第35話 胡乱な客たち

 結局、今回納品された絵はスタニスラーヴァに寄贈することにした。

 なんだかんだ世話になっているし、こういうものは価値のわかる人間のところにあるべきだろう。


 売って金にする?

 それも考えたが、いろんな意味で値段がつかないものらしい。

 あと、精霊たちかそういう扱いを喜ばない気がするのだ。


 てなわけで、現在はフェリシアたちが作る新しい絵本を待っている状態である。

 もしも絵が間に合わなかったら、童話の朗読だけでしばらくやるつもりだ。

 少なくとも、童話のほうは非のうちどころがない出来栄えだったからな。


 だが、破壊魔であるポメリィにそのまま本を渡すわけにはゆかない。

 下手をすると、本を持ったまま転んで引きちぎるなんて展開が容易にイメージとして浮かぶからな。


 そこで、貴重な書物を失うことがないよう、まずは写本を作らないかということになったのである。

 だが、写本というのは非常に手間と時間のかかる作業だから、一人や二人でやっていたらいつまでかかるかわかったもんじゃない。


 そんなわけで人材を求めて雷鳴サンダーボルトに相談したところ、冒険者ギルドの受付嬢たちが興味を示しているという。

 彼女たちは原本である絵本を好きなだけ見てよいかわり、ボランティアで写本を引き受けてくれるというのだ。


 その申し出を快く引き受けた俺だったが、すぐに後悔することとなる。

 なぜならば……本に見入りすぎて、彼女たちの仕事がさっぱり進まないからだ。


 そんなわけで、今日も寺院のなかでは非番の受付嬢たちが本を手に甘いため息を漏らしている。

 それでもけっこうな写本がそろってきたから、当面の読み聞かせに使うならこれで十分か。

 

 一方、ポメリィの仕事場をつくる作業も急ピッチで進んでいた。

 二つの部屋の間の壁をわざと壊し、石英と呼ばれる白いを材料に修復をかけているのである。

 実はこの石英という鉱石、水晶とまったく同じ物質なのだ。


 本来は透明なものがいくつかの原因で真っ白に濁っているだけなので、溶かして再結晶化させれば透明な石英ガラスの出来上がりである。

 よって、この石を素材とすることで分厚くて透明な壁を作ることができるのだ。


 そして出来上がった透明な壁に、俺は音が通るための彫刻の魔術で穴を開ける。

 壁の向こうの部屋にポメリィが入り、透明な壁をはさんで子供たちに紙芝居の読み聞かせをするというのが、俺の想定した仕事場だ。


 イメージとしては、刑務所の面会場といった感じだろうか。

 まぁ、用途してもそこまで遠くはない気がする。

 何かの拍子にポメリィが暴れだしたら怖いからな。


 なお、写本を手に朗読の練習を始めたポメリィだが、意外なことに歌と語りはかなりうまかった。

 たまに台詞を忘れたり、途中で違う話を読み上げたりして凍りつくが、このぐらいならばご愛嬌という奴である。


 ……というわけで、こちらの準備は万端。

 あとは、子供たちへの宣伝と、吟遊詩人ギルドに話を通すという段階である。


 なお、吟遊詩人ギルドは上流階級の居住区にも程近い場所にある、そこそこ大きな劇場であった。


「紙芝居……ねぇ。

 まぁ、説明を聞く限りだと演劇に似たものだとは思うが、やはり実物を見ないと判断がつかないね」


 そう語るのは、吟遊詩人のギルドマスターであり、この劇場の支配人である中年男だ。

 細身ではあるが鍛えられた体、甘い顔立ちにきざな口ひげ。

 なるほど、まさに劇団の支配人にふさわしい伊達男だ。


 だが、ポメリィに実演させようにも絵の準備が整っていない。

 さて、どうしたものかと俺が考えていると、向こうから申し出があった。


「もしよかったら、その精霊の手によって描かれたという貴重な原本を読ませていただけないだろうか?

 あつかましいかもしれないが、まずその原本を見て自分たちだったらその紙芝居というものをどう演ずるかを試してみたいのだよ」


 なるほど、この男は根っからの芸術家らしい。


「かまいませんよ。

 どうせ私の頭の中にあるものをそのまま再現するよりも、この世界の感性で、思うがままに芸術を追求してほしいと思っていたところです。

 よろしかったら、楽団の方々も一緒にどうです?

 実は、精霊が趣味に走って朗読にあわせた音楽まで作ってきたのですよ」


 その瞬間、団長に手を握り締められた。


「いやぁ、君、わかっているねぇ!

 ぜひみなで参加させていただきたい!!

 キャロル卿から話には聞いていたが、本当に子供らしくない。

 褒め言葉だけどね!」


 そして吟遊詩人ギルドの方々は、なんと翌日の朝から押しかけてきた。

 歌姫や踊り子、裏方の男たちや学士まで、実に様々な人種がひしめいているが、ひとつだけ共通点がある。

 全員の顔が、遠足開始直後の子供だった。


「ようこそ、吟遊詩人ギルドの方々。

 お望みの書物はこちらにあります」


 案内をする俺の後ろを、鼻息も荒くついてくるご一行。

 うひぃぃぃ、なんか異様にテンション高いぃぃぃ。

 この人たち、大丈夫なのか?


「これが精霊フェリシアの手によって書かれた物語の数々です。

 よろしかったら、目録がありますのでどうぞ。

 写本の作業中のものがありますので、どうしても見たい場合は自分にお問い合わせくださ……」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺の台詞は、全て言い終える前に怒号でかき消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る