第6話 モブ高校生はナンパから助ける

「やめてください! これ以上近づいたら本当に警察を呼びますよ!」


「いいじゃねえか、少しくらい遊ぼうぜ?」


「そうだ。どうせ1人だろ? ほら、周りもみんな見て見ぬ振りじゃねえか」


 声がした方向に走った俺は3人組のチャラ男にナンパされている少女、江橋麗華を見つけた。


 いや、ナンパというよりは些か強引すぎる言い方のように感じる。


 確かに彼女ほどの美少女が相手なら人が見ていた状況下で多少無理をしてでも……と考えてしまうのも無理はないのかもしれないけれど、俺としては「よりにもよって」という気持ちの方が強かった。


 とはいえ、雑誌に写っている俺の光生としての姿を見てもばれていないのだから話をしたこともない俺の声をこの姿で聴かれたところで、そこから神代光生が日裏静哉であると結び付けることは不可能だろう。


 現状、江橋さんがチャラ男に言われている通り周りの人間は見て見ぬふりをしているだけで誰も助ける気配はないし、断っているのにしつこく食い下がっているのは見ていて気持ちのいいものでもない。


 いつもの静哉の格好で助けたのなら、変なやつが割り込んできたとしか思われないだろうが、今の光生の格好なら簡単に助けることができる。


 そう考えて、俺は行動に移すことにした。困っている今の状況なら彼女も話を合わせてくれるだろう。


「あ! やっと追いついたよ、お待たせ麗華さん。はい、これ頼まれていたもの」


 頼まれていたものとか言いながら俺が渡したものは唐揚げ弁当だ。いやだって他の物は全部バッグの中にあるし……。


 一瞬警戒した様子を見せた江橋さんは、突然渡された袋の中身の唐揚げ弁当を見て困惑した様子を見せた。


 とはいえ目の前のチャラ男とは関係のない人だということに気がついたようで、俺が助けようとしていることにも気がつきそのまま話を合わせてくれた。


「先に行ってしまったかと思っていました。探してもらってごめんなさい……」


「こっちこそ、俺も紛らわしいメッセージを送っちゃったって思っててね。中々既読が付かなくて心配したけれど追いつけて良かったよ。……で、君たちは何か用あったのかな?」


「なっ……てめぇ……! ……ちっ! なんでもねぇ」


 何かを言おうとしながら突然乱入してきた俺に掴みかかろうとしたチャラ男だったが、その行動をホブチャラ男が止めた。


 周りにいた人たちがカメラを取り出し始めたことに気がついてその行動は流石にまずいと思ったのだろう。


 俺に気がついてカメラを取り出し始めるくらいならナンパされて困っている少女くらい助けろよと思ったが、今は移動することが先だ。


 俺が盗撮を避けるために歩き出したと同時にそのままチャラ男も引き下がっていった。


「……ふぅ、全く……。危ないことには見て見ぬ振りが今のこの世の中だからな……。おっと、大丈夫だった?」


「えっと、はい大丈夫でした。助けて下さりありがとうございました。……あの、神代光生さんですか?」


「違います。人違いです」


 その答えは予想していなかったのか、一瞬キョトンとした表情になる。


「え? あれ、でもその……」


「まぁ! とりあえず離れようか」


 カメラを向けられていたところも見られていたし、今朝学校で神代光生特集も見ていた彼女は当然のように助けてくれた人が神代光生だということに気づいたが、俺はナチュラルに嘘を吐く。


 神代光生と日裏静哉を結び付けることができる可能性が皆無だとしても、放っておけなかったとはいえ、ただでさえ同じクラスというだけでなく学校でもトップクラスの人気を誇る江橋麗華を助けてしまったのだ。


 万が一気づかれでもしたら俺のモブ生活はモブから最悪のクラスチェンジを果たしてから崩壊をしてしまうだろう。


 内心は一刻も早く離れたい心境だったけれど、暗い中送り届けもせずにさようならはあまりにも無責任すぎる。


 ならばせめて形だけでも正体を隠したまま行こうと考えたのだ。


「昼ならまだしも、もう8時近いんだから1人で出歩くのは危険だと思うよ?」


「えっと、どうしても買わなければいけないものがありまして……」


「あー……それならしょうがないのか……? それで、買う必要だったものはもう買ったのか?」


「はい、買い物を終えた帰り道に声をかけられてしまった感じで……その後は今の通りです……」


「そうか……帰り道はどっち?」


「え?」


「迷惑でないなら、また絡まれでもしたら大変だから送っていくよ」


「えっと、この通りをまっすぐです。あの、本当によろしいのですか?」


「うん、そんな距離は変わらないからね」


「っっ! ありがとうございます!」


 方向は意外にも同じだった。もし逆方向でも俺はなんだかんだ言って困っている人の助けに入るような性格をしているし、神代光生なら断らない。


 今の俺はバレないうちに離れたいが送らなければという義務感があるという状況だった。そこから少し歩いていくと近くまできたらしい。


「ここからすぐなのでここまでで大丈夫です。あの、本当にありがとうございました!」


「まぁ女の子が夜1人で出歩くのは危ないからこれからは気をつけてね。特に江橋さんみたいな美人だと危ないからね」


「……はい。……あのっ! 最後に神代光生さんですよね?」


「違います。人違いです」


 俺は最後まで神代光生であることを認めなかったが、十中八九バレているだろう。

 しかしこれでいい。


 むしろ神代光生ということの確認に目を向けさせることで日裏静哉に繋がる情報を一切渡さなかったと言ってもいい。


 静哉と光正では口調も違うし見た目でバレるはずがない。つまり完全勝利、俺の勝ちというやつだ。


 江橋麗華は最近話題のモデルである神代光生に助けられた、その記憶だけが残っている……はずだった。


※ホブチャラ男とは、モブチャラ男の進化系であり、モブ、ホブ、エリート、キングと繋がっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る