第33話 文化事業

 結論から言うと、この世界に紙芝居というものはまだ存在していなかった。

 どんなものか執拗に聞いてくる連中に対してうまく説明ができなかったので、とりあえずできたら見せると理由をつけて煙に撒く。


 いや、こいつらの相手は面倒なのよ。

 どうせ、実物作らないと納得しないくせに、根掘り葉堀り聞いてくるとか意味がわからない。


 そして俺は、今日からの新しい住まい……ようやく人が住むための最低限の設備が蘇った廃寺院にやってきた。

 むろん一人ではない。

 スタニスラーヴァとマルコルフが手配してくれた、護衛の兵士三人とである。


「えーっと、とりあえず入り口近くにあるこの部屋を詰め所として使ってください。

 暖炉の薪が足りなくなったら補充するので、早めに言って下さるとありがたいです」


 調度品など椅子ぐらいしかない場所だが、それでも休憩できる場所があるだけマシなのだろう。

 兵士の三人はさっそく暖炉に火をつけ、ニコニコと笑顔で寺院の警護をはじめた。


 さて、自室に戻ると、俺はチョークと黒板を取り出す。

 新しい精霊に執筆依頼をするためだ。


「智の神の叡智と威光において、精霊に願う。

 新たなる書を記さんがため、我が呼びかけに応えよ。

 来たれ、地霊フェリファーロ・ロセ=レ・アフリーリャ」


 俺の呼びかけに応え、金色の光の中から現れたのは、眼鏡をかけた知的な美女であった。

 同じ美女であっても、スタニスラーヴァとは受ける印象がかなり違う。

 端的に言えば、母性を感じるか感じないかだ。


 正直、スタニスラーヴァは女というイメージが強すぎて困る。


「あら、人の子がわたくしを呼ぶなんて珍しいこともあるものですね。

 残念ですが、あなた方が使うオモチャの提供はできませんのよ?」


 呼び出された精霊は、物憂げな表情でそんな言葉をつぶやいた。

 そりゃそうだろうな。

 彼女の専門は詩吟と言語であり、戦いとは縁遠い存在なのだから無理もない。


「ご心配なく。

 欲しいのは物騒なオモチャではなく、もう少し有意義なものですので」


 俺の答えに、精霊は不思議なものを見たとばかりに首をかしげた。


「あらあら、ますます珍しいことね。

 あなたは何を求めていらっしゃるのかしら?」


「そうですね、欲しいものはいくつもあるのですが、まずは物語を」


 すると、俺の言葉が意外だったのだろう。

 精霊は口元を隠すように手をあて、しばし言葉を選ぶかのように沈黙した。


 いや、詩吟と言語の精霊を呼んだのに、それに関係の無い願いを口にするほうがおかしいだろう?

 本当にこの世界の魔術師は、今までどんなことをやっていたのやら。


「まぁ、驚いた方ね。

 でも、それならばわたくしを呼んだのは確かに正解ですわよ。

 どんな物語を御所望かしら?」


 気を取り直したように笑顔を貼り付けた精霊に、俺は迷うことなくその願いを告げる。


「子供が読んで、夢や希望を持つような物語を。

 それも、絵のついたものが欲しいのです」


 その瞬間、精霊がパッと花咲くような笑顔を浮かべる。

 もしもこれが作り笑いだったら、演技も専門にしたほうがいい。


「あらあらあら、それは素敵な提案だわ!

 どうしましょう、方針を聞いただけなのにとても創作意欲がわいてきますのよ?」


「もう少し具体的に言えば、子供たちに絵を見せながら、物語を読んで聞かせたいのです。

 この世界にはあまりにも子供向けの娯楽が少ないようですからね」


 すると、精霊は楽しくてうずうずしている表情でこんな提案を出してきた。


「ねぇ、人の子よ、そこに音楽をつけてはいけないかしら?」


 ほう、なるほど。

 たしかにそれもあったほうが臨場感が出てウケはいいだろうな。

 さすがに図書館のイベントでそこまですることはなかったから思いつきもし無かったよ。


 たしかに大道芸として出すのならば、そのぐらいやったほうがいいのかもしれない。


「大歓迎ですよ。

 ただ、演奏する者が用意できるかどうか……」


 なにぶん、この世界に着たばかりの俺には何をするにも伝手が足りない。

 まぁ、雷鳴サンダーボルトやスタニスラーヴァに頼めば人を紹介してくれそうな気はするが、頼りっぱなしになっているようで、あまり気はすすまなかった。

 まぁ、今回のことで貸しがあるから、嫌とは言うまいが。


「そう、それは残念ねぇ。

 でも、自己満足でかまわないから音楽もつけさせていただくわ」


 精霊は心底残念そうな顔で告げる。

 いや、俺も残念だよ。

 いつの日か、彼女の残した楽譜を誰かが拾い上げ、その曲を演奏してくれることを祈るばかりだ。


「ではもうひとつの願いをよろしいでしょうか?」


「ふふふ、どうぞ。

 貴方のお願いを聞くのは、とても楽しそうだわ」


 俺が次の願いの前置きを口にすると、彼女は気を取り直したかのように微笑んだ。


「では……。

 自分が求めるのは、文字を覚えるための絵本です。

 それも、できれば文字や絵を指でをなぞると、その文字の発音が聞こえるものがほしいのですよ」


 すると、彼女はすこし思案げな表情になり、しばし考え込んだ。

 そして硬い声で俺に尋ねる。


「たやすいことですけど、何のためか伺ってもよろしいかしら?」


「不肖このトシキ、智の神よりこの寺院を任されておりまして、その運営の一環として子供たちに文字を教えたいのです。

 まぁ、その前に自分も文字を読めないので、読めるようになりたいというのもありますけどね」


 すると、彼女の目にきらりと涙が光った。

 ……何事!?


「まぁ、なんて素敵な依頼……。

 私がやりたかったことを、まさか人の子から依頼されるだなんて思ってもいませんでしたわね。

 まったくどちらが依頼を受けているのかわからなくなるぐらいですわ」


 そう告げると、彼女は涙をふき取って今回の契約について離し始めた。


「では、こうしましょう。

 報酬は私の書いた絵本の読み上げを、月に三回はこの寺院で行うこと。

 それでかまいませんわ」


 月に三回どころか、俺の計画では週に数回の予定である。

 彼女の申し出は、俺にとって何の問題もなかった。

 むしろ、こちらに利益がありすぎて心が痛むな。


「それは、こちらとしてもありがたい。

 では、契約成立ということで……。

 あと、本の作成にあたって名前を贈らせていただきましょう」


 アドルフの反応から、俺は精霊にとって名を贈られることはとても喜ばしいことであることに気づいていた。


「フェリシアでいかがでしょう?

 私の生まれた場所では、幸運を意味する言葉です」


 俺が名を告げると、精霊の顔がさらに喜びで輝く。


「まぁまぁ、素敵な名前ですわね!

 この出会いこそ、まさに幸運。

 このフェリファーロ・ロセ=レ・アフリーリャ、己が全能をもって依頼に応えましょう!」

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