買いに行ったら江橋さんと偶然ばったり出会ってさ! 探してた雑誌は買ったらしいけれど友達からおすすめされた気になる本があったらしいのよ!」


「それで気になる本というのが今貸したやつってわけか?」


「そうそう! 江橋さんも実際、気になっていたけれどまだ読んでいなかったらしい! でもその話をしたのがかなり前だったから、おすすめしてくれた人にあの時言っていた本を貸してというのはためらっていたみたいで俺が……な?」


「へー、まぁ本屋でばったり会うとは珍しいこともあるもんだな。……良かったじゃねぇか」


 『ばったり』と『友達からおすすめされていた気になる本』を大きな声で周りに伝えるように言ったことに効果があったらしく、今の会話で周囲も納得したようで普段通りの会話に戻る。


 嘘だらけのロマンティックストーリーがこの教室以上に拡散されることは防ぐことができたようだ。


 雅人が最後に小声で何か囁いてきやがったが、俺にとってはBADENDは回避したということが何よりも大切なことだった。


 しばらくして先生もやってきてホームルームも普通に始まった。そこからは普段と変わりない一日になるはずだーーと思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る