第11話 モブ高校生は誘われる
「今日はここまでとする。号令」
「きりーつ、れい、ありがとーございましたー」
終了の合図とともに帰るために俺は立ち上がる。
無いとは思うが、もしも万が一偶然何かの拍子にとんでもない奇跡が起こってなぜか俺が神代光生だとばれてしまわないように、接点を無くしてしまおうと考えたのだ。
怪しもうにも怪しむ対象がいなければ前提条件が成り立たない。それに、この行動はいつも通りなのだから不自然でもない!
「じゃあな雅人、また明日!」
「おう! いつも以上に早い帰りだな!」
「そうか? 今日は本屋に行くからかもしれないな!」
「ん? そういえば今日は新刊の日か! 部活動に行かなきゃいけないから買いに行けない……!」
そう、雅人は俺と違って部活動に所属しているのだ。所属している部活はよくわからないが、将棋をしたとかチェスをしたとか色々な話を聞くから文化部なのだと思う。
……もしも雅人がサッカー部に所属していたとしたら友達になっていなかったかもしれない。なんというか、運動部は弁当も一緒に食べているところが多いからな。
雅人との無駄話で少し時間を消費したが、特に何の問題も起きずに平穏の貴公子たる俺は即座に教室を出て昇降口へと向かう。
教室から昇降口へ向かうまで、今の俺は一切注目を集めない。
平凡、平俗、平穏、全ては学校生活をする俺のためにあるような言葉とさえ思ってしまいそうだ。
さっきも言ったが今日は小説の新刊が発売される日なのだ。
もしかしたら昨日既に発売されていたかもしれないけれど、発売日に確認するのが日課だから昨日弁当を買ったときは本屋によらずに今日を楽しみにしていた。
少しウキウキした気分で靴を取り出し、いざ帰ろうとした瞬間背後から鈴が鳴ったような声が聞こえてきた。
「日裏静哉さん、今帰りですか?」
「あ、え? え、江橋さん? どうしてここに?」
「いえ、私も帰宅しようとしたところでして……もしよろしければご一緒しても?」
ふうううう……深呼吸。……落ち着けねぇ! なぜだ!? 部活動はどうした! ……あぁ! 無所属か! 俺と同じ帰宅部だなおい!
ご一緒されることは俺個人の見解としては問題ない。むしろ江橋さんのような美少女と一緒に帰れることは喜ぶべきことなのだろう。
だが、俺の中のモブ魂が否定意見を叫んでいる!
頭の中に浮かぶ受け入れるか拒絶するかの二択の選択肢。よし、まずは受け入れた方を考えてみよう。
前提条件はどこかで目撃されているということだろう。今から行くモールはかなりの人が遊びにくる場でもあるため、学校の人の誰にも目撃されないという方が非現実的だ。
「おい……あいつか? 江橋さんと昨日帰っていたってやつは?」
「いや、誰だよあいつ……何か脅したりしているんじゃねえのか?」
「おいおい……もう暴力は封印したっていうのにな……」
「ありえないありえないありえない」
「あいつは調子に乗りすぎだ……帰りにボコってやろうぜ……?」
圧倒的BADEND! 疎まれモブの完成だ、学校生活の詰みだ! 選ぶことができない!
ファンと狂信者と親衛隊に追い掛け回される未来しか見当たらない……。無理だ。俺にはこの誘いを拒否するしかないようだ。
……となると、もし拒絶したとしたらどうなるのだろう。
「おい……あいつか? 江橋さんに一緒に帰っていいか誘われて断ったってやつは……」
「いや何様だよあいつ……折角の江橋さんの優しさを無碍にして……本当に何様のつもりだよ?」
「女の子に恥をかかせておいて生きることができると思っているのかな?」
「女神さまにお救い頂いたこの命、彼を道連れにして果てましょうぞ……」
「許せない許せない許せない……」
「あいつ誘われて断ったことに優越感持ってんじゃねえのか? 帰りにボコってやろうぜ……?」
こっちもか! こっちも圧倒的BADENDじゃないか! 一体何が正解だというのだ……。
誘いに乗ったらアウト、逆に断ったとしてもアウト! 拒否したら恥をかかせたとして殺されるけれど、受けたら嫉妬で殺される。
つまり誘いに乗ったけれど一緒に帰らないという選択をしなければいけないのか?何これ、どんな謎かけだよ……。
……ん?そういえば今日は……あったぞ……! というか元々一緒に帰ることなんてできなかったじゃないか!
だって今日は本屋に行くという正当な用事があって江橋さんは昨日既に買い物をしている! ついてくる理由がないならしょうがない。だって用事だもの!
「今日、帰りにモールで本を買う予定だからいつもと帰り道が違うから……帰りは遅くなるし遠回りになると思う。だからまた今度誘ってくれると嬉しいかな」
はい完璧ー! パーフェクト、100点中120点の回答! 止むを得ず断ることしかできないが、理由もあって迷惑をかけられないという紳士的な対応!この対応に穴は一切ーー。
「それはちょうど良かったです。私も買いたいものがありましたから」
秘策破れたり。
「え、昨日たし……!?」
「昨日? 昨日どうしましたか!?」
「き、昨日も今日発売の本が先に置かれてないか確かめにも行ったくらい楽しみにしている新刊だから早く行こうか!」
まさかの大穴、江橋さんが本屋に用事があったとは予想だにしていなかった。
いやそれよりも問題なのが、昨日という言葉に過剰反応した事だろう。
ついうっかり「え、昨日インク買ってなかった?」と言いそうになった瞬間江橋さんは過剰に反応した。
咄嗟にごまかすことには成功したけれど、やはり神代光生が近くにいると思われているのかもしれない。
誤魔化した時に、発売日前に確認しに行くほど新刊を楽しみにしているような人になってしまったけれどそれは必要な犠牲だったとして諦めよう。
「はい。あ、それと1つ聞いていいですか?」
「どうした?」
「あなたは神代光生さんですか?」
今の言葉で疑いを持たれていることを確信したけれど、そう聞かれたら俺はやっぱりこう答える。
「違います。人違いです」
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