第13話 れんず

(レンズ…撮影時における描写を決める上で非常に重要な役目を担う。)



[Friendship]



pm4:00



太陽が西に傾いてる。

何度も見た山と太陽の位置。


こんなに広い空なのに雲一つ無い。

いつもは飛んでいる鳥も今は一羽もいない。

…生き物の気配が無い。

上から見渡す所々に建つ家からも人の気配は無い。


久しぶりに来た小さな山の上の公園、

いつもながら誰もいない。

風が強くなり一気に頬や耳も冷たくなる。



「…こんなに広い場所なのに誰1人見えないね。

少し怖くなる。

…僕達だけの世界になっちゃったらって…」


東京で暮らし、大学に通いながら、

僕達は世間からある程度認知されるような

モデルの仕事をしていた。


「俺は2人だけの世界も怖くないけど」


僕はSNSから離れ、世間の目から逃げるように、

高校までを過ごした地元に来た筈なのに

逃げたら逃げたでまた不安に襲われる。

…そんな気持ちの中、

隣で支えてくれるテテの言葉は

いつも僕を落ち着かせてくれた。


「………大丈夫だよ。見えないけどいるから。

あそこの家には大型犬が2匹寝てるだろうし、

あそこの家は今頃ピアノ教室で

小学生が集まってるだろうし…空にも…」


テテの言葉で2人、空を見上げた。


「ああ…飛行機…」


「…ああ…あそこに何人も乗ってるけど…

俺が言いたいのは、星。

見えないだけで、沢山いるんだよ」



飛行機が小さく見えなくなってからも

暫く真上だけを見ていた。

昼間にこんなに沢山空を見上げたのは久しぶりだ。


繋がれた手。


ゆっくり視線を下げると

レンズ越しの瞳と目が合った。



いつも一緒にいる僕達。

世間は色々言ってくる。

同性愛と公表はしていないけど、

違うと嘘をつくのも気が引ける。


目や耳に入ってくる否定の声。


2人なら戦えるかな。



目や耳に届かない、優しい意見もあるって

信じていいのかな……








4年前



「…試しに乗らせて」


駅からの帰り道、今朝と同じように

輝良を自転車の後ろに乗せようとしたら

ハンドルを取られた。


「ああ、乗ってみる?

今まで練習した事ないの?少し練習すれば…」


話してるそばから

ペダルに足をかけ動き出す。


少しフラフラしてるけど…

隣を走って一緒に進んだ。


「え!進んでる!漕てるじゃん!

初めて乗ったの?!」


真剣な横顔に話しかける。

はにかむような笑顔はこちらには向かず、

前だけを見てるのも可愛い。


「乗って!」


「え?今?!」


並走しながら後ろに飛び乗る。

少しグラッとしたけど、

輝良は勢いをつけて漕ぎ出した。


「すごいね!もう2人乗りも大丈夫とか!

疲れたら言って?!交換しよ!」


「ん!まだ疲れて無い!面白い!」



彼の表情は見れなかったけど、

僕が自転車に初めて乗れた時を思い出した。

お父さんとお母さんとチイばあちゃんに

自分で漕いで進む姿を自慢したな。



「…このマフラー!

昨日寒そうだからってくれただけなんだー!

テテは送って貰ったのー?!」


「んー!」


「一緒で恥ずかしくない?!僕やめようか?!

男同士のペアって…」


「恥ずかしくない!今日してたし!今さら!」


登り坂でスピードが落ち、

止まりそうな自転車から降りると

ちょうど胸の内ポケットから電話が鳴った。


「…先輩だ。ちょっとこのまま歩くよね?

電話出るね。…もしもし…」


僕の自転車を押しながら歩く輝良後ろを

少し離れて歩いた。


『光史?もう帰ってんの?』


「はい。今日は…」


『……お前のテテってのも一緒?』


「はい。家が隣なんですよ。

別に僕のじゃないですけどね?

クラスでからかわれたけど

3年生の方まで噂になるとは…」


『お前の事はすぐ耳に入るよ。

しかも転入生、スッゲエ目立つし。

俺見かけたし。お前にくっついてる所』


「え?じゃあ声かけてくれたら良かったのに」


『……遠かったから…。

明日…明日は練習付き合える?』


「あー…明日もテテと帰るんで…

…僕、帰宅部なんだから

早くマネージャー見つけて下さいよ。

いつまで部活引退した人が

お世話してるんですか…」


『なかなか見つからないんだよ。

…じゃあ…明日帰る前に少しだけ話せる?』


「……まぁ、少しなら…」


部室前で少し話す約束をして電話を切り、

輝良の隣へ駆け寄り一緒に坂道を歩く。


「…気を使わなくても…俺1人で帰れる。

それか…一緒に帰るの何時間でも待ってる。

どうせ暇な生活だから」


「気使って無いよー…あ、じゃあ明日は放課後

一緒にバスケ部の手伝いする?

