二
となると、お化け屋敷のほうがいい。お化けは嫌いだけど、メイド喫茶のメイドよりはリアクションが取れる。
あのお兄ちゃんがメイドなんかさせられてて、それを目の当たりにしたぼくはどうすればいいんだろう。
でも、覗かずにはいられなくて、前を通るだけ通ってみた。しかし、幸か不幸か、お兄ちゃんには会わなかった 。
別棟を出たところでお腹が鳴った。
気がつけば、お昼を一時間ほど過ぎていた。
最後に、中庭の近くでやっているという屋台街なるものに行ってみた。
お祭りにもよく出る屋台だ。たこ焼き、とうもろこし、わたがし、フランクフルト、ポテトフライなどなど。
その中で、お昼過ぎにもかかわらず賑わっていたのが焼きそばの屋台。なぜか女の子たちがいっぱいいた。
近くまでいくと、「イケメンやきそば」の看板があって、ぼくはちょっと納得した。
イケてる麺で作る焼きそばだからじゃない。イケメンが作るから、「イケメンやきそば」なのだ。
ぼくは笑ってしまっていたけど、焼きそばを作っている人を見て硬直した。
お兄ちゃんだったのだ。
一応は笑顔でいる。だけども、その完成度は低い。
お兄ちゃんは、たしかにイケメンだ。でも、それはあくまで周りの反応であって、本人は屁とも思っていない。カッコいいと褒めても、ともすれば迷惑そうな顔をする。
コンビニへジャージで行くし、スウェットでロクちゃんの散歩にも行く。
なのに、イケメンと大々的に銘打ったことをさせられて、乗り気じゃないのは明らかだった。ものすごく不機嫌でいるに違いない。
それでもぼくがほっとしたのは、お兄ちゃんが外でもああやって、無愛想に近い感じでいたこと。たまには笑顔になるけど、家でいるのとほぼ変わらない感じだった。
どこにいても、だれといても、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだってことに、ぼくは嬉しく思った。
「ねえ、きみ。焼きそばいるの?」
いきなり声をかけられて、見渡すと、それまでいた女の子たちがいなくなっていた。
自然とぼくの番になっている。
お兄ちゃんは鉄板へずっと視線を注いでいて、ぼくには気づいていない。屋台の中で一緒にいる、少しぽっちゃりした女の人が話しかけていた。
「いくついるの?」
「あ、あの……」
ぼくがまごまごしていたら、さすがに不審に思ったのか、お兄ちゃんが顔を上げた。
ぼくを見て、怒るか、もっと不機嫌になるか、シカトするか。お兄ちゃんの反応はそのどれかだろうと思っていたけど、意外にも普通に話しかけてきた。
「なんだよ。一人で来たのか?」
ぼくが頷くと、お兄ちゃんはとなりの女の人を見て、「田島。一つ頼む」と言った。
田島さんという人は空のパックを取り、焼きそばを詰めながら、ぼくたちを交互に見た。
「篠原の知り合いの子?」
「そう」
「へえ。意外。まさか、キレイなお姉さんは飽きちゃって、反動でショタに走っちゃった、とか」
「は? てめえは黙っとけ」
同じクラスで親しいとはいえ、女の人に向かって「てめえ」はない。それを意見するつもりだったのに、ぼくの口から出てきたのはぜんぜん違うことだった。
「ねえ、お兄ちゃん。しょた……って、なに?」
「お前もいいから。早く、行け」
詰め終わった焼きそばを田島さんから奪い、お兄ちゃんは割りばしを添えるとぼくへ押しつけた。
「後ろがつかえてるんだから」
「でも、お金……」
「俺が払っとくから。じゃあな」
お兄ちゃんはぼくを弾くように早口で言うと、もっと後ろへ声を飛ばした。
即席で設けられたイートスペースは、もともとの数が少ない上にまだ満杯だった。
ぼくは中庭のほうへ行って芝生へ腰を下ろし、自販機で買ったお茶を飲みながら、お兄ちゃんの焼きそばに箸をつけた。
「うん。おいしい」
大きな、それも鉄板で作った焼きそばは、やっぱりおいしい。
ちょっと油多めでテカテカ。濃い目のソースが麺に馴染んでて、フライパンでは出せない香ばしさを漂わせている。
そして、雲一つない秋晴れと広い中庭。ロケーションもこのおいしさに一役買っている。
ハチコウの中庭にも、桜だろう大きな木が何本も植えてある。
芝生に腰を下ろして寛いでいる人も結構いて、のどかな空気がそよいでいる。
ここで毎日お昼が過ごせるなら、ちょっとくらいしんどくても勉強を頑張れそう。
少しわくわくしてみて、でも考えを改めるように首を横に振った。ため息も出る。
また焼きそばを食べ始めたとき、少し遠くにいるカップルが目に止まった。
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