第13話 モブ高校生は買い物をする

 モールに着いた俺たちはとりあえずエレベータに乗って黙々と上の階へと登って行った。


 このモールには1階に食品が売っているスーパー、2階以降は服や眼鏡、時計などの物が売られており、5階にはゲームコーナーや音楽用品店がある。


 6階にはただの本屋があるが、7階からはアニメートとゲーマーガールズなどが続いている。


 いつもならライトノベルは全てアニメートで買っているのだが、今日は江橋さんがここまでついてきているから6階の本屋で本を買おうと思う。


 ……店舗購入特典があったとしたら何が何でもアニメートで買ったかもしれないが、今回の新刊を買うときはブックカバーが透明になるかどうかの差くらいしか違いがないからここで購入しても問題ない。


 問題は、江橋さんがどこへ向かう予定なのかだが……。


「俺は6階の本屋のライトノベルコーナーに行くが、江橋さんはどうするんだ?」


「えっと、私も付いて行って良いですか?」


「……表紙とかをみて嫌悪感を抱かないならいいんじゃないかな……?」


「ライトノベルは友人に勧められて読んだことはあるので大丈夫だと思います」


 そう言われると無理に断る意味もない。それならばということで6階にたどり着いてから奥へと進んでいく。


 この本屋を利用したのは初めてだったので、ライトノベルコーナー自体どこにあるか分からないから一通り回ってみることにした。


 ……しかし、江橋さんが薦められたライトノベルは多分最初からライトノベルだったものではなくて、狼娘の雨あられみたいなアニメ映画が本になったようなものなのではないだろうか。


 それならこのまま一緒に連れて行ってしまうのはまずいのではないか? ……下手に刺激の多い絵の本がピックアップでもされていたら変態のレッテルを貼られてしまうかもしれない。


 江橋さんは周りの人に言いふらすような人間ではないことを知っているが、脳内で捉えられてしまうのもいい気分ではないものなのだ。


 ……いや、逆にそういう絵を見て恥ずかしくなってくれれば、もしも万が一また誘われたときに本屋に行くと言えば断る口実になるのではないだろうか?


 それどころか、変態のレッテルを受けるだけでもう一緒に帰ろうと誘われることもなくなるかもしれない。


 そんな考えを頭に浮かべながら歩いていたら、その途中にいつの間にか再入荷したのかそれとも大きな書店だからこそまだ残っていたのか、光生が特集として載っている雑誌が目に入った。


「……神代光生特集……再入荷したのですね……」


「……そう……なのか? あまり雑誌なんかは読まないから知らなかったな」


 おう危ない! 危うく再入荷に頷くところだった。モブは雑誌なんか読まない、モブは雑誌なんか読まない、モブは雑誌なんか読まない! よし……怪しまれて……る!? いや、俺と雑誌を交互に見てる!? これは早めに離れないとやばいかもしれない!


「じゃ、じゃあ俺が見たい本を見てくるな! 気になるなら買えばいいんじゃないか!? ってかそれが目的の物か?!」


「え、あのちょっと! ……行ってしまいました。……よし、買いましょう。ファンなのですから当然です。ファンになったのですから」


 危機感を感じた俺は急いでライトノベルコーナーを見つけ出して新巻が並んでいる場所を確認した。 ついこの前までアニメをしていたから、割と目立つところにあると思い一通り目を通してみる。


「んーと……青牛は……あった!」


「それが新刊ですか?」


「うわぁびっくりした! いつの間……にっ!?」


 新巻を探すのに集中していて江橋さんがいつの間にか近くまで来ていたことに気がつかなかった。


 しかし、いつの間にという言葉は江橋さんが手に提げている購入されたと思われる神代光生の特集も載っている雑誌に対しても含まれている。


 そして、自分が載っているものをクラスの、それも学年で一番の美少女と言われている人物に購入されているということに今更ながらに気づいて少し恥ずかしくなった。


「つい先ほどからです。……その本は確か……とても感動する話だと友人が言っていましたね」


 この言い方から察するに、江橋さんにライトノベルを貸した友人は普通にライトノベルを読んでいる人なのかもしれない。


 若干江橋さんの顔が赤くなっているのは少し過激な表紙の本も途中にあったからだろうが、それでもライトノベルを否定しないことにはとても好感が持てる。


 そのせいか、ついつい青牛シリーズについてかなり熱を入れて説明をしてしまった。


「そうなんだよ! この青春牛野郎シリーズ! いつもは怠けている主人公が誰かのためになるとかっこよくなってさ!」


「そう聞くと気になりますね。……約700円ですか……」


 江橋さんはあらすじを聞いて気になったようだが、出ている巻数と値段を見て迷っていた。


 その姿を見て自分の好きな作品のファンが増えるチャンスだと思って余計なことを言いかけてしまった。


「家に全巻あるから良ければ貸す……ぁない! 死んだばあちゃんの遺言で青牛だけは貸すなって言われているんだった!」


 危うく自爆するところだった。


 この一回の買い物で俺の疑いが晴れて関りなんかない元の生活に戻るはずだったのに自分から学校での接点を作ってしまうところだった……。


 咄嗟に機転を利かせたおかげでなんとか誤魔化しきれたか……?


「貸してくださるのですか?」


 うん。普通に遺言をスルーされた。そうだよな、誤魔化せてなどいなかった。むしろ、今ので誤魔化したと思えた方がおかしかった。


「いや、遺言が……」


「……貸してくださいませんか?」


「……貸します」


「ありがとうございます!」


 遺言で悪あがきをしたが、一度貸すといいかけた手前、貸さないと言ったときにあからさまにしゅんとされてしまったら俺の脳内には貸す以外の選択肢は生まれなかった。


 ……といっても今日で神代光生が俺だという疑いは見事に晴れたはずだ。


 皆が求める神代光生の像の中にライトノベルのような本を読むというイメージは存在しない、よく分からない『深い』本を読んでいるイメージが定着している。


 それは、助けられたという劇的な出来事がきっかけで神代光生に興味を持った江橋さんにも言えることだろう。


 だからこれから先、俺と江橋さんは本の貸し借りのみをするような関係に落ち着くかもしれないし、前のようにほとんど会話などしなくなるかもしれないけれど、少なくても神代光生だと疑われるような関係ではなくなるはずだ。


 買おうとしていた本の会計も終わらせてから、明日持っていく本の話などをしながらエスカレーターを降りていき、店の前で江橋さんと別れることにした。


 今日は昨日と違って暗くもなっていないため送って行ったりする必要はない。


「では、神代さんまた明日本をよろしくお願いしますね」


「おう……っ!? ……俺は日裏だぞ?」


「ふふ、間違えてしまいました。日裏さん、明日本よろしくお願いします」


 ……あれ? 疑いは晴れたはずなのでは……?


 それにしても全く油断も隙もない。学校で会話する人が雅人くらいしかいないせいで、俺は静哉ではなく光生として呼ばれることの方が多いため反射的に返事をしかけてしまったのだ。


「……おう、まずは一巻だけでいいんだよな?」


「はい。テストも近いので一気には借りずに、面白かったら続きをお願いしたいと思います」


「……わかった。じゃまた明日な」


「……日裏さんは神代光生さんですか?」


 うーむ……。これで確信したが、なぜだか疑いはまだ晴れていなかったらしい。だけどその質問に対する答えはすでに決まっているんだ。


「違います。人違いです」

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