第98話 その頃の人間組

 その頃。

 ジスベアードたちは、人の気配が消えた街の大通りでチンピラたちと喧嘩をしていた。

 ただし、実情はジスベアードがほぼ一方的に殴っているだけである。


 五人いたチンピラはすでに四人が地面の上でだらしなく伸びており、最後の一人ももはや倒れる寸前で、見れば足元がガクガクと震えていた。

 顔はボコボコ。 鼻からは血が流れており、これで逃げ出さないのは褒めてもいいぐらいだろう。


 なお、ポメリィさんは見ているだけである。

 そして、彼女のほかに観客はいない。


 聡明な人であれば、ここでおかしなことに気付くであろう。

 いくら深夜とはいえ、大通りでこれだけ物音を立てれば近くの住人も目を覚まさないはずも無く、とうぜん自警団がすっ飛んでくるはずだ。


「なぁ、まだやるか?」


 ジスベアードが切れた唇から滴る地を拳でぬぐいながら尋ねると、その男は痣だらけになった顔で周囲を見渡した。

 ……おそらく、味方は全員が戦闘不能。

 うめき声を上げているところを見ると意識はあるようだが、起き上がるのがやっとだろう。


 これ以上やれば、勝ち目が無いどころか逃げることすらできなくなるに違いない。

 最後に残った男は、現状を冷静に判断すると、そろりそろりと仲間にかけよってその体を抱き上げた。


「……逃げるぞ。 歩けるか」


「すまん。 しくじった」


 そんな会話をしながら、チンピラたちはよろよろと起き上がって、ジスベアードをにらみつけたまま後ずさる。


「ちくしょう、覚えていろよ!」


 そして、とってつけたような捨て台詞を吐くと、互いに肩を貸しながら逃げていった。

 やがてチンピラたちが見えなくなった頃。

 ジスベアードはようやく構えを解いてため息をついた。


「覚えているも何も、最初から顔見知りだっつーの」


「え? 知ってる人なんですか?」


「あいつら、私服だからチンピラみたいに見えたでしょうけど、本職はこの街の自警団っすよ。

 前に武闘会で対戦したことありますからね。

 まぁ、その時も俺の圧勝でしたけど」


「まぁ、なぜ自警団の方がジスベアードさんに殴りかかってきたんですか?」


「あの……俺たちが何しにこの街に来たか忘れてませんか?

 いまの状況で俺がこの街にきたら、どう考えてもお姫様の奪還でしょ。

 そりゃ、非番や仕事帰りでも襲い掛かってきますって」


 むしろ、その状況でお互いに武器を抜かないだけ遠慮があったともいえよう。


「じゃあ、逃がしたらまずかったのでは?

 仲間をつれてきちゃいますよ?」


「いやぁ、それならとっくに来てますって。

 あいつらは最初からただの時間稼ぎですよ。

 まぁ、この様子からするとやってくるのは自警団じゃないと思いますけどね」


 そのときである。

 街の中の明かりが一斉に消えたのは。

 星の明かりすらない暗闇の中、ジスベアードは思わず舌打ちをする。


「トシキのやつ、しくじりやがったな」


 こんな派手な真似をする輩、精霊以外に心当たりは無い。

 いや、森の町にいた魔術師の老人ならば可能かも知れないが、彼がこちらに来ているという話をジスベアードは聞いていなかった。


「むしろ、あの精霊さんたちを止めるのが最初から無理という奴ですよぉ」


 ぜんぜん困った風には聞こえない声で、ポメリィさんはなぜか誇らしげに答える。


「ところで気付いているんですか、ポメリィさん?」


「何をですかぁ?」


「囲まれているんですよ。

 たぶん、この街の影をつかさどる連中に……」


 ジスベアードの台詞が終わるのを待たず、闇を切り裂いて何かが飛んでくる。

 すると、ポメリィさんはモーニングスターの柄の部分で飛んできた何かを叩き落した。


「そう見たいですね」


「この真っ暗な中で、飛んできた刃物を打ち落としますか。

 いやぁ、惚れ惚れしますねぇ」


 ニヤついた顔が見えるような声でジスベアードが褒めると、ポメリィさんもまた顔が真っ赤になっていそうな声をあげる。


「こ、こんな時におかしなこと言わないでください!

