第17話 へりこいど

(ヘリコイド…カメラ内部の焦点調節装置。)



[Deep kiss]



3年前



文化祭のイベントで俺とミミはキスをした。


女装男装のコンテスト、

優勝者は誰かとキスをするのが恒例で

2人揃って同率優勝したっていう理由もあるし

みんなの前、ステージの上だったけど

その前にお互いの気持ちも確認していた。

……と思っていた。



『何とも思ってないのに平気でキスする奴』


俺の事?…まぁ、

他にそんな奴がミミにキスしようとしたら

俺が絶対邪魔するけど。


『僕だってそう』


ミミも平気でキスするって?

1年近く前、公園でキスした時は嫌がったくせに。

その後もしようとしたら嫌がったくせに。


さっきのキスが何とも思ってないキスって

なんで結城先輩に強調してんの。



ミミを引っ張りながら2人になれる場所を探す。


もうどっちでもいい。

ミミが平気でするなら俺とすれば良い。

俺が平気でする奴って思ってるなら

そう思っていればいい。


いつか気づくだろ。

気づいてくれるだろ。


初めても、2回目も、これからも、

何とも思ってないのにキスなんてしない事。


俺が今、改めて気付かされたみたいに。



「テテっ…、腕…痛いっ…」


振り向くとさっきと同じ…いやもっと

泣きそうになっているミミ。


その理由は結城先輩の所から

無理やり連れて来たからか…

俺が引っ張る腕の力が強過ぎるからか…

これは…どっちでも…良くない。

腕を離し、手を握る。


人混みの中を進み、

ひとけが少ない方へ少ない方へ。

時々振り返ると俺と手を繋いでる逆の手で

俺のジャケットが肩から落ちないように抑え

スカートをもたつかせながら歩くミミ。


握る手の力を強くして

階段を駆け上がろうとした時、

後ろに引っ張られた。


「テテ!階段は無理!スカート超邪魔!」


「あー…ホント邪魔そう…」


しょうがなく手を離すと

ミミは両手でスカートを持ち上げ、階段を登る。


「お姫様……」


つい言葉に出た。

別に女っぽいわけじゃないけど、

動き…雰囲気が…映画のワンシーンみたいだ。


階段を登りきった時に

エスコートするように手を差し出した。

…目を細めて笑いながらミミが手を乗せる。


「…ふっ……おい王子!文化祭は終わり?

屋上でサボりでしょーか?」


「…ああ…どっか行きたいとこある?

一緒に回ろうと思ってたんだけど…」


屋上へのドアを開け、景色の良い外に出た。

繋いでいた手は風で自然に離されたけど

俺の胸の高鳴りは変わらず、ミミを見つめる。

髪が顔にかかって邪魔そうにしたり

スカートが翻って困り顔のミミ。


「行きたい所は…別に無いかな…」


「……俺が来ななきゃ

ミミ俺の所に来ないつもりだったろ?

…普段も来なくなったし…」


風に吹かれない壁に寄りかかると

ミミは隣に座り込んだ。


「…何か飲み物持って来れば良かったね…」


「……やっぱり来なくしてるんだ?」


「…衣装汚れ無いかな…」


「ねぇ、何で来なくなったの?言い訳しないの?

忙しいかったからとかー…」


「……女子と楽しそうにしてたから。

僕がイライラするのが嫌だったから」


ミミが急に不機嫌そうに

ボソボソと言葉を繋げて吐き捨てた。


「……イライラ…」


何故か思い切り下から睨まれる。


「もう…いいんだ。

お前はもともと'僕のテテ'じゃないし…

そう言われる事も無くなったし…」


「……そろそろ寒くない?」


「寒いよ!…あ、ゴメン上着返…」


ミミの脱ごうとした腕を掴んで止めた。


「また赤いマフラーしようよ」


別に何と言われてもよくて、

気にもしなかった'ミミのテテ'。

理由はお揃いの赤いマフラーだったり

俺がミミとしか話さなかったり

…ミミは嫌がってるものだと思ってた。


「…'ミミのテテ'だよ。

お前がいるから俺はこうして生活してる」


掴んだ手を離せないまま

腰を曲げてミミの顔を覗き込む。

顔が近くなっても怖い顔のミミ。


「…テテは、何で僕にだけ優しいの?

