ZZ
腹の底まで響く、雷鳴がなる。曇り空を切り裂いて光る。スイカみたいな大粒の雨が、頭を肩を腕を叩いて、髪を黒々と濡らす。額につめたくへばりつく。体が火照っている……
……目の前にはシックな棺があって、白い少女が眠っていた。
しかし彼女は死んでいない。死んだふりを続けている。彼女の頭のうえのガラスでできた墓石には「M.M.Buubbelss 1721~...」とだけ記され、ピシャピシャ雨水をはじいていた。
彼女に初めて会ったのは、僕が学校から帰るところで、その日もまた雨が降っていた。僕は彼女と一緒に教会へ入った。
「……あんまり見ないで。濡れちゃって……髪の毛のぺったりとしてしまっているわ」
彼女はそう言って、僕から身を隠しながら、バッグから出した仮面をそうっと顔につけた。
そして手で口を拭って、ひかえめに笑った。
天井の画や、ステンドグラスや、豪奢な装飾を眺めていた僕を、不思議そうな純粋な目玉で見ていた彼女。彼女は、下唇を少し噛んで、そして、
「ここに来たのは初めて?」
と、
「うん。君は来たことがあるのかい?」
「ううん。見たことはあったけど、中に入ったのは初めて」
躍るような足取りで歩く彼女についてゆく。彼女は壁際に並べられた花瓶の花に顔を近づけて、香りを胸いっぱいに膨らました。そして振り返って、
「眠たくなってきちゃった」
と、笑った。
「雨に当ったからだよ」
「かもしれない……ちょっと座ろっか」
僕は彼女と席について、見上げるように高いパイプオルガンに見下ろされながら(相対関係)ぼんやりとした時間を過ごした。彼女は座ってしまうとすぐに尽きてしまったからだ。そして僕も、少しすると視界が滲んで、気がつくと深い眠りの水に包まれた。
彼女は祭壇の上に横たわっていた。彼女を取り囲むように立てられた燭台。火の灯る蝋燭は、心臓のようにその炎を、怪しいリズムで大小させていた。僕は傍らでそれを眺める。彼女はからだにも顔にも、たくさん影をつくっていた。……金色の肌は美しかった。
いつの間にか僕は、眼前の景色はそのままに、箱の中に閉じ込められた。
身動きの取れない箱の中。ぴったりとつけられたように耳元で彼女の寝息がする。
箱の中は彼女の夢で満ちる。
固くなった僕の肌は、とても静かであった。マシュマロのような涙が頬を流れた。
目が覚めると泣いていた。となりの彼女はいなくなっていた。雨の音はやんでいたので彼女は帰ったらしかった。
……僕は立ち上がった。そのとき、扉の閉まる音が響いた。
教壇の裏に、奥に続く廊下を見つけ、限りない興味に惹かれた僕はその先へ進んだ。
暗い廊下に一つだけ、光の漏れる扉を見つけた。
耳をつけてみると、彼女の声が聞こえた。
それと、神父の男の声。会話を少し聞くと、僕は恐ろしくなって、すぐに耳を離し、そのまま唇を噛んで、足早にその場を離れた。
足元だけを見て歩くと、赤いじゅうたんがさらさらとうしろに流れて行くようだった。扉をひいて外へ出た。背後で重く扉が閉まる。目を上げるとそこは地獄であった。
どろどろと断続的に鳴り続ける地響き。空からは葡萄が千切れては降ってきて、その房は地面につくと汁を散らして壊れた。僕はその中をひたすら歩いた。そしてあらわれた階段をのぼりはじめたのだった。(分離)
登りきるとそこは、正方形の床があるだけの、宙に浮いたような所だった。
そこに彼女はいた。
黒い衣装に身を包んだ神父に抱きついて顔を寄せ合う、そして彼女は僕の存在に気づく。
「君たちは罪を犯した」
「あなたもじゃない?」
彼女は意地悪そうに言った。
「君は僕をだました」
「悪くって?」
僕は息が荒くなった。そのうちに、強くなる呼吸は煙となって口から出た。手で顔を覆う。力が入らない指先は、しまいには粉々になって、手が崩れたのを合図に、足から腹から頭から、次々に粉々になっていった。そしてついには、僕は一塵の粉のみ残って、それすら風に飛ばされてしまうと、少女と神父だけが残るのだった。
風に飛ばされた粉は、墓場に至って再び寄せ集まった。そして僕という細胞の塊に、地獄から後を追って来た命が染み込んだ。目の前には棺で眠った少女がいた。彼女は僕に、どんな嘘をついたのだろうか。僕はポケットに入っていた煙草に火をつけてみた。シュウシュウ音を立てて煙をだす。雨に濡れた彼女の冷たい肌は艶やかだった。僕は土の音をたててしゃがみこみ、煙の含んだままの口で、彼女に口づけをした。
「ねえ、おそくなっちゃうよ」
彼女に肩を揺すられ、目を覚ました。覚醒したとき、僕は全身に鳥肌をたてた。そして舌の上に、煙のあまい味が通り過ぎた。
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