たまに手伝わされるんだー

帰りの時間遅くなるけど、

チイ婆ちゃんに言っとけば大丈夫だよね」


「…うん。お前と一緒なら大丈夫だと…」



確かに学校も通学路も覚えてないだろうから

1人では帰せないし気を使ってる。

けど全然嫌じゃない。


チミーと似てる。

僕以外に懐かない、僕しか助けられない…

僕が守らなきゃって…。

自分でも結構な自己満足だって思うけど。




次は僕も自転車を漕ぎ、

何回か交代を繰り返して帰宅すると

庭先にチイ婆ちゃんの姿が見えた。


「チイ婆ちゃん、ただいまー!」


「あー!おかえりー!学校どうだったかねー?」


「普通だったと思うよー?

僕は家帰るからー!テテに聞いてー?」


まだ挨拶も返事もしない輝良の代わりに応える。


「テテ、明日の朝も同じ時間ね?」


「……」


後ろに乗ってた輝良は自転車から降りたけど

僕の腰ら辺、制服を掴んだまま離してくれない。


「…あのさ、微妙に掴まれると…

クッっ!…すぐったくて、ほんとダメなんだ?」


目線は下を向いたまま、

スッと手は離してくれたけど…


「……何?」


「これから何かあるの?

チミーに会いに行っちゃダメ?」


「あー、チミーね…

ずっと部屋で勉強しようと思っただけだし

チミーも僕の部屋にいると思うから

後でおいでよ。玄関カギ開けとくから」


「…すぐ行く」


「すぐじゃダメ。

チイ婆ちゃんと会話してから来て。

なんなら夕ご飯の後でもいいから。

僕、寝るの遅いし。

あ、僕の両親にも会って貰おう」


「…うん」


少し離れた所のチイ婆ちゃんに2人で手を振る。

また口元と頬が少し上がる横顔を見届けて

家へ戻った。






「チイ婆ちゃんが夕ご飯1人なら

こっち来て食べようって」


「あ、もう食べちゃったから。

ありがと!大丈夫!」





「母さん帰って来て…顔見たいって!

テテ、迎えに来た!

宿題確認するから勉強道具も持って来て!」


「…別にやらなくても…」


「宿題はやってかなきゃダメでしょー」


「んー…とりあえず持ってくけど…あ、

お母様…?」


「今晩は…あっらー!

チイ婆ちゃんが自慢するのもわかるわー!

何て綺麗な顔してるっちゃー!」





「あ、お父様…えっと…

チイ婆ちゃんの孫の輝良です。

えっと…玄関から出入りするのは

もう何度も繰り返しまして…

光史さんの部屋へ行くのはここのドアからが

1番早いし迷惑かけないかと…」


「あー!君がチイ婆ちゃんの孫ね。

光史と同い歳の!これからよろしくね。

光良もこの家も好きな様に使ってっちゃ」





「…ここの本、何個か見てもいい?」


僕の本棚、映画になった小説が並ぶ。

恋愛小説も多いから少し恥ずかしかったけど

輝良はたぶん何も気にせず…

何冊も手に取り、本の中の絵や写真を見たり

中には静かに読み始めたりするのもあった。


「それの映画観た事ある?」


「…無いけど知ってる。面白そう…

これを映画化したんだ…」


「今度観る?面白かったよ。

やっぱり映像は凄く伝わるし…

けど、細かい心理描写は

この小説があったからこそで…」


僕の顔を見て、目を細めて笑う輝良。

ビックリして…


「…何だよ…」


…少し怒ったように反応してしまった。

ただ…笑顔が綺麗で

ビックリした……


整った顔の人は良くテレビで見るけど、

心が持ってかれる程の笑顔は彼が初めてだ。

昨日の電車でも思ったけど、

何度僕は胸が暖まるのを感じるんだろう。


…輝良の笑顔を見る度に

これからずっと…?

慣れるまで感じ続けるのかな……





「チミーとここで少し寝ていい…?」


いつの間にか笑顔はチミーに向いていた。


「…あ…いいけど…

チイ婆ちゃん心配しない?

