第84話 有り余る好意

「お前……なんてもの作ってるんだよ」


 遠くから見た時もデカい船だなとは思っていたが、これはそんな可愛い表現で済まされるものじゃなかった。

 どんなに移動してもまったくたどり着く気配がなく、その姿が次第に大きくなってくるにつれて、おれはその非常識さを徐々に理解しはじめる。


 おい、これはもはや船と呼べる大きさじゃないだろ!?

 こんなもの、もはや空飛ぶ島だ。

 竜の巣の真ん中で、青いクリスタルの力を使って飛んでるアレとほぼ変わらない。

 少なくとも、大きさを測る単位がキロ単位である事は間違いないだろう。


 なお、アンバジャックとドランケンフローラはほかにやりたいことがあるからと言ってついてこなかった。

 こいつらも目を離すと何をしでかすかわからないので、とても心配である。


「ちなみに、どうやって乗るんだ、これ?

 俺一人ならば空を飛べばいいだろうけど、ポメリィさんとか運ぶ力はないぞ」


 そういえば羊たちはどうやって中に入ったのだろうか?

 あの体毛を自在に使う力があれば、ロープ代わりにして上に引き上げる事は可能だろうが……いろいろと不便すぎるだろ。


「そこは問題ない。

 上からゴンドラを下ろす」


 アドルフがパチンと指を鳴らすと、船の一部がパカリと割れて凝った装飾のゴンドラが下りてきた。

 なんというか、結婚式の新郎でもないのにこんなものに乗ることになろうとは。

 だが、ここで問題に気付く。


「これ、風が強い日は使えないんじゃないか?」


 というより、かなり風の穏やかな日にしか使えない。

 強風の中でこんなものをつかったら危ないし、事故が起きなくても確実に寿命が縮む思いをするぞ。


「まぁ、ほかにもいくつか搭乗手段は考えてあるから心配するな」


 さすがにそのあたりはちゃんと考えてあるらしい。

 たぶん、効率の悪くて頻繁に使いたくはない方法なのだろう。


 そして上に上がると、更なる驚きが俺を待っていた。


「うわぁ、なんだこりゃ!?」


 目の前に広がる光景は、豪華客船どころかほぼテーマパークである。

 統一感のある石造りの建物がどこまでも続き、また別の世界に放り込まれたのかと疑ってしまったほどだ。

 正直、こんなものを作るとか、ちょっと頭がおかしい。

 遊び心がありすぎて理解に苦しむ。


「ふふふふふ、驚きのあまり声も出ないか」


「呆れるあまり声も出ないんだよ!」


 ふんぞりかえるアドルフを怒鳴りつけても仕方が無いので、俺はさっそく船の中の探検を始めた。

 ……正直言うと、ちょっとだけ楽しい。


 しかし、この浮遊都市は全長何キロあるんだろう?


「ふぇぇ……こんなに広い場所だと、迷子になりそうです」


 後ろで呟くポメリィさんに、全力で同意である。

 無駄に大きいので、現在地を把握するのも困難なのだ。

 しかも、デザイン性を重視したせいか、この船の中には標識が無い。


「アドルフ、悪いけど標識とかつけて。

 広すぎて何がどこにあるのかさっぱりわからない」


「なにぃ? ……まったく不便な連中だな。

 その点については考えておくから、時間をよこせ」


「それはいいけど、現在リアルタイムで迷いそうなんだが?

 チョークで目印とかつけていいか?」


「……んだと? 俺の作品に落書きしようってのか!?」


「利用者のことを考えきれなかったお前が悪い。

 どう考えても欠陥品だろ、これ」


 その瞬間、アドルフがショックで固まった。

 おそろく反論したいのだろうが、ヤツの職人根性が事実を捻じ曲げるのを許さないのだろう。


 面白いのでヤツの腹に軽く拳を叩き込むと、そのまま仰向けに倒れてた。


「やーい、ヘッポコ建築士。

 欠陥を指摘された今の気持ち、どんな感じ?

 ねぇ、どんな感じ?」


 ついでなので適当にあおってやると、奴はプルプルと痙攣したあとで、顔を手で覆いながら絶叫したのである。


「ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ふっ、勝った。


「トシキさん、なんかかわいそうじゃないですか?」


 ポメリィさんがそんなことを言ってくるが、あれはたぶん調子にのるとろくなことをしないタイプである。


「いいんだよ。 たまにはへこませておかないと」


 俺は荷物の中から白いチョークを取り出すと、地面に『アドルフ敗北の地』と書きなぐった。

 それから出口のあった方向に矢印を書いて『出口』と記す。

 一応、ポメリィさんにも読めるようこの世界の文字だ。


 そのまま拗ねたアドルフを置いて船内を探索していると、急に建物がなくなり、開けた場所に出た。

 ……コレってもまさか。


「牧場ですね」


 まるで俺の心を読んだかのように、ポメリィさんがボソリと呟く。


 目の前には、青々とした草が生えた草原があり、羊たちがそこでのんびりと草を食べていた。

 あまりにも場違いな光景に、うっかりここが空の上であることを忘れそうになる。


「めぇぇぇぇ」


 俺が来たことに気付くと、羊たちが次々にやってきて頭をぐりぐりとこすりつけてきた。

 おかえしに頭をうりうりとなでてやると、羊たちは気持ちよさそうに目を細める。


 ……平和だ。

 なんというか、ここ数日ほど火事やら襲撃でてんやわんやだったから、この平穏がやけに身にしみる。


「そういえば、お前らかられた毛がいつの間にか生え変わっているのな」


 ふと気付いたのだが、今頭をなでている羊は最初にジスベアードによって辱めを受けた羊である。

 だが、あの珍妙なカットの痕跡が無い。

 いつものモコモコ毛皮がいつの間にか復活していた。


 同時に、俺は羊たちの顔の固体識別ができるようになっていることに気付く。

 慣れるってすごいな。


「ここでお昼寝したいですねー」


 ポメリィさんが、すでに心ここに在らずといった顔でそんな提案を口にする。

 心情としては全面的に賛成なのだが、今はこの船の中を確認することが先決で、それどころではない。


「それは明日の楽しみにしましょう。

 なにせ、今日寝る場所ですらまだ確認してないのですから」


 俺は苦笑いと共にそう告げると、羊の頭から手を離して次の場所を目指すのであった。

 

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