第12話 モブ高校生は超絶美少女と歩く

「日裏さんはどんな本を読まれるのですか?」


「うーん……最近は忙しい時が多いから手軽に読めるライトノベルがメインだけど推理小説も好きだな」


「そうなのですか? そういえば、何かアルバイトでもされているのですか?」


「いや、バイトはしてないかな」


 俺は周りの視線と小声がすごい気になっていた。


 学校の周りに同じ学校の人はいないが、主婦や社会人とはかなりの人数とすれ違っている。


 こっちを見ている人はほとんどいないが、江橋さんのような人と俺が一緒に歩いているなんて釣り合いが取れなさ過ぎて笑い話にしかならないだろう。


 どうせ、なぜあんな美人とうだつが上がらなそうなやつが一緒にいるのかとか、似合わないだとか言われているのだ。


 学校の人に会わないくらいの時間に学校を出ることができたから良かったが、もし同じ学校の人にでも見られたら明日からは絡まれモブになってしまうのではないだろうか……。


 そんな心境の中、江橋さんから次々と出される質問に答えていた。


 ……モデルはアルバイトではなく仕事だ、嘘は言っていない。


「そうなのですか。いつも学校が終わると同時に帰宅しているようでしたので、忙しいならばアルバイトをしていると思いました」


「いや、それは……だな! 俺は一人暮らしだから飯も作らないといけないし? 料理が趣味みたいなところがあるからさ!」


 ちなみに、俺の趣味は料理ではなく読書だ。モデルは仕事とかいう屁理屈を繰り出した瞬間に軽い矛盾のようなものを指摘され、嘘でもアルバイトをしていると言った方が良かったかと考えた。


 ……していると答えた場合、アルバイト先を聞かれて答えられない未来が見えた。これが正解だったのだと信じることにしよう。


「そういえば日裏さんって毎日お弁当を作ってきていますよね」


「そうだな……。昼に購買まで出るのも面倒だし、基本的に前日の残りを弁当に詰めるっていう感じだからな。……というか、よく俺が弁当作ってきているって知っていたな」


「そうですか? この前友達がどのような男性が好みなのかみたいな話をしていた時に、家庭的な男性という話というものが出て……クラスの中で日裏さんがいつも弁当だよねって話になりましたよ」


 え、驚愕の真実が判明した。そんな目立ち方をしていたのか……? 弁当はモブポイントが高いはずではなかったのか?


 いや、江橋さんが繰り広げたのは日常の一コマにある一会話に過ぎない。例えるのならばプロローグからトラックに当たるまでの一連の流れ、赤ちゃんに転生してから6歳くらいに成長するまで飛ばされている間に起きたストーリーのようなもの!


 そんな会話の一コマを覚えている江橋さんが特殊なだけでその会話をした他の人たちは覚えていないはず……。


「あのお弁当は自分で作られているのですね。私も一応自分でお弁当を作っていますが、時々カップラーメンも食べるんですよ」


「へぇ……。カップラーメンは意外だな。俺はカップラーメンを食べると気持ち悪くなる体質みたいで、自分で作るか弁当を買うしか選択肢が無いんだよな……」


「そうなのですか? お弁当はほとんど買いませんが、ここだけの話実は家にカップラーメンの買い置きは結構ありますよ。……その、友達と遊んだときに夕食を食べなかった日などは帰ってから料理するのが大変でカップラーメンに頼ってしまいます」


 江橋さんは笑いながらそう言っているが、俺は勝手に江橋麗華は完璧な人という理想を押し付けてしまっていたのかもしれない。


 思い返してみると俺は思い込みをしてしまっていた。


 女子たちに尊敬され、男子には羨望の目で見られている高嶺の花。成績も優秀で弁当を作っていることから家事もできる完璧な人、そう考えてしまっていたのだ。


 彼女だって成績はきっと努力を積み重ねていることによる結果だろうし、面倒くさいことだってあるだろう。


 ご飯を作るのが大変な時はカップラーメンを食べるという、大変な時に弁当を買う俺と同じ考えをするような人間なのだ。


 周りの意見だけで物事を判断するということが俺が最も嫌いなことだというのに、いつの間にそう思い込んでしまったのか。


 せめていまから江橋さんを一人の人間として判断したいと思った。……まぁもちろんモブでいたいからかかわりは最低限にするつもりだが。


 残念ながら彼女が人気者だということは誰がどうみても事実なのだからしょうがないだろう。


「……さん、聞いていますか?」


「うおっ! すまん、考え事をしていた」


 考え事というか反省をしていたらいつの間にか声をかけられていたみたいで顔を覗き込まれていた。


 気がついたら江橋さんの顔が目の前にあって驚いてしまった。


「ふふ、こういうものが普通なのでしょうかね」


「ん? どういうことだ?」


「いえ、なんでもありません。それで、さっきの話なのですが、今日はお弁当でしたよね。何を買ったのですか?」


「あぁそうそう、昨日のうちに唐揚げ弁当を買ったんだよ。ほら、一人暮らしだと揚げ物って中々手を出せないだろ? それに、買った時間が遅かったから三割引きで売っていたからな。一人暮らしに三割ってかなり大きいんだよなぁ……」


「それは分かります! 買う野菜とかもカット済みじゃなくて一玉にするだけでかなり節約になりますよね! ……そういえば、値引きってどれくらいの時間からされるのでしたっけ?」


「うーん、昨日唐揚げ弁当を買ったのは今向かっているモールだけど、確か夜の7時過ぎだったかな?」


「それくらいに買ったのですか。……そういえば、私もそれくらいの時間にモールの近くに居たのですが見かけたりしませんでした?」


 まさか今の会話はこれが狙いだったのか!?


 まずい……江橋さんをナンパから助けたのが19時半くらいだから19時にモールに居たというのは疑われているかもしれない今は疑念を深めることになるのではないか?


 19時にモールに居たということはすでに言質を取られてしまっている。モールも目の前に見えてきたし何とか誤魔化すしかないのではないか……。


「お、俺は昨日大通りを通って帰ったから江橋さんは見ていないぞ。それより、そろそろモールに着くけど大丈夫か?」


「へぇ……大通りを通ったのですね。モールで買いたいものがあることは事実なので問題ないですよ」


 何とか話を逸らすことができたんじゃないだろうか。正直今のは疑われているこの状況ではダメな返答だ。


「そういえば、昨日私は細い道を通って帰ったのですが、あなたは神代光生さんですか?」


 細い道を通ったことと俺にその確認をすることに何のつながりがあるのかよくわからないが、その問いに対する俺の回答は一つだ。


「違います。人違いです」

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