第106話 チラリズムとお星様

 今回のピブリオマンシーに使った漢詩は、美女篇。

 すなわち、触媒は美女である。


 幸い、ここには美女と呼べる対象が複数存在していた。

 ドランケンフローラも、ウィヴィも、とらわれているお姫様も非常に麗しい見た目をしている。

 そこでとらわれている守護女神も、十分に美女と呼べるだろう。


 だが、俺が今回ピブリオマンシーの触媒に使ったのは、ポメリィさんであった。


「え、え、なんですかこれ!」


 ピブリオマンシーの降下により、ポメリィさんの全身が輝き始める。

 同時に、彼女を中心に風が吹き荒れた。

 ただし……下から上にむかって。


「いやあぁぁぁぁぁぁ!?」

 風に巻き上げられる服の裾を押さえ、ポメリィさんが絶叫する。


「おぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 逆に、男共は歓声をあげた。

 中にはどうどうと地面にしゃがみこむ猛者までいる。

 ふっ、地上でその様子を見物できないのは残念だが、先ほど鉄球を投げつけてきた罪はこれで帳消しにしてやろう。


 なお、頑張って服がめくれないようにしているが、無駄なことだ。

 前を押さえれば後ろがめくりあがり、後ろも押さえれば横がめくりあがる。


 それこそ、ピブリオマンシーの効果により何をどうやっても下着が見える寸前になってしまうのだ。

 なお、完全に下着が見えないように調整しておくのがポイントである。


 さて……と。

 よしよし、腐れボンボンも目を奪われているようだな。

 いまのうちに、とっとと終わらせよう!


「こ、このクサレ外道! 女の敵!

 こんなことしていいと思っているんですか!」


 捕縛されている女神とやらがなにやらほざいているようだが、無視だ、無視。

 そもそもお前は敵だから、女の敵とか言われても気にしませんよ?

 少女を誘拐するような外道の擁護者に外道といわれる意味がわかりませんねぇ。


 ……なんだったら、お前を地上に落としてポメリィさんの代わりにしてやろうか?

 心の中で呟いたつもりだったが、どうやら口に出していたらしい。


 守護女神とやらは真っ青な顔で自分の服の裾を手を押さえ、恐怖の表情と共に黙り込む。

 それをジト目で見ていたドランケンフローラの唇が『ドスケベ』と動いた。


 まぁ、それはどうでもいい。

 ちょっとだけ心の奥底がチクリとするが、どうでもいいのだ。


 そんなことよりも、時間は有限である。

 ポメリィさんの犠牲を無駄にしないためにも、やるべき事を片付けなくてはな。

 トチ狂った兵士共がポメリィさんに返り討ちにあってひき肉になる姿を見るのは実に忍びないし。


 俺はできるだけ光の当たらないところを選んで地上に舞い降り、ついにお姫様の隣までたどり着く。

 そして、小声で詠唱しておいた魔術を解き放った。


「……突き放つ左手」

 なお、対象はお姫様に突きつけられている刃物である。

 まずは相手の無力化が先決だ。

 摩擦を失いシュポンと気の抜けるような音と共にボンボンの手を離れたソレは、床の上でカツンと大きく跳ねた。

 だが、それでも俺に視線を向けるヤツはいない。

 パンチラの魔力恐るべしである。


 そして、俺は呆然とポメリィさんの災難を眺めているお姫様の手をとって自分のほうへと引き寄せた。

 ピブリオマンシーの力により意識を阻害されていたお姫様は、突然おきたバランスの変化に対応で傷、グラリと姿勢を崩す。

 おっと……危ない。

 お姫様が倒れないように支えようとしたのだが、腕だけでは支えきれず、抱きかかえるような形になってしまった。


「大丈夫?」


「これは……あの、貴方はどちら様でしょう?」


 俺が声をかけると、お姫様はようやく我に返ったらしい。

 俺の顔を見て戸惑いの表情を見せる。


「説明はあとで。

 それよりも、さっさとこを離れましょう」


 そういいながら、俺は顎で彼女の隣にいるボンボンを示した。

 すると、ようやく彼女も状況の一端を理解したらしい。


「あ、はい。

 たしかに質問をしている場合ではなさそうですね」


 そして、俺に促されるまま離れの建物を離れる。

 ……とりあえず、地上は危ないな。


「失礼。 地上は危険ですので、上空に退避します」


「……上空?」


 困惑する彼女にかまわず、俺は翼を広げてた。

 そして彼女の背後に回ってその体を抱え上げる。

 最近、人間をやめているかそもそも人間じゃない連中ばかりに囲まれていたせいで忘れがちだが、スフィンクスである俺は人間よりはるかに筋力が高いのだ。


「きゃぁ!?」


「動かないでください。

 落ちますよ?」


 そう声をかけてから、彼女に負担がかからないようゆっくりと地上を離れる。

 やがて、ドランケンフローラが待機しているあたりまで舞い上がると、俺は地上に向かって叫んだ。


「今だ、ポメリィさん!」


 その瞬間、ピブリオマンシーの効果が切れて風が収まった。

 そしてポメリィさんが我にかえる。

 彼女はしばしうつむくと、その手にしたモーニングスターをジャラリと音を立てながら頭上にかざした。


 あ、これヤバいヤツだ。

 俺は急いで高度を上げる。


「みんな嫌いですぅ! お星様になっちゃえぇぇぇ!!」


 次の瞬間、ポメリィさんの振るう鉄球が無数に分裂して周囲にあふれた。

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