三
男の人は、陽に透けた髪が、茶色というより金色に近くなっていて、すごく目立っている。女の人は、つやつやの黒髪が腰まであって、あのメイド喫茶のクラスの人かわからないけど、かなりしっかりとしたメイドの格好をしていた。
その二人も、芝生に腰を下ろして、楽しそうにお喋りしている。
男の人が、ふとこっちへ振り返った。
その顔を見て、ぼくは「あっ」と声を上げた。お兄ちゃんの幼なじみの伊藤さんだったのだ。
伊藤さんもぼくをわかって笑顔になると、おもむろに立ち上がった。片手を上げながら近づいてくる。
「だれかと思ったら。人夢くんだよね」
「はい。こんにちは。……伊藤さんもお兄ちゃんのところへ遊びに来られたんですか?」
「も、ってことは人夢くん。豪のとこに来たの? あいつには会えた?」
「はい。……これ」
と、半分くらい食べた焼きそばを、ぼくは持ち上げた。
それに目をやって「ああ」と頷いた伊藤さんは、自分もここの生徒だと言った。
「あ、そうだったんですね。すみません。ぼく、知らなくて」
すると、伊藤さんのとなりに座っていた女の人が遅れてやって来た。
ばっちりメイクの美人さんだ。線は細いんだけど、体幹はしっかりしているような、きびきびした感じもある。そして、女の人にしては背が高かった。
ぼくが挨拶をすると、その女の人も「こんにちは」と返してくれた。
……意外と声が太い。
「ああ、人夢くん。言っとくけどこいつ、こんな格好してても女子ではないんだ」
「しょう子でーす。よろしく」
ヒラヒラのスカートを左右に伸ばしてお辞儀する。
ぼくはまばたきを繰り返して、その女の人をただ見上げていた。
「あほか、瀬尾(せのお)。人夢くんが固まってるだろ」
「ていうか、大志。トムくんてもしかして……篠原の弟?」
「そう。篠原人夢くん」
「へえ」
と、瀬尾さんという人は、勢いよくぼくの前にしゃがんだ。にこっと笑う 。
……声さえ出さなきゃ、どこからどう見ても女の人だ。肩幅も、腕や足のすらっとさも。
瀬尾さんが突然、はっとして腰を上げた。慌てた様子で、いま何時かと伊藤さんに訊いている。
「もうすぐ二時になる」
「やべえ」
瀬尾さんが走り出そうとしたとき、ぼくの後ろから、今度は正真正銘、女の人の声が飛んできた。
「翔くん。こんなところにいたの。捜したんだよ。大志も、うちの大事なメイドを勝手にお持ち帰りしないの」
「なんで俺のせいになるかね」
「もーう」
その声に聞き覚えのある気がして、ぼくはぱっと振り返った。けれど、すでに後ろ姿だった。
「いまのやつさ。ああ、女の子のほう」
ぼくに話しかけながら伊藤さんはしゃがんだ。
「いとこの有華っていうんだけど、人夢くん。名前は聞いたことあるでしょ?」
「有華さん……。あ、はい。健ちゃんの」
「そうそう。お姉ちゃん」
「あっ、あの」
伊藤さんに会ったら訊こうと思っていたことがあったのに、いざとなったら出てこない。
なんでもないですと手を振ると、伊藤さんはくすっと笑って腰を上げた。それじゃあと片手を上げ、校舎のほうへ歩いていく。
ぼくは残りの焼きそばを食べ、首をひねった。なにを訊こうとしていたのか、とうとう思い出せなかった。
帰りの電車ももちろん一人で、窓を背にする長椅子のほうへ腰を下ろした。ぼくが端っこに寄ろうとしたら、鼻の赤いおじさんが無理やり体を入れた。仕方なく、ちょっとずれる。
電車が動き出すと、おじさんとは反対のとなりに、だれかがどかっと座った。
見覚えのある靴がまず目に入る。ぱっと顔を上げると、やっぱりお兄ちゃんだった。
前のめりで、向かいの車窓へ視線を投げ、肩を上下させている。
「間に合った……」
「お兄ちゃん、もう帰るの? イケメン焼きそばは?」
「イケメンはやめろ」
「でも、繁盛してたじゃん。お兄ちゃんのクラス」
「クラスのもんじゃねえよ。うちのクラスは……ああ、なんだっけ」
「あ、そっか。メイド喫茶だよね」
お兄ちゃんは有華さんと同じクラス。その有華さんが呼びに来たから、メイドの瀬尾さんも同じクラス。
つまり、メイド喫茶をやっていた四組が、お兄ちゃんのクラスなのだ。
「それよりお前、なんで一人で来たんだ。だれも誘わなかったのか? ほら、あいつとか」
「あー……」
お兄ちゃんに言われて気づいた。……勇気くんを誘えば、もっとよかったのかもしれない。
「向こうに行ったらお兄ちゃんがいると思って、だれかと一緒に行くことはあまり考えてなかった。……変かな?」
「いや──」
とそっぽを向いて、お兄ちゃんは何度も顎を撫でていた。
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