紫芝公園

 市の中でも一番の広さをほこる紫芝公園、その横にはグラウンドのような、これまた広い、広い駐車場がある。

 早朝、風が砂を巻き上げる。冷えた朝、何もない駐車場の真ん中に、少女が横たわっていた。見てるだけで冷えそうな、長袖のTシャツ一枚とロングスカートの薄着だ。

 アラスカで着るような分厚いダウンジャケットを着た男が、しゃがみ込んでそれを見ていた。丸いサングラスと、毛皮の帽子。荷物は何も持っていない。彼は足もとの小石を一つ拾い上げると、それを軽く少女の方へ飛ばした。石は少女のか細い肩にあたり、地面へ落ちた。

「起きますか、アニキ」

 小石を投げた彼の後ろから、声がした。

 話しかけた男は、コートを羽織り、ぶかぶかのズボンをだらしなくはいていた。マスクを顎にかけている。男は続けた。

「起こせないんだったら、俺が起こしましょうか」

 抜けたところのある声だ。

「起こせないことがあるか」

 アニキと呼ばれた男は、低い落ち着いた声でいった。そして、

「おい」

 と、立ち上がったアニキは、つま先で少女を突く。すると少女は、ゆっくりと目を覚ました。

「なぜこんなところで寝ている」

「……ええ」

 少女はあまり声が出ない風だった。

「なぜこんなところで寝ている」

 と、目覚めたふうな少女に、アニキがもう一度言うと、続けて後ろの男が叫んだ。

「この広い駐車場は、お前のベッドだったのかあ」

「うるせえな、ジン。黙れ」

 とアニキが低く言った。後ろでうるさい男は、ジンというらしい。

 アニキはようやく後ろ向き、ジンを確認する。するとジンはすぐさまタバコを取り出し、アニキに手渡スト、火をつけた。

 タバコを吸い始めたアニキは、再びしゃがんで少女を覗き込んだ。

「よく眠れたか」

「はい」

「アニキを舐めてんじゃねいぞー」

 と、ジン。

「ネイゾー……」

 少女は、ジンの口調が気になるようだった。

「ねいぞー、じゃねえんだよ、ジン。車は?」

「なくなりました」

「またかよ!」呆れたようなアニキは、気を取り直して少女に尋ねた。「一人で帰れそうか?」

「……、ここはどこですか?」

「紫芝公園のガレージだ」

「アニキは、何もここへ遊びに来たわけじゃあねえんだぞ」

「そうだ」アニキもうなずく。「公園だからといって、遊びにきた訳じゃない。お掃除バイトだ。ちゃんと金をもらう以上は、お前みたいな、謎の女の子も面倒見なけりゃならない。もう仕事は終わったが、これもその延長だ」

「ありがとうございます。紫芝公園なら、家まで帰れます」

 アニキは立ち上がった。

「最後に聞くが、なぜこんなところに寝ていた」

「俺はアニキを尊敬している。だから俺からも聞くが、なぜこんなところで寝ていたんだ」

「それは俺が聞いたろ。二回おんなじ質問をする意味はねえんだ、なあジン」

「そうっすね、同じ質問を二回続けても意味ないっすもんね」

「理由というほどのことでもないんですが」と少女は口を開いた。「無くしたネックレスを探していて」

「見つかったか」

「いいえ」

「ふん。気の毒なこった。……じゃあな」

 兄貴とジンは振り返って、去っていった。

 少女もそれから、少しして立ち上がると、膝の砂を落として、歩き出した。

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