番外編 Photo

第12話 あなろぐ

(アナログ…昔ながらの味があるカメラ。アナログなデータ方法。)



[ Beginning]



4年前



「夏はジメジメー…冬はキンキーン…

可愛い子は都会に住んどきゃええのにね…」



何かの歌なのかと思ったけど…

歌うように独り言を言っただけみたい。

よく歌いよく踊る明るい婆ちゃん。


「チイ婆ちゃん、

僕だって都会に住みたい 可愛い子だよ。

はい。先輩のお古制服持って来たよ。

注文通り僕より少し大きい人のね」


「ああ。ありがとね。どこの孫って言ったかね?

御礼に行かんといかんちゃね」


「あの農協の息子だよ。

御礼は…僕が渡しといてあげるよ。

チイ婆ちゃん、膝良くなったの?

すっ転んだんでしょ?

坂道歩くだけでも危ないから…」




どこにでもあるような田舎町。

学校へ通う為に駅に出るのは一苦労。

坂道,砂利道などを自転車で30分かけて進み、

電車に10分程揺られてから辿り着く高校。


人口はまぁまぁなのかも。

じいちゃん、ばあちゃん、

田舎暮らしに憧れて引っ越して来た都会人。

小さいスーパー。小さい薬局。

小さい病院の先生は

そろそろ引退のおじいちゃん。

全てが小さいのに離れているから

何をするにも時間がかかるのが普通。



僕は人生の時間を

沢山無駄にしている気がする。


大人はクルマで生活してるけど

僕のような子供は自転車。

老人達はバスがあるみたいだけど

バス停までも遠い。

道端に座って休憩?日向ぼっこ?

をしている老人が多くて

具合でも悪いのかとよく声をかけてしまう。




「まーたそんな薄着でー。これ、首に巻いてきな」


帰ろうとする僕の首に巻かれた

手編みの赤いマフラー。


「あ、ありがと。後で返すね」


「何いっとる。あげるっちゃ」


庭で実ったというミカンも沢山持たされ、

通学路の途中だったチイ婆ちゃんの家から

また自転車に跨り家に帰る。

…漕ぐまでもない。

家は隣。

道に停めていた自転車を家の庭に運び、

鞄から出した鍵で玄関を開け家に入った。


「ただいまー…」


返事は無い。

両親は少し離れた小学校と中学校で

教員をしてる為、帰りは遅い。


「ニャーー…」


あ、返事があった。

ちょうど三年前、中学校からの帰り道

田んぼの方から鳴き声がした。

…あの鳴き声は普通じゃなかった。

か細い声は産まれて間もない子猫だと

聞くだけでわかったし、

誰に聞かれる事なく

枯れるまで鳴き続けた力強さ…

手のひらよりも小さい赤ちゃん猫を

乾燥した土、藁の間から見つけた時、

汚れた毛もそのままにワイシャツの中

懐にしまい片手で支えながら

自転車で帰りを急いだ事、温もりを分け合った事、

今でも鮮明に覚えている。


「お前も随分太ったねー」


足元に頭を撫で付けてくるから

制服に白や茶の毛が付くのはいつもの事。


「ごはんあげるから、ちょっと待ってーー」


玄関入ってすぐの猫スペースで

ごはんの用意をしていると

今閉めたばかりの引き戸が動いた。


あー…鍵しめとかなきゃ…

回覧板かな…

近所の野菜とかお裾分けかな…


特に驚きもしないで玄関を見ると、


「誰?」


自分の家にいて、誰?なんて聞かれた。

僕と同じ歳くらいで都会から来たような服装の男。

手には地図のメモ?大きな鞄も肩にかけてる。


「そっちこそ…」


僕の首に巻かれてるものと

全く同じの手編みの赤いマフラー。


多分お互い同時に悟った。


"コイツがチイ婆ちゃんの実際の孫か"


"コイツがチイ婆ちゃんの孫みたいな奴か"


「「チイ婆ちゃん…」」


重なる言葉。


「…なら隣の家」


「…ああ、ごめん。チイ婆ちゃんが書いた地図だと

この家かと思った…」


冷たい目。

僕とは違う雰囲気の一重まぶただからか

今まで会った誰よりも強烈だ。

さらに僕とはかけ離れた声の低さが男らしく

聞き慣れない声音にドキドキして

内容が入って来なかった。





「明日から学校行くかい?