 向こうがこれ以上仕掛けてくるよりさきに、こちらから仕掛けて主導権をとります!」


 やや低い声でそういいながら、彼女はモーニングスターの先端をゴトッと地面に落とした。

 そして、鎖のこすれる音がチャラチャラと闇の中に響きはじめる。

 ――なんて不吉な音だ。

 その音はまるで蛇の一種が奏でる威嚇の音のようで、間近で聞くジスベアードの背中をつめたい汗が伝って落ちた。


「祖父は言いました。

 戦いは先手必勝。

 何かされる前に全部ぶっ殺せ」


 その瞬間、金属がこすれる耳が痛くなるような甲高い音を立てて、何かが飛ぶ。

 あまりの音に、ジスベアードは反射的に耳を押さえようとしたが……。


「おわっ!?」

 ズズンと激しい衝撃が何度も襲い掛かり、まるで地震のように足元が揺れてジスベアードは思わずたたらを踏んだ。

 続けて土砂崩れでもおきたかと思うような振動と破壊の音、そして複数の悲鳴がが響き渡たる。


「あの、ポメリィさん?

 トシキからできるだけ穏便にといわれませんでしたか?」


「はい、たぶん一軒か二軒ぐらいしかつぶしてないとおもいます!」


「……さようですか」


 その誇らしげな返事に、彼はこれ以上彼女を戦わせてはいけないことを理解した。


「では、残りの奴らは俺が始末しますので、ポメリィさんは安全なところへ」


「いえ、ジスベアードさんにはお姫様との面通しという大事な役目があるじゃないですか!

 だから、私が貴方を守ります!」


「あ、あははは、アリガトウゴザイマス」


 ダメだ、この子、何もわかっちゃいない!

 ジスベアードは、この作戦がものすごい勢いで崩壊していることを感じ取っていた。


「さぁ、行きますよ! 覚悟しなさい!!」


 先ほどの惨状を知り、距離をとっていては不味いと思ったのだろう。

 足音も無く何かの気配が近づいてくる。

 この闇の中でもやすやすと動くところを見ると、おそらくは風かなにかを源とする暗視の魔術でも使っているに違いない。

 それを察して、ジスベアードは手持ちの魔導書を指でなぞりつつ、心の中で魔術の詠唱を始めた。


「火のうから、陽光の精霊フラターニティに願いあげる。

 夜を払いし真昼の光、輝かしき汝が姿、刹那の邂逅を我は求む」


 こうしている間にも、ナイフのような何かが風を切っていくつも飛んでくる。

 だが、ポメリィさんはまるでそれが見えているかのように空中で叩き落とした。

 まったくもって物語の英雄じみた姿だ。


 そして気配が十分に近づいた頃を見計らい、ジスベアードはポメリィの後ろから魔術を発動させる。


「くらいやがれ――真昼の急訪」


 シュボッ……と、ライターでもつけたかのような音と共に光の塊が生まれ、周囲がしばし真昼の明るさを取り戻した。

 戦場では照明弾のかわりにも使われる魔術である。

 魔術の光に照らされて、近づいていた暗殺者……おそらくコウモリの獣人たちは目を灼かれて一瞬ひるんだ。


「助かります!」


 それは、ほんの数秒ほどの時間。

 だが、ポメリィさんには十分すぎる時間であった。


 消えてゆく魔術の残照の中を、分裂して見えるほどの速さで鉄球が飛んだ。

 この次に何が起きるかを悟り、俺は黙ってモニターを切り替える。


「あぁっ、なんだよトシキ。

 いいところだったのに」


 文句を呟くアドルフに、俺は少し血の気の引いた顔で答えた。


「スプラッタは苦手なんだよ」

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