嘔吐
夜道を、リュウはケンと一緒に歩いていたが、その顔色は非常に悪かった。顔面蒼白。そのわけは、今さっきまでの飲み屋で、少々飲みすぎたことが原因していた。
リュウはフラフラになりながら、電信柱に手をついて、どうにか歩く。
それを、
「おい、大丈夫か」
と、ケンは隣で支えながら、駅まで歩いていた。
「うう……吐きそう」
「珍しいな。お前、あんまりそんななるまで飲むことないやん」
「うう……」
リュウは立ち止まった。そして、オウッ、オウッ、と喉をならして、ついに
ウウ……、オエッ
と吐き出した。
「おいおいおい」
と言って、吐瀉物を見たケンは驚いた。唐揚げが丸々、そこに転がっていた。
「お前、噛んで食べろよ」
「……ああ」
「唐揚げ、そのまんま出てきてるやん。ははは、すっきりしたか」
リュウは首をふった。まだ気持ち悪かったのだ。
その証拠に、彼は少し歩いて、すぐに、また立ち止まった。
ウウ……、ウウ……、オエッ
「おお!」
ケンは出てきたものに目を見張った。茶碗と、そこにお米がもりもり入っているのが、そのまま出てきたのだ。
「だから噛めって。あと、茶碗は食うな。中だけ食べんねん」
「でも、今日はそれのせいか、なんかいつもより、お米おいしいなと思ってんな、たしか」
「いや、知らんけど。茶碗ごと食べた方が美味しく感じるとか、聞いたこともないし。どうやって飲み込むねん」
「さあ」
「見たらよかったわ、その瞬間」
二人は再び歩き始めた。が、リュウがまた立ち止まった。
ウウ……、オエッ
赤い財布
「何これ?」
「ハア……ハア……、それ、今日のラッキーアイテム」
「いや食うな。財布?」
「赤い財布やってん。で、それ、俺が中学校の時に好きやった女の子に、当時プレゼントしようと思って買ったけど、結局渡せへんかったやつ。朝のラッキーアイテム見た時思い出してさ、探し出してん」
「全然、今の状況ラッキーじゃなくない?」
「まあ……」
そしてまた、
ウウ……、オエッ
3DS
「ああ! これ俺のちゃうん?」とケン。「前にお前がさ、俺ん家遊びに来て、それ以来無くなっててんけど」
「うそぉ……。ごめん。でも俺のも最近なくなってんねんなあ……」
「見てみるわ」
そう言うと、ケンは3DSを取り上げて、電源を入れた。
「……俺のとちゃうわ」
「見せて。ああ、俺のやわ」
「なんかごめんな、犯人扱いして」
ケンは3DSをリュウに手渡した。
「いやいや、ええけど。でも、あんま人が吐いたもん、触らん方がええで」
そしてまた、
ウウ……、カーーー、オエッ
今度は、喉で大量にタンが絡まるような嫌な音がして、
腕時計
「スゲェ。当たりちゃう。これ?
