第32話 無能の檻

 むかしむかし。

 周りの男の子にいじめられて泣いていたその時、不器用な性格の祖父は彼女に言った。


「何をおとなしくイジメられておるんじゃ!

 お前には人よりも強い力がある。

 そんなもの、殴りつければみんなおとなしくなってイジメなくなるわい!」


 ……でも、人を殴るとか怖くてしかたがないの。

 そう告げた彼女に、周りから破壊王と呼ばれていた祖父は彼の愛用の武器のひとつであるモーニングスターを手渡した。


「なら、これを使えばいいじゃろ。

 これをつかえば、殴ったのはお前ではない。

 儂の武器が、お前のかわりに殴るのじゃ。

 だから、お前は悪くない」


 そんな台詞と共に武器を渡された瞬間、彼女が感じたのは安心感。

 まるで祖父がいつも一緒にいて、彼女を傷つける全てから守ってくれるような気がして、彼女の心はとても穏やかになった。


 だが、それがかけかけえの無い何かと引き換えであったことに、彼女は気づかない。

 なぜなら、それからずっと大事なことの判断を人任せにしてきたから。

 つらいことは、いつだって優しい誰かが代りにやってきてくれたから。


 考える努力をしない者に本当の幸せなんてやってこないという現実を、彼女は知らない。

 間違った優しさにずぶずぶと頭まで浸かりながら、彼女はひたすら誰かが助けてくれるのを待つだけなのだ。





「えーっと、それでは反省会を始めます」


 ギルドにもどった俺たちは、ポメリィの意識が戻ったタイミングを見計らって反省会をはじめた。

 進行役は、被害者にして依頼人である俺。


「まず、結論から言うとすさまじいリスクに直面した上に、まったく意味がありませんでした。

 倒せた魔物は0です」


 その結果を告げると、いまだぼんやりしているポメリィ以外の全員からため息が漏れた。


「……それについては、人選を間違えたとしか言えないわね。

 ごめんなさい。

 わたしもまさか、あれほどひどいとは思って無かったわ」


 いいわけじみたことを秘書官さんが口走るが、それで何かが良くなるわけではない。

 しかし、その意見には同感である。

 あんなひどい存在が、冒険者として大手を振って歩いていいはずがなかった。


「あの……わたし、またやっちゃったんでしょうか」


 そして、この状況をまったく理解できていない存在が一人。

 周囲の悪意がぐっと濃密になる。


「やっちゃったどころか、殺っちゃうところだったそうね。

 正直、冒険者の資質がないとしか言いようが無いわ」


 そんな発言したのは、騒ぎを聞いてかけつけてきたスタニスラーヴァである。

 今はちゃっかり俺を膝の上に捕獲し、頭を撫で回しながら大激怒だ。


 そんな彼女の氷のような視線に、ポメリィはヒィッと悲鳴を上げた。

 反射的にモーニングスターを探しているようだが、彼女の愛用の武器は森ですっ飛んでいったまま未回収である。

 本当に物騒な生き物だな、これ。


「しかも今回トシキを危険にさらしただけでなく、少し前に森でトシキの食料を奪ったことも発覚したらしいな」


 これはスタニスラーヴァの隣にいるマルコルフ。

 彼もまた、今日は機嫌が悪い。

 先ほどからテーブルにどっかりと片肘をついて、もう片方の手の指でトントンとテーブルをたたいている。


 どうやら、これが苛立ったときの彼の癖らしい。


「被害者の俺から一言いいかな?」

 

 誰も異論を唱えないので、俺そのまま話はじめる。


「まず、ポメリィさん。

 貴女、森の中を歩いていたとき、何を考えていました?」


「そ、それはもちろん、この依頼をどうやったら無事に果たせるかですよ!」


 勢いよくそう答える彼女だったが、俺は首を横に振った。


「違いますね。

 たぶん、貴女はこの依頼に失敗したら、どうやって許してもらおうと考えていたでしょ。

 自分は役立たずだから、失敗してもしかたがない。

 貴女は、そう信じている」


「ち、違います!」


 否定する彼女だが、俺と視線があっていない。

 だが、嘘ではないだろう。

 おそらく今まで自分がそう考えていたことにすら気づいていなかったといったところか。

 社会に出るとたまにいるんだよ、こういうタイプの奴。


「本当に?

