第85話 これは天空の城ですか?
「たぶん、この辺りが居住区って感じですね」
ポメリィさんが呟いたのは、壁に囲まれたヨーロッパのアパルトメントのような建物が立ち並ぶエリアに差し掛かったときのことだった。
白い大理石で統一された街並は、観光地として開放すれば大もうけできるんじゃないかと、下種な考えを抱くほどに美しい。
惜しむらくは全てが新しすぎるため、風情が足りずテーマパークのような印象はぬぐえない。
「じゃあ、あれはさしずめ何だろう。
城かな?」
俺が指差したのは、その中でもひときわ大きな建物である。
縦にも横にも大きすぎて、城以外に的確な言葉は思い浮かばない。
「ここ、船の上ですよね?」
「間違いなくね」
俺たちは呆然としたまま、そんな会話をしながらその大きな建物へと足を進めた。
恐ろしいことだが、これ……ぜんぶ俺の所有物らしいんだぜ?
色とりどりの花が咲きほこる前庭を抜けると、人間用とは思えない大きな扉が俺たちの前に立ちはだかった。
門番はおらず、少し押してみたが扉はうんともすんとも言わない。
「これ、立ち入り禁止って事かな」
折れば振り向いてそう尋ねると、ポメリィさんはが扉に手を当てて調子を確かめる。
「いえ、たぶん扉が大きいだけだと思いますよ?」
そういいながら彼女がドアを押すと、扉は音もなく内側に吸い込まれていった。
……どうやら俺が非力すぎたらしい。
わりとショックだ。
「と、とりあえず中に入ってみましょうか」
「ですね」
俺は自分を奮い立たせるためにそう提案すると、先にたって中へと入り込む。
中にはいると、そこは天井の高いホールになっていた。
「うわぁ……広い」
こうなっている事は予想ついていたが、結局そんな台詞しか出てこない。
自分の文才の無さにあきれるばかりである。
「綺麗ですねぇ……」
ポメリィさんはその広さに反応せず、周囲を見渡してからうっとりとした声で呟いた。
このフロアの中にはあちこちに彫像がおいてあるのだが、その配置や目障りにならない程度に留められたデザインといい、この建物を用意したアドルフの趣味のよさをうかがわせる。
「あ、あそこから奥にいけるみたいですね」
ポメリィさんの見ている方向に目をやれば、奥に続く通路が広がっていた。
その前には管理人の部屋らしきものがあり、さらに向こうにはエレベーターらしきものすら用意されている。
「まずは手前の部屋から見てみましょう」
そう告げながら、ポメリィさんは一番近い部屋を空けた。
中は四十畳はありそうな部屋になっており、トイレにキッチン、さらには階段があって上の部屋にゆけるようになっている。
……贅沢すぎるだろ。
あと、この広さと間取りは空間自体を何かいじっているとしか思えない。
ちなみに、隣の部屋も同じような構造になっており、いわゆる4LDKといった感じだ。
しかも、そんな部屋がいくつもあるので、結局どの部屋を使えばいいのかがわからない。
ただ、さすがに家具はそろっていないのか、どの部屋も中は調度品もなくガランとしていた。
おそらく、その手の代物はアドルフの専門からは外れるのだろうな。
細かな調度品はヨハンナにでも任せたほうがいいだろう。
「やたらと贅沢な作りだけど、なんかこれはこれで困りますね。
タンスやベッドもないし、そもそもどの部屋使えばいいんでろう」
「トシキさんが持ち主になるんだから、部屋については好きな場所使えばいいんじゃないですかぁ?」
「うーん、それでいいのでしょうかねぇ。
王侯貴族でもないので、こんな高そうな部屋を使うのは気がひけます」
そんな言葉を口にしながら、俺はふとスタニスラーヴァの家に泊まったときを思い出す。
そういえば、彼女たちもこっちに向かっているんだっけ?
今頃は何をしているだろうか。
そんなことを考えていると、荒っぽい足音と共にアドルフが戻ってきた。
「お前ら、よくも置いていったな!?」
いきなりの恨み節だが、あれはお前の自業自得だろ。
俺はまともに取り合わず、わざと奴に質問をぶつけた。
「そんなことよりアドルフ。
俺はどこに泊まればいいんだ?」
「あぁ、その話か。
トシキ以外は好きな場所を選んでネームプレートを下げればいい。
お前の部屋はこっちだ」
俺以外は?
気になる言葉だが、アドルフは何も説明せずにエレベーターに乗り込んだ。
そして建物の最上階へと俺を案内する。
そこはサッカーの試合ができるんじゃないかと思うほどの広さがあり、ところどころがパーテーションで区切られて小部屋のようになっていた。
さらには屋上に上がることもでき、ガラス張りの植物園と庭とプールまでついている。
なに……これ?
「贅沢すぎだろ」
「贅沢が嫌いなら、全部を使わずにすみっこのほうで暮らせばいい」
そういいながら、アドルフは部屋の入り口近くにあるパーテーションを指差した。
あ、なんか落ち着くわこれ。
おそらく四畳ほどの広さを持つそれは、俺の感性に一番ぴったりくる場所であった。
まさか、これを見越してこんな場所を用意していたりだろうか?
アドルフ、恐ろしい子……というより、最初から無駄なもの作るなボケ。
「あはは、私もこのぐらいの広さのほうが落ち着きますねぇ」
ほら、ポメリィさんも俺と同じ意見じゃないか。
お前はもっと庶民の感覚というものを理解しろ。
俺がジト目でにらむと、アドルフはすねて舌打ちをした。
「とりあえず、お茶にしましょうか」
そんなギスギスした空気を察したのか、ポメリィさんがそんなことを言い出す。
「いや、自分が入れましょう。
ポメリィさんとアドルフはここで待っていてください」
……というか、ポメリィさんがお茶を入れるとか事故の予感しかしない。
幸い、キッチンは俺が使えるよう仕様になっており、ティーセットも備え付けのものがあった。
俺は炭火を起こすと、荷物の中から茶葉を取り出して茶を入れる。
最近はこんなことにもずいぶんと手馴れてきたものだ。
そして三人で茶を飲みながらくつろいで、最初の一杯を飲み終えたところでふと気付く。
「そういえば……向こうにこの居住区より大きな建物があるように見えるんだが?」
俺が指足したのは、窓の向こう。
一番大きな建物だと思っていた居住区よりもさらに巨大な建物があったのだ。
すると、奴はこともなげにこう告げたのである。
「あれか?
図書館に決まってるだろ」
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