「あたりとかあんの? 確かに高そうやけど」
「これ、お前の?」
「いや、これに関しては、なんの時計か全く記憶にないわ」
「じゃあ、一応、俺が貰っとくわ」
そしてまた、
ウウ……、オエッ
3D S
ケンが電源を入れて、中を調べる。
「俺のやんけ!」
「すまんかった」
「勝手に人のDS飲むな」
「すまんかった」
そしてまた、
ウウ……、オエッ
「何これ? なんか、手帳みたいなの」
「ああ! 懐かしい。俺の日記や。これさ、高校一年になった頃、日記始めようと思って買って書いててんけどさ、ちょっとしたらなくなって、それ以来書かんなってんな」
「また飲んでたんや。悪いくせやで。ちょっと見てみようや」
「何書いたっけ?」
——五月二十二日
昨日から、お腹が痛い。なんだか、張っている気がする。部活動も、今日の練習はうまくいかなかったし、さくらちゃんに話しかけようと思ったけれど、結局リュウとばっかり喋ってて、一回も話せなかったし、前に面白くて買った大きなキューピーの人形も無くしたし、一日悪いこと続き
「なんで俺と話してたことが、悪いことに入ってんねん」
「ちゃう、さくらちゃんと話せなかったことを書きたかってん」
「結局付き合って、一瞬で別れてたけどな」
「羨ましいんけ?」
「どこがやねん」
そしてまた、
「おい、どんだけ吐くねん」
ウウ……、オエッ
唐揚げ丸々
「また唐揚げや。お前、食べ物を噛んだことないんか?」
「基本噛むよ、噛んでないのが、たまたま戻ってきただけ」
そしてまた、
ウウ……、オエッ
サラダ
「もう唐揚げ定食できるやん」
そしてまた、
ウウ……、カーーー、オエッ
ヨーロッパ旅行ペアチケット
「また当たり出た」
「当たりなんや、これ」
「当たりやろ」
「時期は? ほんまや、二ヶ月後」
「ちょうどええやん。貰っとこ」
「喉痛なってきてんけど」
しかしまた、
ウウ……、オエッ
キューピーの人形
「これあれちゃう? お前が日記に書いてた、無くしたでっかいキューピーの人形やろ」
「……ほんまや。……うう、しんどい」
「昔はやったよな、キューピー」
「俺らのあいだだけでな。シンゴとかさ、筆箱に大量にキューピーのキーホルダーつけてたやろ。ギャルみたいになってたやん」
「色々なご当地のキューピーな」
「全部飲んだったけど」
「お前何してんねん。ほんで、飲む自覚あったんかい。ちょくちょくなんで出てくるか分からんみたいな顔してたけど、そうやって飲むからやん」
「まあな」
「次はなんやろ」
「もう出えへんって」
「いや、まだいけるな」
「何をもってそれを……ウウ」
「おお! ほら、きたきた」
ウウ……、カーーー、カーーー、オエッ
エアジョーダン
「すっげえ。エアジョーダンや! しかもめちゃめちゃ人気のモデル」
「……ハア……ハア」
「高いねんで、これ」
「……そうなんや」
「さっき気づいたけどさ、腕時計と、旅行チケット、それとエアジョーダン。これお前の喉が、カーーーってなった時に出てるな」
「そうなん?」
「そう。カーーーが当たりの合図やねん」
「へえ。……てか、歩かん? 全然駅に近付いてないけど」
「次は何が出るやろかな?」
ウウ……、オエッ
唐揚げ丸々
「もうええて」
「あきんなって。これでもすごいねんからな。唐揚げ丸々を喉から出せんの」
「でも、エアジョーダン見たから」
ウウ……、オエッ
「ああ、あかんっぽい」
ケンはしゃがみ込んで、出てきたものを確認した。
ちっちゃいキューピー
「シンゴのやつやん」
「もう、無理。しんどい」
「もうちょっとだけがんばってくれ。それで、やめる。当たりが出たら、やめる。次は頼む」
ウウ……、オエッ
ちっちゃいキューピー
「っくそ!」
「でも、これやと出すんめっちゃ楽やわ」
「いらんって」
ウウ……、オエッ
ちっちゃいキューピー
「ぶっ飛ばすぞ」
「なんでぶっ飛ばされなあかんねん」
「キューピーばっかり出しやがって」
「なんぼでも出したるわ、キューピー、キューピー、キューピー!」
「なんのテンションの高さやねん」
「キューピーズハイじゃこちとら。もう最後な」
「頼むぞ」
ウウ……、ウウ……、
カーーー、
「おお!」
カーーー、
「来い来い来い!」
カーーー、
「来たんちゃう?」
オエッ!
二人はしゃがみ込んで、出てきたものを見つめる。
リュウとケン、二人が写った高校時代の写真。
すっかり顔色の良くなったリュウがそれを拾った。
「これは、あれやな。思い出の写真ってやつやな」
「いらんのじゃ、そんなん」
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