第97話 進入開始

 救出作戦が決行されたのは、もう真夜中になる頃であった。

 街から少し離れた人目のない場所にゴンドラを降ろし、俺は実働部隊の連中を見送る。


「では、いってきます」


「……しくじらないでくださいね」


 笑顔でモーニングスターを担ぐポメリィさんに、俺は反射的にそう答えてしまった。

 不適切だとは思うが、今までの実績がアレだからなぁ。


「……努力します」


「だーいじょうぶよ。

 あたしたちがついてるんだし」


 ケラケラと笑って背中を叩くのは、快楽主義者のヴィヴィ。

 むしろお前がいるから心配なんだよ!

 まぁ、こいつのことだから力づくでも最低限の結果は出すだろう。

 そのあとの後始末を考えると怖いけどな。


「ふぅ……かなり心配だぜ」


 俺と同じ意見なのか、ジスベアードが肩をすくめる。

 分かるよ。

 なにせ、この力だけはある連中の中で、人間の常識を理解しているのはお前だけだからな。

 あまり期待はできないが、しっかり連中の手綱を握っていてほしい。


「まぁ、後でトシキに馬鹿にされるのも業腹じゃからな。

 なんとかやり遂げてみせよう」


「……派手なのはやめてくれよ?

 地味でいいからな、地味で」


 派手好きなドランケンフローラにそう釘を刺すが、彼女は薄く笑っただけで返事を返さなかった。

 実に不安だ。


「では、先に行かせてもらうぞよ」


 その発言と共に、ドランケンフローラの姿が地中に消える。

 しまった! こいつ、これを狙っていたな!?

 たしかにこれなら人の目にはつかないが、そのまま俺の目の届かないところで大暴れする気だろ!!

 しかも、手柄を独り占めする気がありありと伺われる。


「ズルい! 抜け駆け!!」


 ドランケンフローラに続いて、ヴィヴィの姿も地中に消えた。


「あいつ、最初から一人で抜け駆けするつもりだったな!?」


「私たちも急ぐですよぉ!」


 ポメリィさんがあわてて走り出そうとし、ジスベアードに止められる。


「待て。 俺たちは普通に、歩きながら入るんだ。

 でなきゃ目立つだろ」


「それに、あの二人はお姫様の顔を知りませんよ。

 たぶん、向こうについてから途方にくれると思います」


 俺がボソリとそう付け加えると、ポメリィさんはポンと手を打った。


「あ、そういえばそうですね」


 救出の鍵であるジスベアードを置いてゆく辺り、あのふたりはどうも詰めが甘い。

 ついでに、ポメリィさんと二人っきりになることが分かってやに下がった顔をしているジスベアードがウゼェ。


「ほんと、ヘマしなきゃいいんだけど」


 まぁ、浮遊図書館のモニターを駆使すれば、先走りした二人が何をしているかある程度は確認できるはずである。

 耳を澄ませば今にも街のほうから悲鳴や破壊音が聞こえてくるような気がして、俺は逃げるように浮遊図書館へと戻った。



「さてと、連中はどうしているかねぇ」


 俺はステーションセンターの一室にあるモニター室の椅子に座り、実働部隊が何をしているかを確認することにした。

 これは前にヴィヴィの活躍を見せた鏡と同じ技術を用いており、端末を持った相手の周囲の光景を音声付でモニターに転送できる優れものである。


「フローラとヴィヴィはもう領主の館に到着しているようだな」


 モニターには、領主の館の人気の無い場所にてなにやら言い争いをしているフローラとヴィヴィの姿が映し出されている。

 おそらく、抜け駆けがどうこうという話だろう。


 そもそもこいつらが欲張らず、ジスベアードを連れて地中を移動してくれたならばこんな面倒な作戦にはならなかったのではないだろうか?

 今となっては考えるだけ虚しい話だが。


「うーん、どうにも様になりませんわねぇ。

 コメディは書かない主義なのですが」


「私もよ。

 もう少し絵になる展開がほしいところね」


 ……と、俺の横でこんな会話をしているのはフェリシアとレクスシェーナである。

 なんでもこの二人は今回の事件を物語にするつもりらしい。

 まぁ、たしかにさらわれたお姫様を助けに行くというのは普遍的なテーマだからなぁ。


「さて、ジスベアードたちも街の中に入って、順調に領主の館を目指しているようだな。

 ヴィヴィ、フローラ、喧嘩している暇があったら探索を開始してくれ。

 こっちで結果をまとめるから、高そうな服を着た女性のいる場所の報告を頼む」


「はーい」


「しかたがないのぉ」


 さて、今回の作戦において俺は領主の館に狙いを絞った。

 理由としては、恋愛がらみでさらったこともあって、お姫様が粗雑な扱いを受ける事は無いと判断したからである。


 グレードの高い宿では人目につきやすすぎるし、裕福な他人の家ではおそらく信用できない。

 結果、領主の館以外の場所にお姫様を置いておく事はできないということだ。


 事前に上空から確認した領主の館の様子からすると、特に庭にある離れが怪しい。

 使用人が頻繁に出入りしているところを見ると、誰かが利用しているのは間違いないだろう。

 さらには領主の息子らしき人物が訪問していることも確認できている。


 そんなことを思い出していると、ヴィヴィとフローラから通信が入った。


「ねぇ、トシキ。

 ジスベアードたちが入ってくる時に邪魔になるだろうから、館にいる男と使用人の女共は始末していいでしょ?」


「我らもただ待っているだけでは退屈でのぉ。

 館の外には漏れないようにするが故、ぜひとも許可がほしいところじゃな」


「……始末って。

 あまり物騒な言葉使うな。

 多少の怪我はしかたがないかもしれんが、あまりひどい事はするなよ」


「わかっておる。

 まぁ、せいぜい薬で身動きできない程度に留めておいてやろう」


「うふふふ……体は無事なままにしてあげるわ。

 体は……ね」


 まったく安心できない台詞と共に、通信は途絶えた。

 やれやれ、領主の館に住む人間にとっては、とんだ災難である。

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