あ、や、違う…嬉しいんだけど…

僕が時々勘違いしちゃうから…」


「…うん、そういうつもりは…俺…

そうしてるかな…また自分で気づいてなかった。

ただ…なんか大事で…好きなだけ…ミミが」


「…だから、そんな言い方…勘違いするってば…」


「なんで泣きそうなの…?」


掌一個分の距離で目が合うミミからは

返事がないし、恋愛対象とか分からないし、

俺を好きかもわからない。


けど、ミミ以外とキスしたくないし、

ミミにも俺以外とキスとかして欲しくない。


彼を俺だけのものにするにはどうしたら…


ゆっくり唇を重ねる。


唇に神経が集中してミミの手を掴む力が緩む。

唇が少し離れてもまた重ねる。

何度も甘さを味わう様に重ねると

ミミの唇も応える様にゆっくり動き出す。


何度も繰り返すと呼吸も甘くなる。

俺が掴んでいたミミの手は

いつの間にか俺のシャツを掴んでる。

ミミの剥き出しの鎖骨や首に手を伸ばすと

微かに唇が震え…

更に呼吸も甘い吐息に変わるのが分かる。


震えるミミの唇の隙間に舌を伸ばし舌に触れる。

ミミの熱い身体の内側。初めての内側。

…内側は熱くて柔らかくてトロトロ。

深く絡ませ…暫く中の感触を味わっていたら

腰の辺りが痺れ出した。


いつも反応しない、ED。

病気だし、十字架を背負っているからと

諦めてきた下半身が懐かしく疼く。



唇を離すとミミと目が合ったけど、

すぐ逸らされ自分の膝に顔を埋めてしまった。


「……もうやだ…」


ミミの言葉で高鳴っていた胸が急に痛み出した。


無理矢理……だったかな。

けど、すぐ許してくれるはず。


ミミにどう話しかけようか…

下半身の微妙な疼きを喜んでもいいものか…


隣に座り、ミミが顔を上げてくれるのを

正面の遠い山と空を見ながら待った。








pm8:00




チイ婆ちゃんが暮らす施設から

ミミの実家へ向かう車内。


「…元気そうで良かったね」


「……うん」


ミミの両親に会うのは少し緊張する。

ミミの家に泊まらせて貰うのに

2人の関係がバレないようにしないと…

ミミがカミングアウトするまでは。


隠し続けるのは騙すのと同じ…

俺の事も子供の様に可愛がってくれてるのに

裏切ってるような気持ちにもなる。



モデルのバイトで

俺達は世間から注目を集めるようになった。

プライベートでとても仲が良く

2人暮らしをしてる事も公表はした。

…それに伴って恋愛関係なんじゃないかと

回りが騒ぎ出して来た。

聞かれる度に誤魔化す俺達。


…俺は公表しても良いと思っている。

かといって世間からも、親しい人からも、

これからどんな目で見られるか

怖がるミミの気持ちも痛いほど分かる。


憂鬱な思いはミミも一緒。

真っ直ぐ前を見ながらだけど

ミミの手が俺の膝や右手に伸びてくる。


何も言わずに触れ合う。


「……反対されるくらいなら、

隠しておきたいのは…わかるよ…

俺だってずっと

ミミの両親と仲良くしていたいから。

……もう隠せない、騙せないって時が来たら…

打ち明ける未来も覚悟しないとね。

それが遠い未来だとしても

それまでの年月分更に嫌われる覚悟も……」


「テテ。ごめん。僕が言えないから…

けど、お前の事を僕の両親は絶対嫌わないよ。

わかってるんだけど…もし…

怖くて打ち明けられなくても…

僕は、生涯隠したままでもいいと思ってる。

テテとなら…

一緒に暮らしても変に思われないなら、

ずっと隠したままでも」



安心をくれるミミの左手を

俺の膝から唇に引き寄せ、

リップ音を立てながらキスをした。


だんだんと目的地に近づく中

暫く俺の頬にミミの手を引き寄せたまま、

たまにこちらを向くミミと優しく微笑み合う。



ミミと一緒なら何も怖くない。

出会った時から変わらずの、俺の深層心理。


ミミの両親の笑顔を思い出す。

早く逢いたい。









3年前




文化祭が終わって1週間も経たずに球技大会。

ミミは驚く程の身体能力だった。

前俺の事、運動神経良いとか言って…

それ以上に良いミミ。なんで帰宅部なんだ…?


サッカーにしろ、バスケにしろ、

部活に所属する奴等と対等にプレーしている。


この数日ミミの部屋でキスしたいと思っても

深いキスがまたしたくても……出来なかった。


『もうやだ』が耳に残ってる。



今、登下校でミミが俺と同じ

赤いマフラーをまた着け始めた事だけが

何となくの気持ちの救い。



ミミがグラウンドで

次のサッカーの試合を待ちながら

友達とじゃれ合ってる。

あんな楽しそうに笑う顔…最近見れてない。


「輝良君!次サッカーだよ!」


遠くから眺めていた俺に、次の試合に出るんだと

応援席の子達が教えてくれてグラウンドへ。


ミミと目が合うと、ミミの笑顔が消えた。


「…ミミ、賭けしよ?」


「何?この試合?何賭けたいの…」


「勝ったら何でも言う事聞いて?

ミミが勝ったら何でも言う事聞くから。

あ、クラスの点数関係無しで

個人的に点数多く入れた方が勝ちね?」


「え?何その楽しそうな勝負!

光史!任せろ!ゴール前アシストするから!」


近くで聞いていたミミのクラスメイトや

俺のクラスメイト達へも賭けの話が広がる中

ミミの顔色を見ながら返事を待つ。


「…わかったよ。もう…みんな巻き込んで…」


みんな巻き込むつもりは無かったけど、

ミミが人気者なのが悪い。

…彼のピンチを

クラスメイトがほっとかないらしい。


俺のクラスメイトには

俺にパス、アシストとか要らないと伝えた。



ミミが勝てばいい。ミミの望みを俺に教えて。


ミミの望みなら

俺が嫌な事でも…何でも聞くから。





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