第105話 守護女神の妨害

 さて、ポメリィさんの相変わらずのドジでずいぶんとやりにくくなってしまった。

 

 だが、こちらの手札が全てバレているわけではない。

 ヴィヴィの存在がバレても、まだドランケンフローラがどこか潜んでいるはずだ。

 彼女がどこに潜んでいるかだが、大地と植物の力を自在に操る彼女のことだから、土の中か、あるいは壁と同化しているかだろう。


 おそらく、あの領主の息子を一気に倒してこの状況を覆そうとタイミングを図っているのだとは思うが、なぜそれがで きないのかについては理由がちょっと分からない。

 それこそ、彼女が本気になればこの場にいる領主の手勢を全員樹木に変えることもできるはずなのだから。

 ヴィヴィあたりは何か知っているかもしれないが、今はそれを気にしている場合じゃないな。


 さて、俺は俺の仕事をしようか。

 ぶっちゃけ、解決するだけなら難しくは無い。

 ピブリオマンシーの力で全員を泥酔状態にしてしまえば話は早いのだ。


 しかし、さすがにお姫様の救助でそれをやると、絵面があんまりである。

 後でレクスシェーナやフェリシアに物語のネタを求めれるのは確実なのだが、そのときに乾いた作り笑いや盛大に嫌な顔をされるのはごめんこうむりたい。

 それに……できればジスベアードあたりに花を持たせてもやりたいし、もう少し手段を選ぶ余裕があると思いたいところだ。


 そこを踏まえて、俺の取るべき方法の条件を整理しよう。


 まず、最優先はこちらの被害を出さないことだ。

 次に、お姫様の安全。

 色々と文句を言われそうだが、この順位は絶対に譲れない。


 そしてこの次に来るのが、見た目の華やかさである。

 これは精霊たちの意向を考慮したもので、ここを守らないとこの作戦において彼ら彼女らの助力は無くなると思ったほうがいい。

 きわめて重要だ。


 最後に、町の人間などといった関係の無い勢力に余計な被害を与えないこと。

 この条件がここに来ることにいささか思うところはあるものの、俺にとっては仕方の無い配置である。

 ……しかし、我ながらエゴ丸出しだな。

 聖職者にあるまじき思考かもしれまいが、そこについてはあとで神の前に懺悔でもするとしようか。


 さて、条件が定まったならば、次は具体案を出してゆこう。

 

 手っ取り早くあの領主の息子を突き放す左手で吹っ飛ばすのも面白いが、何かの拍子にお姫様を傷つける可能性はあるな。

 ならば、その前準備としてなにか一発かまして注意をそらしてやるほうがいいだろう。


 よし、ここは曹子建の詩でも使ってやるか。

 曹子建は三国志の時代の詩人で、彼の詩はいろいろと派手な表現が多い。

 この場で使うピブリオマンシーの題材としてうってつけだろう。


 さて、彼の詩のうちどれがこの場に相応しいだろうか?

 そう考えた瞬間、何かの視線を感じて俺は横に飛んだ。


 次の瞬間、どこからともなく光の矢が飛んでくるが……俺に届く前にバンと音を立ててはじける。

 同時に漂う若草の匂い。


「な、なんだこりゃ?」


 もしかして、領主の手勢に魔術師でもいて下から狙撃でもされたか?

 考えれば当たり前だが、そりゃ魔術師の一人ぐらいはいるだろうな。


 だが、自分の油断を反省していると、わりと近くの何も無い空間からキャッと女性の声が上がる。


「すまんのぉ、トシキ。

 この雌犬の始末に手間取ってしまったわ」


 この声は、ドランケンフローラ?

 その声のする方を見れば、ドランケンフローラの姿が宙に浮かんでおり、その傍らで一人の女性が蔓で縛り上げられている。


「だ、誰が雌犬ですか!

 私はこの町の守護女神ですよ!!」


「……とまぁ、先ほどからこの道理をわきまえぬ雌犬が我らの邪魔をしようとしていたのでのぉ。

 とかく逃げ足が速くててこずったわい」


「うわぁ、そんなのがいたのかよ」


 言われて見れば、確かにそんなのがいてもおかしくは無い。

 なにせ、神が実在するファンタジーな世界だからな。


「こやつはこの町の領主の守護をしているからのぉ。

 邪魔をしようと動いているのに気付いたので、こちらで勝手に対処させてもらったぞよ」


 なるほど、ドランケンフローラはこの下級神の牽制をしていたのか。

 道理で姿が見えなかったはずである。


「……助かったよ」


 だが、事前に報告ぐらいしてくれよな。

 さて、邪魔者がいなくなったところで改めて俺の仕事をさせてもらおう。

 俺は腰の袋から冊子を取り出し、目的のページを探し始めた。


「ダメっ、お願い、やめて!!」


 守護女神とやらが必死に叫ぶけれど、耳を傾ける気は無い。

 交渉の可能な時間は、とっくに終わっているのだ。


 俺は曹子建の詩の一つ、『美女篇』を読み上げた。


 美女妖且閑 魅惑的で優美な女が

 采桑岐路間 路の分かれ目で桑の葉を摘んでいる

 柔條紛冉冉 枝垂れ柳の枝が大きく揺れて

 落葉何翩翩 その葉がひらめきながら落ちてゆく


 攘袖見素手 上げた袖口から手が覗き

 皓腕約金環 その白い腕には金の腕輪

 頭上金爵釵 髪には雀をかたちどった金のかんざし

 腰佩翠琅玕 腰には翡翠の飾り


 明珠交玉體 真珠を連ねてその美しい体を飾り

 珊瑚間木難 紅の珊瑚と碧色の玉の輝きが交わる

 羅衣何飄颻 薄絹の衣がはためき

 輕裾隨風還 衣装の裾は風のままにひるがえる


 顧盻遺光采 振り返る眼差しは輝きを放つようで

 長嘯氣若蘭 歌を口ずさめば蘭の香りを思わせる

 行徒用息駕 道行く人は思わず足を止め

 休者以忘餐 昼餉を求める人も食事を忘れる


 そして、俺がその詩を読み上げ終わると同時に、ピブリオマンシーが発動した。

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