うーん……うちで寝ちゃうかもって

伝えてくるならいいよ……ってもう寝てる?

……しょうがないな……僕が言ってくるよ…」



今日だけでもチイ婆ちゃんの家と、うちと…

何度行ったり来たりしただろう。

ルートも正面玄関じゃなく、

最短ルートを使うようになった。

チイ婆ちゃん家の裏口から

僕の部屋の隣にある廊下のドア。



僕の部屋の小さなコタツでは

丸まってもほぼ身体が出てる輝良。

チミーもくっついて丸くなってるから

暖かそうではあるけど…風邪でもひいたら…


「…テテ、ベット使いな?

ちゃんと暖かくして寝なきゃ」


肩を揺すって促すと寝ぼけながらも立ち上がって

ベットへ向かってくれた。

けど、徐ろに履いていたスボンを脱ぎ出し、

下着の状態で布団に入る輝良。


急に目の前に程よい曲線の脚。

柔らかそうな太もも。

触りたくなる筋、骨っぽい足首。


…苦しかったのかな。

寝心地悪かったのかな。


特に意味の無い行動なのに…

同性なのに…気にし過ぎな僕…

同性…なのに…

目に焼き付いたものは自分を誤魔化せなかった。



……僕の恋愛や性欲…プライベートな感情は

いつか、身近で生活して行く彼には

打ち明けないといけないのかな…


それがどのくらい先の未来か

わからないけど…



後から自分と同じベットで寝ていた僕が

そんな性的指向の持ち主だと分かったら…


嫌な気持ちになるのは確かだよな。




僕のシングルベットで

寝ぼけながらも僕のスペースを空けておく為

壁にピッタリくっついて背中を丸くする

輝良を横目に…

僕は自分のベットに入る勇気が出ず

朝方までコタツでうたた寝を繰り返した。





「どっち漕ぐ?…僕昨日の朝頑張ったから

テテ漕いで欲しい……僕眠いし…」


家の前で自転車を押しながら

輝良…テテに話しかける。


「……俺漕ぐ。誰かと違ってよく寝たし」


無愛想に鞄を前の籠に突っ込み

ハンドルを取られたけど、

止まって僕が乗るのを待ってくれた。


「あっ誰かって酷くない?

人のベットで爆睡しといて」


自分の鞄を背負いながら

足を開いて前向きに乗り、荷台を掴む。


「…寝れば良かったのに。

何でベットで寝なかったの」


「…コタツが気持ち良すぎて

寝ちゃってたんだよ…

…言っとくけど…僕、朝弱いから…」


頭をテテの制服越しの背中に付ける。

軽く目を閉じた。


「…寝れるなら寝な。

おい、人にはしっかり掴めって…

いつ落ちるか心配になるから強く掴んで。

…登り坂は起きろよ…?」


確かに寝たら落ちそう。

身体ごとテテに寄ってぎりぎり回す腕。

お腹辺りで自分の手をきつく握る。

また頭…今度は頬まで背中にくっつくけど

そのまま目を閉じた。


「うん…言って?……そしたら起きるー……」


朝の冷たい風が顔に当たらないからか

今日は日差しが強いからか頬が緩む。

至る所が温かった。






学校の授業が終わり、

みんな帰り支度や部活へ向かう。


僕もテテを連れてバスケ部の部室へ。


「…今日チイ婆ちゃん

すき焼き作るって言ってた。お前の分も。

帰ったらすぐ食べよ」


「え。ヤッタ。…肉…あー肉食べたい…

あと白菜…白滝…舞茸…

どんだけ食べてもお代わりあるかな…

ありそう…お腹が鳴る…」


「肉4パックあったし白菜とネギは畑に山程…

田舎は凄いな。食料に困らなそう…」


「…田舎もいいだろ?

あ、今日はカメラ持って来てないの?

自然とか…田舎の方が撮るの

いっぱいありそうだよねー」


「ああ…カメラ忘れたんだ」


「……何撮ってるの?今度見せてよ」


「…ああ……」


校舎から外へ出て

少し体育館の方へ進むと

校庭手前に部室が並びベンチも並んでいる。

そこに佇む結城先輩が見えた。


「おーー光良…とテテ…」


こちらを見て苦笑い…?


「手伝い多い方が助かるでしょ?」






「"手伝い多い方が助かるでしょ?"って…

2人で話すのに部室前に呼んだんだけど…」


「…先輩、手伝ってるし……

それは僕に言ってるんですか?