それならミミちゃんと一緒に通ってくれると

安心なんだけども…」


「んー……」


「うん。転校初日は駅も学校も

僕が案内してあげるよ」


「んー……」


さっきからハミングが低く響く。

…絶対ちゃんと聞いてないし、

ちゃんと考えてないみたい。


僕の猫を抱っこしたまま。

チミーは喉をゴロゴロされて

気持ち良さそうに…初対面なのに…


「あらー…チミーがうちに来るなんて

初めてじゃないかい?」


「……うん。家から出たのも初めて…

さっき玄関で会って、

何故かコイツに近寄ったと思ったら

抱っこされてそのまま…」


案内がてらまたチイ婆ちゃんの家の中に。

僕の猫が取られたままだし…

孫が来たら学校の事とか頼まれてたし…


「じゃあミミちゃん、

明日の朝うちに寄ってってくれっちゃ」


「うん…わかった。ねぇ、猫返して」


「……輝良ね。それかテテって呼んでね。

ミミちゃんの事は…ミミちゃんて呼ぶかい?」


「……うん、ミツフミでも何でも…

テテ、明日朝7時に寄るから。…猫返して…?」


少し無理矢理チミーを奪う。

空いた手が空中で寂しそうになるし

悲しそうな瞳と目が合ってしまった。


「……猫と遊びたかったら

いつでもうちに来ていいから…」


返事は無かったけど、

整いすぎた冷たい目が少し細く下がり

口元と頬が少し上がっただけで

彼の嬉しさが伝わり…少し…安堵した。






翌朝、輝良はきちんと

チイ婆ちゃんの家の前に佇んで待っていた。

僕が少し遅れてしまったくらいだ。


「…おはよ。お待たせ。

そういえば…自転車って無いよね?」


「うん…」


しょうがない。

後ろに乗せてあげるしか無いか…

ママチャリで良かった。


「今度余ってる自転車掃除しとくよ。

あとさ…そのマフラー……まぁいいや、乗って?

疲れたら交替ね?登り坂は降りてね?」


「……自転車乗れない」


「え?嘘でしょ?

…都会は乗らないで生活出来るんだ…

…とりあえず…

学校の時間に間に合うように急がないと…」


後ろに座らせ、

出来るだけ坂道も時間がかからないように

漕いで進んだ。

遠慮がちに僕の腰を捕む手。

少しくすぐったくてビクッとなってしまう。

…僕はくすぐりにとても弱い。

『少しだけなら掴まないで!

掴むなら思い切りか、腕を回して!』

と伝えると思い切り腕を回された。


そして、登り坂が辛く『もう無理!』と叫び

止まってしまった自転車から

面倒くさそうに降りる輝良を睨むのを

何度か繰り返して…

駅に着いた頃には太ももの感覚も

顔から出る汗もよく分からなくなっていた。



疲れて会話も無くなる。

…輝良は全く疲れて無いはずだけど。

彼からは何も話して来ない。

僕はいろいろ

聞こうと思ってた事があったのに。


勉強は好きか。

部活には入りたいのか。

昼飯はチイ婆ちゃんに用意して貰ったのか。

用意されてなければ、パンが売られてるけど

好き嫌いはあるのか。


…初めての場所で、緊張しないのか?


なんで何も聞いて来ないのか。

これからの生活が心配じゃないのか。




電車に揺られながら

落ち着いたら聞こうと思った。

田舎でもそこそこ混んでいるであろう

通勤、通学の人々の群れに紛れる僕達。

座る席は空いてなく、

2人ドアの側で外を眺める。


…僕には見慣れた景色も

彼には新鮮なんだろうな…


何も入ってなさそうな鞄から

古そうなカメラを取り出して

窓の外へレンズを向けると

カメラを覗き込む真剣な横顔。

……暫くしてやっと1度のシャッター音。

更にこちらに向けてのシャッター音が1度。


…ホントは写真なんか撮られたくないけど

文句を言うのも後にしよう…



そう思いながらも

カメラを下げて肉眼で景色を見つめる横顔が

とても綺麗だったから

そのまま話しかけるタイミングを失った。




1年3組。

同じクラス。隣の席。

学級員だし住所が隣な事もバレていた為、

先生から学校に関する案内を全て任された。


顔が綺麗な都会から引越して来た男。

それだけでも目立つ輝良は

僕から全く離れず、誰に話しかけられても

ろくに返事をしなかった。

僕と同じマフラーをしていた事もあり

'光史みつふみ輝良てるよし'という認識を受けた。




帰りの電車。

窓の外を向きながら2人並んで立つ。


「…僕のテルヨシって…」


ほぼ独り言でボヤいた言葉は

輝良の耳に入ったらしく、

目元が少し下がり口元と頬が少し上がった。


「テテはそれでいいの?

何で何にも話さないんだよ……」


聞こえてるくせに、…少し笑ったくせに、

こっちを向かないし返事もしてくれない。


学校での話題も数えられる程度。

勉強は好きじゃないらしい。

…まぁみんなそうか。

部活は僕が帰宅部だと話すと、

自分も帰宅部だと。

お昼はとりあえずパンでやっていくと。

…これ以上チイ婆ちゃんに迷惑かけれない、と……


「……友達作れよー?

…チイ婆ちゃんが心配するぞ?

…チイ婆ちゃん、テテが来る事楽しみにしてたよ。

前に東京で会った時の話とか僕にして…

幸婆さちばあちゃん。

お前が小さい頃から'サ'を抜かして呼ぶから

僕にも昔、そう呼んでって……

事情があるのかも知れないけど、

チイ婆ちゃんが嬉しそうだから

僕もお前が来てくれて嬉しい。

何か、ここで生活してく上で

心配な事とかあったら僕に聞いてね?

一緒に生活するんだから…」


やっとこっちを向いたと思ったら…

屈託の無い…あどけない…満面の笑み。


こんな顔して笑うんだ…


つられて僕も笑ってしまうと、

輝良の口が更に四角くくなる。



僕の胸は、今まで感じた事の無い

温かい熱を持った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る