天井ネズミ


「何か仕掛けるの? ネズミ捕り機みたいなの。ほら、トムとジェリーに出てくるやつよ。チーズが仕掛けてあって、そこにネズミちゃんが乗ると、バネ仕掛けでバチンとやるやつ」

「うーん。どこで売ってるのかもわからないし、それってなんか、可哀想じゃないか」

「でも、夜とか、うるさいんでしょ。わたしはどうだっていいのよ。あんたの相談に乗っただけ。けれど、実際、どこで売ってるんでしょうかね、あんなの。本物は見たことない」

「かといって、屋根裏を走るネズミだって、実際にはあまり見ないだろ。すると、ネズミ捕り機っていうのは、専門的な道具か何かなのかもしれない」

「ネズミ、実際に見たんじゃないの?」

「見てはいないさ。夜中に、天井裏でカサカサカサって、そう音がするだけ」

「まあ、どっちにしても、あなた次第。捕まえるも、気にしないも、自由にしなさい。ネズミ捕り機って、トリモチみたいなのもあるでしょう。ベトーってひっつくやつ」

「そうか。トリモチか。でも、それで、ネズミを捕らえて、それから僕はどうすればいいんだ?」

「だから、知らないって。なんでわたしに聞くのよ」

「ここにいるのは君しかいないだろ。別に答えを聞こうと思って聞いていないさ。ふと心に浮かんだことを口にしただけだよ」

「ふん、鴨長明じゃないんだから」

「誰だい?」

「ちょっと、あなた鴨長明も知らないの? 学校行ってた?」

「学校には行ってたし、鴨長明くらい知ってるさ。けれど、彼は口にしたんじゃなくて、書きつづったんだろ。知らないと思ってしまったのは、君がそういう少しの間違いをしたからだよ」

「……ちょっと」

「何?」

「今の聞こえた?」

「何が?」

「上よ。天井。ネズミが走っていったのかもしれない」

「知ってるよ。前からここにはネズミがいるんだ」

「だから、その話をしてるんじゃない。でも、本当にいるのね」

「本当にいるよ。とすると、やっぱりネズミ捕り機を仕掛けたほうがいいのかな。そのほうが手っ取り早いのかもしれない。……、いや、ちょっと待てよ」

「今度は何?」

「ネズミが走ってるのは、天井裏だ。どうやって天井裏に仕掛けるんだ? ここは梁が出ているような作りではないから、天井に穴を開けて、そこから手を突っ込んで仕掛けなきゃできないのかな」

「そうすれば」

「いやだよ。僕の手が捕まっちゃうかもしれない」

「ねえ、ネズミって本当に齧って穴を開けちゃうのかしら。探してみない?」

「中からロケットが飛んでくるかもしれないよ」

「トムのいないところに、ジェリーはいないわよ。でも、あなたって、どこかトムっぽいわね」

「やかましやい!」


 その時、二人の真上で、「ミシリ」という音が聞こえた。

 何か重たいものがのしかかる音だった。

 二人は天井を見上げた。その時だった。

 木材の折れる痛々しい音がして、大量の砂埃、カビ、ちりと一緒に、何か大きなものが落ちてきた。


 二人は鼻と口をおさえて、咳をした。ホコリが、視界を奪っていた。いくらかしてホコリも落ち着き、二人は落ちてきたものを確認しようと、のぞき込んだ。


「え、やだ、何これ」

「おい! おい、何をしてる」


 二人が見たものは、顔だけ出したネズミのコスプレ衣装を着た男だった。

「ああ、ははは。大丈夫、大丈夫」

 ネズミ男は、心配をかけないようにする、軽い口調でいった。

「いや……、大丈夫ってか、……なんで?」

「んん? なぜ、というのは?」

「なんで、天井から? しかも、俺の部屋の。え、勝手に入ってたってこと?」

「と、いいますのは?」

「いいますのは、じゃあないよ。……もしかして、ネズミですか」

「ちょっと、あなた。ネズミなわけないじゃない。人じゃん、これ」

「はい、ネズミです」

「はあ。最近夜になると天井を走っているのは? カサカサカサって、ね。……夜、もう寝ようとしてるのに、カサカサカサって」

「ああ、ちょっと、うるさかったかな? ごめん、ごめん」

「けっこう迷惑かなー」

「でもね、その、こっちの事情も考えて欲しいところはあるんだ。僕ら夜行性だから」

「夜行性だからって、こっちは昼行性だからね」

「まあ、あの、そうなんですけど。僕たちが、昼動いたら、昼動いたで……あなたがた、イライラするでしょ? そうでしょ」

「まあ」

「だから、もう寝たかな、くらいの時間は、そりゃあこっちだって、迷惑かけたいわけじゃないんだから、考えて行動してるつもりですけど」

「それはなんだよ、俺が夜更かししてるのが、悪いってか?」

「悪いとはいってないけどね。まず、一方的にこっちが悪いみたいな、先に言ってきたのはそっちだからね、僕はこの問題は、どっちかが悪いとかじゃなくって、ちょっとくらい我慢したらどうかって、そういうことを言ってるわけ」

「まあ、どっちにしても、ネズミ捕り機は、仕掛けさせてもらいます」

「ははあ。けれど、まあ、そんなのに、ひっかかるネズミいないですけどね」

「ねえ、あなた」

「言ってるだけ、言ってるだけ。すぐ足バチンってなって、キーキー鳴くから」

「ねえ、あなた。これ、本当にどうするのよ」

「あのね、お嬢さん。僕さっきから気になってたけれどね、僕のこと、「これ」って言ってない? 「これ」はひどいよ。こっちだって、必死に生きてるからね」

「どこに通報すればいいのかしら」

「あはは。無視はないでしょ、お嬢さん。見えてないのかな」

「ちょっと、わたしに話しかけないで。虫唾が走るのよ。ネズミのくせに」

「ああ! それ言ったらおしまいじゃない? ネズミのくせに! ネズミのくせにって。それで言ったらば、そっちは人間のくせに、だからね。お嬢さんだって、何もえらいことないんだからね」

「お嬢さんって言わないで。虫唾が走る」

「虫唾が走る、虫唾が走るって、こっちは虫食ってるんだよ!」

「……」

「……」

「まあ、どっちにしろ、ここは俺の部屋だから。どうするかは、俺に権利がある」

「いいですよ。そんなことを言うのであれば、僕は出ていきます」

 ネズミ男は振り返って、玄関の方へ歩き出した。

「では、ご機嫌よう。人間さん」

「いや、ちょっと待って。おい! おい! 立ち止まれ」

「はい。なんでしょう」

「……いったん、警察行こうか」

「……やです」



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