それとも大きな声で独り言?」


「あー…聞こえた?お前、

聞こえてても俺の気持ちスルーだから」


ゴールポストの近くで部員にパスをし

シュート練習の補佐をする中、

近くでしゃがみ込む結城先輩。

反対側で同じく補佐するテテを睨みながら。


「あいつがいて話せなかった…」


「えー?何をですかー?」


「…ほら、そうやっていつも…」


「ほら、って…今…ご希望の練習に

付き合ってるじゃないですか!」


「あー、じゃあ今度本気で俺と付き合ってってば」


「……バスケ部員のみんなに誤解されるから

やめてもらえます?

僕そういう気持ちは全くありませんから!」


「じゃあ、なんで女子からの誘い断ってんだよ」


「…別にそれはそれで…だからって

先輩と同じ趣味で同じ気持ちって訳じゃ…」


「もう!俺が補佐するから光史も結城先輩も、

どっか行って話合って来て下さい!」



僕達の会話が嫌でも耳に入っていた

バスケ部の同級生に2人して追い出された。


不思議そうに見てくるテテには

すぐ戻るとジェスチャーと口パクで伝え

体育館の裏へと話しながら進む。


「…だからみんなに誤解されるって

言ってるのに…」


「俺の場合は誤解じゃなくて公認なんだよ。

みんな暖かい目で

俺の恋愛を見守ってくれてる」


「…僕を巻き込まないで下さいよ」



少しの段差にしゃがみ込み、

結城先輩を見上げて…お願いをする。


こういうやりとりは何ヶ月も前から。

…夏からだろうか。

バスケ部の友達に

練習の付き合いを頼まれた事がきっかけで

何故か結城先輩に気に入られた。

彼が言うには同じ匂いがしたそうだ。

…確かに同じ匂いなのかも知れない。

けど、僕は公に出来る程…確かでは無い。

男の人を本気で好きになるか分からない。

女の子も好きになれるかもしれない。

それに性的思考を公にする程、強くも無い。


アプローチ?されるのは不思議だけど、

この…自分を貫く強い彼が嫌いにはなれず

どちらかと言えば好きだから

上手に断れず少し困っていた。


「…そんなに深く考えなくてもさー…

俺の事、嫌いじゃなければ良いじゃん。

2人で過ごす時間増やしたって…

お前、テテってヤツが隣に来て

益々俺との時間無くなるじゃん…」


「…先輩、ハッキリ言いますけど、

テテとはそういうんじゃ無いですし、

これからもそうは望んで無いです。

更にハッキリさせますけど、

先輩ともそういうのは全く望んでません。

…2人で過ごして、期待させたり

勘違いされるの嫌なんで、

デートとかも無理です。僕」


「……わかったよ。ってか…わかってるよ。

ゴメンな、しつこくて。

…お前が認めないくせに

あんな彼氏ヅラな男が急に来るから…」


「……だから違いますよ…」


「…どう見ても彼氏ヅラだぞ?

こんな所まで迎えに来て…じゃあな、最後に…」


顔が近づいて来たな、

と思ったらオデコ辺りに唇をつけられ

腕も回されハグされた。


「……っ!もー…」


文句を言うよりも早く立ち去る結城先輩の

後ろ姿を振り返って見たら

更に奥のテテと目が合った。


テテが結城先輩とすれ違う距離…

近いのに目も合わせないのが逆に不思議。

こちらを見る目が少し怖い。


僕……勘違いされたかな。気持ち悪がられるかな。


少しの不安が多分、顔に出たけど…


「…もう帰ろ。早くすき焼き食べたい。

今から帰っても1時間以上かかる」



手を差し伸べてくれた。


その手を頼りに立ち上がった。



帰りの電車。

僕の部屋にあった本の話、

テテが撮る写真の話、

いつもより会話が弾んだ。


自転車も僕が漕ぎ、テテが後ろに乗った。

何も言わなくても強く腰を掴んでくれた。

交換もテテからしてくれて、

しっかり漕いでくれた。



3人ですき焼きを食べ、

その後テテは僕の部屋でチミーと寛ぐ。



何も変わらなかった。

何も聞かれなかった。



やっぱり男同士の恋愛は

話題にする様な事じゃ無いんだ。



話さずに済んで

誤魔化す事をしないで済んで

…ホッとしたような。


けど…


この胸の奥…


あるはずのものが無いような…



穴が空いた様な気持ちになるのは

何故だろう。





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