第5話 コンビニ
必要以上に明るい非常階段を降りると、オフィスビルを兼ねた玄関の向こうは一瞬真っ黒な板に見える。
吹きっ晒しの風を感じると同時に歩道を歩く人の姿がそこに現れ、街路樹の側に立っていたエマがこっちに気がついている。俺はそれが視界に入ってない振りをして外に出た。
「タイチセンパーイ! 」
「うわっ、お前か……うっ! 」
いつものパターンで真正面からタックルを決められる。これが毎回結構痛い。肩の骨が細くて刺さる感じ。
「分かった、分かったから……」
と、半歩下がる。次から、受け身じゃなくて、捕獲してみるか……
エマにガッチリと腕にしがみつかれる。ほぼ定番になっている儀式も側から見たら、「積極的にモーションかけ続けたのに振られます」なモブキャラなんだけど、大丈夫か? と、心配になる。
完全に自分の可愛さを間違った使い方してる痛い子だぞ? と、諭した方がいいんじゃないかな……思わず、肩越しにエマを見つめてしまう。
それでも私服がかわいい衝撃で、「何か用か」と聞く勇気が逃げ出していく。
「えっ? センパイ、何ですか? 」
逆に聞かれてしまった。
「いや、別に……ここの休憩時間調べたのか? 今日は部活休みだな」
「もちろんですよー! 敏腕マネージャーですよ! 私」
「ふーん? 」
エマの鼻先を摘むと、キンキンに冷たい……
「……ふひゃ!」
「変な声出た……」
慌てて鼻を抑えたエマから俺の腕が解放されてコンビニに向かう。エマが付いてくる。
冷たいアスファルトを踏んで直ぐ隣のコンビニに入ると、むあっと温かい。定番のクリスマスソングのBGMと予備校生たちの混み具合に、必要以上に落ち着かない。自分もその一人だけど。
さっき開けた窓からエマがかわいいかどうかと騒いでいた連中がこっちを見ている。
「来るなら、LINE送れよ。俺が出てこなかったらどうするつもりだったんだよ」
「センパイとLINE交換してないです」
エマが声を潜めて返事をする。
「そこは、グループLINEで分かるだろ」
「……センパイが私に用事があるとか無いので……」
さらにヒソヒソと遠慮がちに理由を言う。不意打ちされて、毎度毎度悪目立ちさせられてる身にもなってもらいたい。
「そうか……」と呟くように返事をした。今まで個別に用事があったことがない。
と、飲料の棚からホットのカフェオレのボトルを取ってエマを見ると、勢いが削がれた顔をして棚に目を落として、大人しい声を出す。
「……年内ぐらいまでは、クリスマス過ぎるまでは、すみません。もう、迷惑やめますね」
ボソボソっと、目を合わさずにエマが話す。
「何の話? 」
「何でもないですよー」
ニコッと読めない笑顔をすると、俺の手の上にチョコを寄越す。買って♡と言う事か。意図が分からない。
レジが終わってコンビニを出る。エマにピッタリとくっつかれて、予備校にまで「彼女います」マーキングされてしまったけど、エマはもうそれを止めるみたいだ。
数日前のことでエマなりに限界だと思ったのか。今更迷惑をかけてたって、結局、何だったんだ……。
「さっ、む! 」
コンビニを出ると、期待と裏腹で心にも風が吹き荒んだような気がする。
もう用が終わっとしたらエマも帰るかも知れない。もうすぐ次の学科が始まる。
「はい、お守りです。風邪ひかないでくださいよ? 」
と、エマがバッグからマフラーを取り出して俺の首に巻いた。
「受験頑張ってくださいね。マネージャーからは、以上です! 」
首元にきつくマフラーを締めてくる。冗談だと分かる程度に。
「風邪どころか、息の根を止めるつもりか? 」
「えへ、そうです♡ 気付きました? 」
「……お前ねぇ」
マフラーを整え直しながらエマは下を向いてニッコリする。
「じゃ、もう私帰りますね! 本当、風邪ひかないでくださいよ。それじゃ」
「ん? エマ、チョコは? 」
数歩も下がると戻る気は無い態度で手を振って、駅の方へと走っていく。
エマの一方的なお開きモードはいつも以上で、どうにも動けない俺の意気地なさが取り残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます