第3話 お心の乱れ

江梨香は、自宅へ帰り、投げるように黒いジャケットを脱ぎ捨てた。

「森山先生はどうお考えですか?」

キツネ顔の女が、睨みつけてくる場面を何度も思い出す。


「うるっせーよ」誰もいない部屋で呟いていた。

シャワーを浴びながら、頭から塩を塗して、

「悪霊、たいさーーーん!!」と叫んだ。



バスタオルを巻いたまま、キッチンからお茶の袋を出し、

急須でもカップでもなく、大きなボウルへ茶の葉を入れた。

そこへお湯を注ぎ、

息を吐きかける。

ふぅ、ふぅ・・・・・

茶の浮き方、沈み方で、占いをしているのだ。



「さて・・・」

彼女は、エキセントリックな衣装に着替え、

学校へ出勤する時とは全く違う、ド派手なメイクをして、街へと出かけた。

多分、生徒が見ても「森山先生」とは判らないだろう。


ハッピーアワー、ハイボールが半額の店へ、一人入り、

カウンターで、つまみ少々と、半額タイムまで、ダッシュで飲み続ける。


「お時間、後10分少々ですが?」と店員から声がかかると、

では、後2杯追加。

通常なら、おひとり様一杯の注文なのだが、この店の常連なので、

何となく、緩和されていた。


店が満員になり、そろそろ、おひとり様は・・・という流れになると、

江梨香は会計を済ませ、店を出る。


「さて」

彼女は、行きつけの「ホワイトベース」へ向かう。

そこは、「オナベバー」と言われている、テーブル席のみの、お店だった。

「江梨香さん、いらっしゃい、ご指名は?」

「なしよ」

「ですね・・・では、こちらへ」

時間がまだ早いからなのか、客はまだ誰もいなかった。


江梨香は一人座り、誰かが来るのを待つ。

「いらっしゃいませ」

店長と呼ばれるスーツ姿の男が、彼女の前に座り、おしぼりを差し出す。


「名前は?」江梨香が聞く。

「アトムです」

「本名は?」

「優花です」

がっはっはっはと江梨香だけが笑っている。

このやり取りは、恒例なので、店員も慣れていた。


「髭生えてきてない?」

「ですね、ホルモン打ってるんで」

「へぇ・・・そしたらさ、どうなるわけ?今って、温泉行った時、

女子風呂?男子風呂?」

「まぁ温泉、行かないっすよね」

「・・・か。でさぁ」

彼女は延々と質問を繰り返す。

これも、毎回の事だった。



あまり興味もない事を、ただ質問する。

「俺の話し、聞いて楽しいっすか?」

江梨香は笑い、「俺か・・・優花なのにね・・・俺」

はっはっは「親御さんは知ってるの~?家族に会う時も、俺、なん?」



「まぁ・・・母は知ってますが・・・」

「へぇ・・・・」


「江梨香さんって…笑い上戸ですよね」とアトムが、言葉を投げかけた。

「わたし?私は別に笑い上戸ではないけど、人のコンプレックスとか、

不幸とか聞くのが楽しい。まだ私は普通なんだわ、って、笑える」

アトムは黙って、「別に不幸ではないですけどね、楽しんでもらえるのなら」

とだけ、答えた。






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鉄夫の夢は夜ひらく 深森 @rikomodoki

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