 なら、具体的にどう考えていたか……どうぞ、その考えを聞かせてください」


「それは……」


 俺の言葉に、彼女は答えることができなかった。

 あぁ、本当はこんなやり取りをするのは嫌なんだ。

 でも、彼女をこの無能の檻から引きずり出すには、誰かが言わなきゃいけない。


 だが、なんで俺なんだよ。

 雷鳴サンダーボルト、これは本来ならばお前の仕事だろ。

 くそっ、胃がムカムカする。


 俺はやりきれない思いを抱えたまま、大きく息を吸った。


「出てきませんよね。

 それが貴女の正体です。

 自分が無能だからといって、周りに迷惑をかける事も当然と思っている。

 その状態に甘えてばかりで、自分は何も考えない。

 ……ふざけんな!!」


 俺が言うべきことを全て吐き出すと、あたりはとても静かになった。


「それで、君はポメリィを冒険者ギルドから追放しろと求めているわけだね」


 きまりが悪そうにため息をついたのは、雷鳴サンダーボルトである。

 なんでも、ポメリィは彼の師匠の仲間の忘れ形見ということらしい。

 まぁ、かろうじて知人といったレベルだな。

 心情的にはかばいたいのだろうが、ここまでひどいと彼にもどうにもできまい。


「困ったわねぇ。

 たしかにこの子は冒険者にしておけないほど資質に欠けているけど、ほかの職業にも向いてないのよ。

 前にだまされて娼婦になったこともあるらしいけど、結果は一日で建物が半壊。

 客である男の首の骨が粉砕されて二度と歩けなくなったのだとか」


 なぜだろう、そのときの様子がありありと想像できる。

 さて、そろそろもう一度口を出すか。

 先ほど無能という悪魔の正体を暴きたてはしたものの、まだ足りない。


 このままだと、この妖怪少女は何のあてもないまま社会の荒波にフリースローされて、二度と浮き上がってこないこと請け合いである。

 そんな展開も、俺の望むところではないのだ。


「えーっと、被害者としては特に冒険者ギルド追放以上の罰を求めていませんし、追放した後で野垂れ死にとかされても目覚めが悪くなりそうです。

 ……というわけで、今回の失態に対する冒険者ギルドへのペナルティーとしては、彼女でも勤まる冒険者以外の職業を探すという方向でお願いできないでしょうか」


「優しいのね、トシキ。

 でも、この子……とんでもなく使えないわよ?」


 そう、スタニスラーヴァの言うとおり。

 問題はそこである。

 この攻撃的なポンコツ、いったいどうやったら有効活用できるのだろう?


 俺が救いを求めるように周囲を見渡すと、誰もが視線をそらした。

 まず、接客業と製造業は無理だろう。

 どう考えても破滅的な未来しか見えない。

 

「まぁ、こうなるとは思ったんですよね。

 一応、自分に案があります」


 俺がそう告げた瞬間、周囲の連中がそろって驚きの顔を浮かべる。


「どうにかなるのか、これ?」


「どうにかするんだよ、マルコルフ。

 ところで、この町では路上で芸を披露するときはどこに許可を求めるんだ?」


「吟遊詩人のギルドだが……まさか、ポメリィに芸をさせるのか?

 無謀だと思うぞ」


 まぁ、その通りだ。

 頭が悪くても芸人なら勤まるなんて考えは、本気でがんばっている芸人さんに失礼だろう。

 

「うん。

 それでも試す価値はあると思うんだよ。

 パーティーを組むときに契約書を自分で書いていたし、読み書きはできるって事だよね?」


「たしかに、ポンコツだけど教養はけっこうあるのよね。

 でも、書類仕事は無理よ?」


 首をかしげるスタニスラーヴァに、俺はあえて質問で返した。


「この国に存在しているかどうかははわからないんだけど……紙芝居って知ってる?」

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