三人の生徒①
これはもう何十年も前の話でありますが、私はいまでもはっきりと鮮明に思い出せます。
私は、生涯で三人の生徒を亡くしました。
終戦から数年ほど経った年の春、私は新任の教師として国民学校初等科の五年生を受け持つことになりました。五年生と言えば、一年生や二年生よりは手もかからず、比較的優しい年代だとお聞きしていたのですが、なにせクラス担任を受け持つのは初めてで、またその中には厄介な問題児もいたりして、私は日々挫折と反省を繰り返していました。
「最初の年は誰でもそんなものだよ」と他の先生方は仰るのですが、やはりあの子がクラスにいるのといないのとでは大分違っていたと思います。あぁ、あの子さえ真面目でいてくれればどんなに平和だろうかと、何度も何度も思いました。しかし、どんな生徒でも平等に愛し、教育するのが教師の役目。私はその責任をしかと受け止め、あの子を立派な人間にしてあげようと努力していました。
あの子は一見してみればごく普通の男の子で、昼刻の休み時間には同級生と野球をして遊び、(多くの男の子がそうであるように)いたずらが好きな男の子でした。
ただ、そのいたずらの度が極端に過ぎるのです。ある時は大量のカメムシを下駄箱の靴の中に忍ばせたり、ある時は厠の扉を開かないようにして他の生徒を小一時間ほど閉じ込めたり、またある時はどこから手に入れたのか手りゅう弾の玩具を教室で投げ、皆を酷くパニックにさせたりと、とにかくもう手の施しようのない悪戯小僧でした。
そしてその度に、私はあの子を指導室に連れ込み、人の道徳などの説教をするのですが、どうもあの子は頭の回転が異様に早いようで、また(これもどこから仕入れるのか)大人顔負けの知識を有しており、私一人は当然のこと、他の先生と三人がかりでもその詭弁に惑わされ、いつものらりくらりと説教を交わすのでした。
六月の、ある日の放課後のこと、その子が女の子の顔に泥を塗ったということで、私はいつものようにその男の子を叱っておりました。
「ねえしんちゃん(その子は名を慎太郎といいましたので、皆からしんちゃんと呼ばれていました)、どうしていつもいつも皆を困らせるようなことをするの?女の子の顔に泥を塗ってはいけないことぐらい分かるでしょう?」
「でも先生、おれは良いことをしたんだぜ?本当はおれ、褒められるはずなんだよ」
「あら、顔に泥を塗る行為のどこが『良いこと』なわけ?」
「先生知らねえの?泥ってのは、酸化マグネシウムとか、酸化アルミニウムとか、肌に良い成分がいっぱい入ってて、それを顔に塗ることで老けるのが遅くなるんだよ」としんちゃんは誇らしげに言いました。私がため息をつき、また始まった、さてどう返そうかと悩んでいるうちに、しんちゃんは急に顔色を変えて、
「先生、おれ急にお腹が痛くなってきちゃった。便所にいきたいや」などと言って白々しく冷や汗をかきだすのです。
私はその手に何度も引っかかってきました。便所に行く、などとほらを吹いて、その隙に逃げ出してやろうという魂胆なのです。ダメです。反省するまでここにいなさい。と強く言えれば良いのですが、いつも万が一本当だったらと考えてしまい、逃亡を許すのです。ですが、この日はちょっとした作戦がありました。
「分かりました。行っていいわよ。ただし、今日は先生入り口の前で待っていますからね」
「うん、分かった」
やけにあっさりと納得したことに多少の奇妙さを抱きながらも、あの詭弁の風雲児の一枚上手を取れたことに誇らしくなり、そのまま頑固に待ち続けて三十分。流石におかしい、あの子に何かがあったのではと思い男子便所に突入してみるとそこはもうもぬけの殻で、何一つ残されていませんでした。やられた!とその時ばかりは本気で悔しさを覚えました。
便所の奥に小さな小窓があるのですが、どうやらあらかじめ便所に隠しておいた鞄と一緒にそこから逃げ出したようで、その機転は一体どこから生まれてくるのやら、と私はため息をつきました。
翌朝、出勤すると職員室が異様に騒がしく、私が挨拶と一緒に何があったのかを尋ねると、「どうもこうもないよ!自殺しちゃったんだよ、あんたのとこの子が!」と言いますので、私は酷く狼狽し、
「いったい、それは誰なのですか?」と私は恐る恐る震えた声で聞きました。いや、本当はなんとなく分かっていました。
「例の問題児、慎太郎くんだよ。君、なにかまずいことはやっていないだろうね」
ああ、やっぱり!私が前日説教をしたから、それで深く傷ついて、自ら命を絶ってしまったのでしょう。私がそのことを泣きながら周りに説明すると、先生方は顔を蒼くし、一様に「なんてことだ…。大変なことになったぞ」と呟きました。
「まあとにかく、今は詳しいことは分からない。先生方は事を荒げないよう、このことはくれぐれも秘密にお願いします」と校長先生が言って、皆様納得したように頷きました。
私は、もう何が何やらわからず、その日はとても教壇に立てそうになかったので、他の先生が代わりを務めてくれるらしく、私は家に帰らせていただきました。
連絡があったのはその日の夜のことで、初めは校長先生の声で、
「警察の方が、君と話したいそうだ」と仰り、私は震える思いで警察の男の人と受話器越しに会話をしました。
「あなたが担任の西野京子さんですね。柿原慎太郎くんのことで少しお話したい事があります」と警察の人は落ち着いた低い声で話し始めました。「彼が自殺した部屋や、その他色々な場所を調べたんですけどね、彼の鞄の中に一つ、遺書というか、一切れのメモのようなものをもの見つけたんです」
そのメモには、こう書いてあったそうです。『みんな、イジワルしてごめんネ。 先生も、ごめんなさい。 あ、今回のことは、先生が昨日僕に叱ったこととは、一切関係ないからね!』
私は、何とも言えない、悲しい気持ちになって、また泣きました。
その遺書のおかげか、今回のことは裁判にはかけられませんでしたけれども、私はいっその事裁いてほしい心持ちでした。そうして、その日から、私の肉体は自由に生きているけれども、私の心だけはすっぽりと牢の中に入り込んでしまいました。
しばらくして学校に戻った時、誰かがこういったのを覚えています。
「あいつは、よく本を読んでいた。そうして、恐ろしいほどに頭が切れた。藤村操にしろ、太宰にしろ、頭の良い奴ってのはだいたい自殺を選ぶもんだ」
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