第34話 トシキと精霊たちの失敗

 予想はしていたのだが、精霊の仕事は早かった。


 翌日、修復の続きをしようと礼拝堂にやってくると、そこには絵本と教材が山済みになっていたのである。

 ヒャッハァァァァァ!

 本だ、本が山ほどあるぞぉぉぉぉぉ!!


「えーっと、トシキくん。

 本に飛びつくのはいいんたけど……これ、どこにおけばいいんだろう?」


 一瞬で本におぼれた俺だったが、途方にくれる兵士の声でハッとわれにかえる。

 くぅぅっ、せっかくの本があるのに、読みふけることが許されないとはなんという拷問。

 いや、お仕事はちゃんとしますよ。

 はぁ……。


「まぁ、順当にいえば図書区画なんですけどねぇ。

 今の状態で本を置くのはちょっと」


 この寺院、じつは三つの区画に分かれている。

 礼拝施設、居住施設、図書施設の三つであり、今手をつけているのは礼拝施設だ。


 さすがに神を祭る場所を後回しにはできないからな。

 だが、図書施設を修復しないと本を保存する場所が無い。


 図書施設の中に関しては、蔵書は誰かが持ち出したのか綺麗さっぱりなくなっており、今はただ書架の残骸が廃材の海を作っている状態である。

 あんなところに大事な本は一冊たりとも置けませんとも。


「仕方がありませんから、修復が終わっている礼拝施設の一角で保管しましょう。

 ただ、その前にどんな本が来ているのか把握して仕分けする必要があります。

 文字が読める方がいらっしゃったら、分類わけの手伝いをお願いできないでしょうか?」


 すると、本日の警備担当である兵士のうち、一人の女性兵士が名乗りを上げてくれた。

 騎士の家の出身なのでしっかりとした教育を受けており、文字は問題なく読めるらしい。


 なお、文字の読めない俺が参加しても意味が無いと思っているかもしれないが、実はフェリシアが書いた著書についてはある程度読めるのである。

 どうも依頼の時に祝福をくれたらしい。

 とは言っても、俺が読むことができるのは紙芝居の台本のみだけどな。

 たぶんだが、ほかの本は俺の知らないほかの精霊の著書じゃないかと思っている。


 そして文字を覚えるための教材については、ちゃんと読めないようになっていた。

 まぁ、文字を覚えるための教材まで祝福の範囲に入っていたら、教材の意味がないしな。

 これは順当である。


 さて、本のチェックを再開するか。

 しかし、よほど仕事が気に入ったのだろう。

 内容もデザインもレベルが高い。

 フェリシアをはじめとする精霊たちがどれだけ力の入れたか、その熱意と愛情が見ただけでもひしひしと伝わってくる。


 横を見ると、絵本についている挿絵を見て女兵士がうっとりしていた。

 あぁ、絵からするとあれはたぶんお姫様と王子様の出会いのシーンだな。

 思わず見入ってしまうのはわかるが、ちゃんと仕事はしてくれよ。


 だが、そんな彼女の口から漏れた一言で、俺は精霊の失敗を悟る。


「すばらしいですね……。

 この絵、このまま貴族の客室に飾られてもおかしくないです」


 その瞬間、俺は思わず背筋が寒くなった。

 あ、これはまずい。


 俺が求めたのは紙芝居のための絵であって、美術館で見るような絵ではないのだ。

 こんな高そうなものをつかって紙芝居をしたら、どうなるか考えてほしい。

 ましてや、ここは治安の悪いスラムのど真ん中なのだ。


 美術的価値の高い絵は窃盗団を招きよせ、俺は金の卵を産むガチョウあつかいになるだろう。

 それはまずい。


 それに、これは大人の価値観で書かれすぎてはいないだろうか?

 子供にはもっとディフォルメした、シンプルでインパクトの強い絵が必要なのではないかと俺は思うのだ。


 そう思った俺は、空き部屋の一室に閉じこもってフェリシアを呼び出した。

 そして、作品を受け取った感想を彼女に告げる。


「まぁ、大変ですわ!

 それはたしかにその通りです。

 私としたことが、自分の理想だけを追求してしまいましたわ」


「……理解してくださってありがたいです」


 さすがにフェリシアの理解は早い。

 すぐさま彼女は次の執筆にうつるといってくれたのだが……


「その前に、子供に見せるための絵というものがどんなものか、デザインの方針を相談しませんか?」


 たぶん、今のままでは同じことを繰り返しそうな気がする。

 そんな時間の無駄を許す気はさらさらなかった。


「たしかにその必要はございますね。

 トシキさんの故郷にはそのようなものがすでに存在しているということでしたが……」


「そうですね、まず絵本の基本コンセプトは子供の興味を引くことではないでしょうか?

 自分の覚えている限りでは、かなりかわいいものが多かったですね」


「かわいい……ですか……」


 だが、これがなかなかに難しい。


 それはそうだろう。

 この世界の絵画とは、まず大人が見てその美しさを楽しむものであり、子供のための絵画というものが存在しないのだ。

 それを一から作るというのは、大変なことなのである。

 ましてや、俺は地球の洗練された絵本を知っており、半端なものでは納得できない。


「うーん、俺の記憶の中にあるものを実際にお見せできたら早いと思うのですが」


「できますわよ?」


「え?」


「人の記憶を覗くというのはかなり繊細な作業ですが、水や地の精霊はそういうことが得意でしてね。

 大丈夫。

 精神汚染は起きないようにしますから、ちょっとだけ……ちょっとだけ覗かせていただけませんか?」


 怪しい笑顔を浮かべ、フェリシアが俺ににじり寄ってくる。

 思わず後ずさりをすると、ぽよんとやわらかい感触が頭に触れた。


「あの……どちらさまでしょうか?」


 振り向くと、見覚えの無い美女たちが笑顔でそこに立っていた。

 すると、彼女たちは笑顔のまま俺に告げる。


「フェリシアの友人です。

 今回の企画に感銘を受けまして、わたくしたちみんなで本を書きましたの」


「大丈夫です。

 私たち、地の精霊でも上級のものばかりだから精神汚染をするなんてヘマはしません」


「たぶん、数日ほど疲労で寝込むだけですから!」


 口々にそんな台詞を掃きながら、美女たちの手が俺に伸びる。


「うひぃぃぃぃぃぃ!!」


 結局、俺はそのまま二日ほど昏睡する羽目になった。

 危険なことをするなと、あとでみんなからしこたま怒られたのは言うまでもない。


 ……解せぬ。

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