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1259:理由探し


私は空を見上げて大きく伸びをした。今日も晴天である。良いことだ。

屋上から見る空は地上から見るよりほんの少しだけ近くにある。


「あの、今から死ぬんですか?」


突然かけられた声にぎょっとして振り向くと、見たことのない黒髪の男性が立っていた。驚きのあまり何も言い返せずにいると、彼は申し訳なさそうに言葉を続けた。


「驚かせてしまってすみません。実は僕、僕の死の理由を探しているんです。もしかしたら、あなたが死ぬ理由が僕の死の理由と一致するかもしれないので、理由を教えてほしいんです」


何を言っているのだろう。私は不信感を隠しきれず眉根を寄せた。


「あぁ、あやしい者ではないんです、妖しかったり怪しかったりはするかもしれませんけど、決して危害を加えるつもりはありません。お願いします。どうか、あなたが死ぬ理由を教えてください」


彼は少し困った顔で、それでも切実そうに言いつのった。


「まあ、少しくらいなら……」

「ありがとうございます!」


私が渋々ながら承諾すると彼はホッとした様子で何度もお礼を述べ、一番近くにあったベンチに座るよう誘った。促されるまま私は腰をおろす。


なにやってるんだろうな、と心の片隅で思いつつも、私は今まであった悲しかったこと、苦しかったこと、つらかったことを洗いざらい話した。人間関係の愚痴も、仕事の不満も話した。話し始めると止まらなかった。途中で泣くことも脱線することもあったが、彼は根気強く聞いてくれた。


「そうでしたか。うん、そうでしたか……。貴重なお時間を頂戴したのに、ごめんなさい、あまりしっくりきませんでした。その理由は僕の死の理由とは違うみたいです。ありがとうございました」


彼は深々と頭を下げると階段へ続くドアがある方へ去っていった。突然のことに呼び止めることもできず、その姿をぼんやり見送る。


私はベンチに座ったまま空を見上げた。晴天である。

昼休憩の時間帯が終わり人々が立ち去る頃合いに屋上にあがってきたのは、彼の指摘通り死ねたら死のうかな、と思っていたからだ。だが、彼に話したことで少しスッキリしてしまった。


「今日は、やめよう」


私の言葉に応えるように風が吹き、植物がさわさわと揺れる。よく晴れているせいか、いつもより影が黒く見える。


「ぁ」


そういえば、彼の足元には影がなかったような気がする。心なしか肌も透き通るような白さだった気もしてきた。


「いや、でも、霊感とかそういうのないし。たぶん……」


私の呟きに答える声はない。屋上には私しかいない。


突然現れて颯爽と去っていった彼。

私の話をしっかり聞いてくれた彼。

彼は、何者だったのだろう。


怖くはなかった。むしろ優しそうな面影が脳裏に焼き付いている。

少しハスキーな声も耳に心地よかった。


『あなたの名前はなんですか』って、また会えたら訊いてみよう。悲しくて苦しくてつらくて死にたくなったときに、また会える。何故かはわからないが、そんな確信がある。だから、それまでは、とりあえず、生きよう。


私はそう決めると立ち上がり、彼が消えていったドアのある方へと向かって歩き出した。



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天秤の瑪瑙 他日 @hanayagi

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