ジュリエットの想い
一
ぼくは、善之さんとゆかりさんをどうにかくっつけてあげたいと思いながら、一人ではいい案も浮かばず、テストが近いということもあって、ただ手をこまねいているだけだった。
その期末テストは、ゆかりさんがお店を辞めるころ始まった。そして、善之さんがバイトに復帰すると同時に最終日を迎えた。
ゆかりさんは、この町からも去っていったのだろうか。
善之さんはいつもと変わらず明朗快活な感じだけど、無理しているように見えなくもない。
そんな中、世間はすっかりクリスマス一色となっていた。アーケード街もクリスマスソングばかりが流れ、次郎さんのお店にケーキの予約の貼り紙が仲間入りした。
町が賑やかだと、ちょっとすきま風が吹いていても、心はだんだんウキウキしてくる。
ぼくも次郎さんのお店でケーキの予約をし、それから向かいの本屋さんへ行った。
お兄さんたちは甘いものが苦手だから、ホールで買うのはどうしようかと迷ったけど、クリスマスはやっぱりあのケーキじゃないとだ。サンタさんやハウスの乗った生クリームのケーキ。
暑い時期でもないし、三日ぐらいはなんとか大丈夫なはずだ。いや、頑張って二日で食べきろう。
そんなことを考えながら中静さんの新刊を買い、ぼくは本屋さんを出た。
次郎さんのお店へ目をやると、小さなケーキの箱を持った女の人がちょうど出てくるところだった。
ぼくはその人を見てあっと思った。薄化粧のゆかりさんだったのだ。
ゆかりさんは、まだこの町にいた。
「あの!」
ぼくは慌てて彼女を追いかけ、また逃げられると困るから立ちはだかるように前へ出た。
びっくりした顔をしてゆかりさんは立ち止まる。でも、次の瞬間には笑顔になっていて、長い毛先を撫でながら近づいてきた。
「こんにちは。たしかきみはよっしーの」
「はい。弟の人夢です」
「そうそう。人夢くんだよね。うん」
ゆかりさんはゆったりと話し出す。
癒し系だとお兄ちゃんが言っていたのをぼくは思い出した。
「あの、お兄ちゃんから聞いたんですけど」
「うん」
「お店のこと」
ゆかりさんは小首を傾げた。
あまり深いところへは踏み込まないよう、なんとかぼくが言葉を選んでいる中、ゆかりさんはのんきに人差し指を向けた。
「ああ。お兄ちゃんてよっしーの弟の。クソ生意気な」
「え?」
「あ、ごめんね。人夢くんに、お兄ちゃんのこと悪く言ったらだめだね」
ゆかりさんは肩をすくめて口に手をやった。きれいに整っている爪がつやつやとしている。
いまさらお兄ちゃんのことを確認されるとは思っていなかったから、はぐらかされたような気分にもなった。しかも、クソ生意気発言のほうをぼくが気にしたと、ゆかりさんは思っている。
「いえ。そんなことより……」
「お店のことね」
「辞めちゃったんですよね」
「うん。一身上の都合でね」
「それって、善之さんがお店でトラブったことと関係あるんですか? お兄ちゃんの話だと、ゆかりさんを助けるために善之さんは殴られたとか。それで、他のホステスさんがヤキモチ焼いちゃって、ゆかりさんはお店に居づらくなったって」
ゆかりさんはケーキの箱を持ち直しただけで、表情一つ変えなかった。ずっと不思議そうな顔でぼくを見ている。
ぼくは急に不安になってきた。
「……もしかして違ってますか?」
「うーん。……ていうか。なんて言ったらいいかわかんないけど、やっぱりムリがあったんじゃないかと思うんだよね」
「ムリ?」
「ほら。わたしってさ、あれじゃない?」
それから、ゆかりさんは言いにくいそうに、「お兄ちゃんから聞いたでしょ?」と続けた。
「小寺さんのことですか?」
「うん。ああいうお店ってね、外での活動も重要なんだ。いくらオンナノコになったとはいえ、やっぱりホンモノじゃないし。おいそれと外の活動ができるわけがないじゃない?」
今度はぼくが首を傾げた。
ゆかりさんがなにを言おうとしているのか、正直よくわからない。……外の活動ってなんだろう。
曖昧に返すのも悪い気がして、しばらく黙っていると、くすっとゆかりさんに笑われてしまった。
「まあ、そこら辺は人夢くんは深く考えないで」
「……はい」
「まさかね。あのお店によっしーがいるとは思わなかったんだ」
「じゃあ──」
「よっしーのためとか、せいとかじゃないんだよ。やっぱお互いやりづらいじゃん?」
ぼくは、ゆかりさんと面と向かって話すのは初めてだ。それなのにこんなことを訊くのはどうかと思う。
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