第5話
いくらかの静寂のあと最初に口を開いたのは、藤香だった。
「ヤダ」
なんとも端的な言葉だった。
「分かるわぁ美乃里ィ。私もあの写真見たあと主将に『頂戴』って言ったもん」
嘲笑を覚悟していた美乃里は拍子抜けした。
「ある意味、すげえ」
次は樫雄だ。
「同じ写真を何時間も観続けるってのも驚いたけど。それを貰いに来る奴がいるたぁ思わなかったね。へぇえぇ」
相変わらずムカつく物言いだった。
顎に手をあてて何かを考えていた康岳がおもむろに口を開いた。
「よぉし分かった。せやったらこうしよう小西さん。キミが写真部に入ってくれて感性を自分なりに表現した写真を撮って見せてくれたら、あの写真をあげてもええわ」
「えーっ!」
美乃里よりも先にしかも大きな声を出したのは、また藤香だった。
「ずるーい。どんなに言っても、私にはくれなかったくせにぃ
藤香は思いっきりふくれっ面だ。それほど特別なことなのだろう。
「ちょっと待ってください。だって部活あるし」
「何部?」
「チア、応援部です。マネージャーですけど・・・・・・」
「三年なら引退やろ、そろそろ。それと写真撮るだけやで。出来るやろ。そんなに難しく考えんかってもええって」
「でも、引き継ぎとかいろいろしないといけないし」
「なんや、写真欲しないんか」
「欲しい! ・・・・・・です」
「やろ? せやったら決まりやんか」
「でも・・・・・・ 自信ないし」
「なんや? 今まで自信あることにしか挑戦して来んかったんか」
「そんなことないです! ・・・・・・けど」
「やろ。そしたらええやんか。やってみようや写真」
「やろやろ美乃里ぃ。私も樫雄も応援するって。ねぇ、樫雄」
こちらに向かって作り笑いをしている樫雄を美乃里は睨みつけた。
「拒否せえへんってことは、是認ってことで、入部決定!」
「え! そんな。まだ、なんにも言ってな・・・・・・」
「こういうのはなぁ、うだうだ考えとってもあかんねんて。パって思いつきで動かな。そしたら、ええな」
「えっ、あ、お」
「いらっしゃい、美乃里。写真部へようこそ。心から歓迎するわ」
「でも、主将。小西さんは三年ですよ。いいんすか」
「何言うてんねんな、加農。写真を愛してくれる人は、誰かて歓迎。小西さんがせっかく写真に興味を持ってくれたんやで。そこを一番に考えないかんやろ。学年を理由に入部を拒否するやなんて、それこそ本末転倒もええとこやと思わんか。部の運営と写真を愛する心は似とるけど全くの全然ちゃう次元の問題やろ」
「はあ・・・・・・それはそうなんすけど」
樫雄が、不満げにつぶやく。
「それはそうと他の入部希望者はどんな感じやった?」
康岳が尋ねると、樫雄の暗い顔はさらに暗くなった。
「すいません。希望者は結構いたんすけど入部まで押しきれなくて現状二名っす。あ、小西さんを入れると三人ってことになるのか?」
美乃里は、自分がついでのように扱われたのは腹立たしかったが樫雄がへこんでいるのが見られたのは「極めていい気味」だった。
「まあ、しゃあないわ。結果は結果やな。厳粛に受け止めよう」
「来部数は結構あったんすよ。初日はさすが主将って感じで十五人。火曜が八人、水曜がまた増えて十二人、木曜が九人、今日は今までのところで小西さんを入れて五人す」
「そうか。断りの理由はなんやろなぁ。訊けてるか」
「やっぱしフイルムってことっすね。デジタルが当たり前の時代にフイルムそのものを理解させるのがすげー厄介でした
「そうかぁ、意外と難しいんやな。テレビとかではフイルムが見直されてきてるみたいな言われ方もしてたと思うんやけどなぁ」
「でも、結局はこの匂いっす。どうにか興味を持ってもらえそうでも服や髪に匂いがつきそうでヤだって言われちゃうと、それ以上は強く言えなかったんすよ」
「うーん、バッドタイミングで換気扇が壊れよったからなあ」
そんなことより、と藤香が口をはさむ。
「せめて、展覧会が週末にかかってたら、もう少し動員掛けられたのにィ。主将の力で、なんとかならなかったの」
「あそこて人気があってメチャメチャ競争率高いんやで。押さえられただけでもラッキーやのに、さすがに集客の多い週末までは無理やったんや」
「うーん、そっかー」
重い雰囲気の中、康岳が気を取り直して口を開く。
「ま、部員五人の規定はなんとかクリア出来たことだけでも良しとせな。これでなんとか部の廃止は免れた。加農、ホンマにご苦労な。おおきに助かったわ」
「とんでもないッす、主将。ほんとに、俺の話術でなんとか十人は固いと思ったんすけど」
「エエって。しゃーないやん。で、入部者以外は?」
「一応主将が言ってた通りにはしましたけど、なんで敵に塩を送るようなことしなきゃなんないんすか」
「せやから言うてるやろう、せっかく興味を持ってくれたんやからもったいないやんか。その気持ちは最大限尊重せな。それに、最終的にどうするかはあっち次第なんやから」
「う。まあ、それはそうなんすけど」
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