第83話 新たな居住区

 捨て台詞と共に神殿騎士たちが撤収すると、残りの民衆も顔を見合わせながら一人、また一人と立ち去ってゆく。

 その困惑に満ちた顔に、どことなく優越感を感じるのは俺の性格が悪いからだろうか。


「さて、とりあえずなんとかなったものの、この状況はあまりよろしくないな」


 やがて襲撃に加わった連中が一人も見えなくなってから、ジスベアードは肩の力を抜いてそう呟いた。

 たしかに状況は多少よくなったとはいえ、まだまだ安心できるほどではない。


「今回はまだわりと正攻法じゃったが、それ以外の方向から攻めてくる事は十分にありうるのぉ」


 ドランケンフローラの言葉に全面的に同意だ。

 神殿の中に後ろ暗いことを担当する人間がいてもおかしくないし、金で非合法な暴力を雇うことも考えられる。

 こちらに協力的な勢力に資産的な圧力をかけてくるなどといった方法もあるだろうな。


「まぁ、どんな形になるかは不明だけど、襲撃は確実にあるだろうな。

 ……となると、町の外に拠点を作ったほうがいいのかも」


 俺はため息の混じった声でボソリと呟く。

 なお、俺が一番恐れているのは、放火による襲撃だ。


 事件そのものを隠蔽することが難しいから、失敗しても成功しても街の混乱が確実に加速する。

 もっとも、犯行がバレるとすさまじいマイナスイメージになるので、俺だったらリスクが大きすぎて絶対に使わない。


 さすがにこの状況で火を使うほど馬鹿じゃないと信じたいのだが、今までの振舞いを思い出すとけっこう馬鹿なことをしているからなぁ。

 火事の被害者を助けて名を売った俺への意趣返しとして、火攻めを選ぶ可能性は十分にありえる。

 そうなると、やはり俺が町の中で寝泊まりをするのはあまりよろしくない。



「町の外に家を建てるのか?

 今の野宿用のアレの延長みたいな感じで」


「うん、何かあったときに周りを巻き込みたくないから」


 俺がそう答えると、ジスベアードは突然俺の髪の毛に手を突っ込んできた。

 そしてその感触を楽しむかのようにわしゃわしゃとなでる。


「あー、なんか癖になる手触りだな、これ」


「……何してんだよ。

 勝手に人の頭撫でんな」


「子供はおとなしく撫でられとけ」


 そんな暴論を吐きつつ、こんどは俺の腰に手をまわし、脇に抱えた。

 ……なんでこの世界の青年男性は似たような扱いをしてくるのだろうか?


「ほら、建物の中にはいるぞ。

 いつまでも外にいると風邪ひくし」


「自分で歩けるんだが」


 俺の抗議はあっさりと無視された。

 しかも、好奇心を刺激されたポメリィさんやドランケンフローラまでもが俺の髪の毛の中に手を突っ込んで、ホゥと小さく声を上げる。

 ……俺はコタツでもヌイグルミでもない。


「いやぁ、こうやって全員でトシキくんの髪の中に手を突っ込んでいると団結力が高まる気がしますね」


 貴様もか、アンバジャック。

 気が付くと、奇しくも今の状況は全員の手が俺の頭に重なって円陣を組んでいるような状態だった。


「よぉし、いい感じだな。

 一致団結して神殿の連中を一泡ふかせてやろうぜ!」


 なぞの理論に満ちたジスベアードの呼びかけに、オォと全員の声が重なる。

 そのあと、ほかの自警団員にも思いっきり頭をモフモフされた。

 一致団結のためという理不尽な圧力に屈した俺は文句ひとつ言うこともできず、こっそり悔し涙を流したのである。


 さて、さしあたってどこに逃げるかだが……。

 結局のところ町の中にいればどこにいても無用な騒ぎを起こす可能性がある。

 なので、俺は神殿の連中が動く前に町の外へと逃げることにした。


 特にここというあてはないのだが、町から出てしまえば俺の周りには魔羊たちがひしめいている。

 人間にはほぼ手出しができない、生きた要塞だ。


 そして向こうが火攻めを考えたとしても、木を失った森には火事を起こすほどの可燃物はない。

 予想される最悪の事態だけは、これで回避できるだろう。


 そんな風に思って安堵のため息をつき、大きな石の上に腰をおろしたときだった。


「なんだお前ら、こんなところに住み着くつもりなのか?」


 下から聞こえてきた声に、俺は思わず不満の声をぶつける。


「なんだよアドルフ。

 こっちはお前のやらかしたことでひどい目にあってるんだからな」


 こいつが森の木を根こそぎ消したりしなければ、もう少し事態は穏やかだったはずである。

 だが、ことの元凶はクックッとくぐもった笑い声を上げるだけだった。

 そして地面から土を押しのけて上半身だけを覗かせる。


「まぁ、だいたいのところは見ていたから知っている」


 その台詞に、俺は思わず蹴りを食らわせた。 

 しかも、肉球で蹴る奴じゃないほうである。


「痛ぇな、トシキ。

 つま先で蹴ること無いだろ」


 ぜんぜん痛そうに聞こえない声でアドルフが肩をすくめた。

 はなっから怪我をするとは思ってなかったけど、そこまで無傷だとイラっとするわ。


「見ていたんなら助けろ、俺の守護者だろお前!!」


「あんなのわざわざ俺が出向く話じゃねぇよ。

 それに、俺が手を出すとなると、すこしイラッとしただけでも町が綺麗になくなるぞ?」


「あー、その展開は考えてなかったわ」


 たしかに、こいつにとっては軽く小突いたつもりでも、気がついたら一面瓦礫と死体しかないという状況もありえる。

 おそらく、爪楊枝の先で蟻を死なない程度にいたぶるようなものなのだろう。

 ちょっと力加減を間違えただけでも首がポロリ……と言う奴だ。


「そんな事より、船がだいぶ出来上がったぞ。

 居住区が使えるようになっているが、見に来ないか?」


「……え?」


 思いも寄らない言葉に、思わず声が裏返る。

 そっか。

 馬鹿みたいな乗り物だとしかおもってなかったから、そこに生活する事はまったく考えてなかった。

 そういえばあの船、ホテルがいくつか上に作れそうな大きさじゃなかったっけ?


 思わず固まっていた俺に、アドルフは手首をくいっとひねって親指で船を示した。


「ちなみに羊たちはもう乗り込んだぞ。

 お前も早く乗れよ」

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