異世界ファンタジー

1255:魔女殺しの魔女


ある所に、一見平和な国がありました。


作物はほどよく豊かに実り、海や川では数種類の魚が捕れました。


民を気にかける王がいて、王を慕う民がいました。


そして、魔女がいました。


この国では、魔女は人より優位な存在でした。


しかし、魔女なら何をしてもよい、というわけではありません。


魔女は人より優位な存在でしたから、人々を守り、庇護しなければなりませんでした。


魔女は人より優位な存在でしたから、国の繁栄のために王に仕えるように求められました。


魔女は人より優位な存在でしたから、魔女を罰することができるのは、王と、魔女と同じ魔女だけでした。


  △ ▽ △ ▽ △


北に位置する国との境にある森の中に小さな家屋があった。


馬車をおり、扉を四回ノックすると、家屋の主はすぐに扉を開けた。黒い衣装に身を包んでいる。俺はいつも通りの言葉を告げる。


「殺していただきたい魔女がいます」

「……そうですか。どのような罪で?」


家屋の主もいつも通りの言葉を告げる。


「恋人の浮気相手の人間を嫉妬のあまり傷付け殺めてしまった、とか」

「……わかりました。参りましょう」


家屋の主はろくに戸締りや身支度もせず、そのまま外へ出て馬車へ向かい、慣れた様子で乗り込んだ。俺も後を追って乗り込む。


馬車がゆるりと動き出した。


無表情な顔しか知らないし何を考えているかわからないが、何度見ても美しい女だと、眼前に座る魔女を見て、俺は思った。


  △ ▽ △ ▽ △


「大丈夫です。寝ている間に終わります」


牢の床に座り込んでいた娘が不意にかけられた声に振り向くとそこには女の姿があった。娘の顔に怯えがうかぶ。


「もうじき、眠くなります」

「えっ……?」


女は水差しを指差す。娘はその意味を察すると自分の喉元に両手で触れて震えだした。


「あなたが、魔女殺しのっ……」

「どんな思い、どんな勘違いがあったにせよ、人を害したことにかわりありません」


女が娘に一歩近付くと、娘は小さく悲鳴をあげて壁際まで後退った。


「私たちは人を守り、庇護しなければなりません」


女は距離を詰めながら、なおも言葉を重ねる。


「貴女が守るべきであった人は、他の誰かが守ってくれるでしょう」


重さに耐えかねたように娘の瞼がおりていく。だんだんと体の震えもおさまり、荒れていた呼吸も静かに規則正しいものになる。


「さようなら。私の愛しい娘」


女は屈み、娘の耳元に口を寄せ囁く。


「貴女の死は私が負いましょう」


魔女は微笑み、娘の頬に優しく触れた。


  △ ▽ △ ▽ △


ある所に、一見平和な国がありました。


この国に住む魔女は人より優位な存在でしたが、何をしても許されるわけではありません。


悪いことをすれば、罰が与えられます。

とても悪いことをすれば、死が与えられます。


人と同じように。


とはいえ。


人には、魔女を罰する権利はありませんでした。

王には、魔女を罰する権利はありましたが、死を与えることまではしたくありませんでした。

魔女といえども、魔女を殺すことはしたくありませんでした。


皆に忌まれたその任を、何の罰でありましょうか、美しい美しいひとりの魔女が、一手に引き受けておりました。



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