となると、お化け屋敷のほうがいい。お化けは嫌いだけど、メイド喫茶のメイドよりはリアクションが取れる。

 あのお兄ちゃんがメイドなんかさせられてて、それを目の当たりにしたぼくはどうすればいいんだろう。

 でも、覗かずにはいられなくて、前を通るだけ通ってみた。しかし、幸か不幸か、お兄ちゃんには会わなかった 。

 別棟を出たところでお腹が鳴った。

 気がつけば、お昼を一時間ほど過ぎていた。

 最後に、中庭の近くでやっているという屋台街なるものに行ってみた。

 お祭りにもよく出る屋台だ。たこ焼き、とうもろこし、わたがし、フランクフルト、ポテトフライなどなど。

 その中で、お昼過ぎにもかかわらず賑わっていたのが焼きそばの屋台。なぜか女の子たちがいっぱいいた。

 近くまでいくと、「イケメンやきそば」の看板があって、ぼくはちょっと納得した。

 イケてる麺で作る焼きそばだからじゃない。イケメンが作るから、「イケメンやきそば」なのだ。

 ぼくは笑ってしまっていたけど、焼きそばを作っている人を見て硬直した。

 お兄ちゃんだったのだ。

 一応は笑顔でいる。だけども、その完成度は低い。

 お兄ちゃんは、たしかにイケメンだ。でも、それはあくまで周りの反応であって、本人は屁とも思っていない。カッコいいと褒めても、ともすれば迷惑そうな顔をする。

 コンビニへジャージで行くし、スウェットでロクちゃんの散歩にも行く。

 なのに、イケメンと大々的に銘打ったことをさせられて、乗り気じゃないのは明らかだった。ものすごく不機嫌でいるに違いない。

 それでもぼくがほっとしたのは、お兄ちゃんが外でもああやって、無愛想に近い感じでいたこと。たまには笑顔になるけど、家でいるのとほぼ変わらない感じだった。

 どこにいても、だれといても、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだってことに、ぼくは嬉しく思った。


「ねえ、きみ。焼きそばいるの?」


 いきなり声をかけられて、見渡すと、それまでいた女の子たちがいなくなっていた。

 自然とぼくの番になっている。

 お兄ちゃんは鉄板へずっと視線を注いでいて、ぼくには気づいていない。屋台の中で一緒にいる、少しぽっちゃりした女の人が話しかけていた。


「いくついるの?」

「あ、あの……」


 ぼくがまごまごしていたら、さすがに不審に思ったのか、お兄ちゃんが顔を上げた。

 ぼくを見て、怒るか、もっと不機嫌になるか、シカトするか。お兄ちゃんの反応はそのどれかだろうと思っていたけど、意外にも普通に話しかけてきた。


「なんだよ。一人で来たのか?」


 ぼくが頷くと、お兄ちゃんはとなりの女の人を見て、「田島。一つ頼む」と言った。

 田島さんという人は空のパックを取り、焼きそばを詰めながら、ぼくたちを交互に見た。


「篠原の知り合いの子?」

「そう」

「へえ。意外。まさか、キレイなお姉さんは飽きちゃって、反動でショタに走っちゃった、とか」

「は? てめえは黙っとけ」


 同じクラスで親しいとはいえ、女の人に向かって「てめえ」はない。それを意見するつもりだったのに、ぼくの口から出てきたのはぜんぜん違うことだった。


「ねえ、お兄ちゃん。しょた……って、なに?」

「お前もいいから。早く、行け」


 詰め終わった焼きそばを田島さんから奪い、お兄ちゃんは割りばしを添えるとぼくへ押しつけた。


「後ろがつかえてるんだから」

「でも、お金……」

「俺が払っとくから。じゃあな」


 お兄ちゃんはぼくを弾くように早口で言うと、もっと後ろへ声を飛ばした。





 即席で設けられたイートスペースは、もともとの数が少ない上にまだ満杯だった。

 ぼくは中庭のほうへ行って芝生へ腰を下ろし、自販機で買ったお茶を飲みながら、お兄ちゃんの焼きそばに箸をつけた。


「うん。おいしい」


 大きな、それも鉄板で作った焼きそばは、やっぱりおいしい。

 ちょっと油多めでテカテカ。濃い目のソースが麺に馴染んでて、フライパンでは出せない香ばしさを漂わせている。

 そして、雲一つない秋晴れと広い中庭。ロケーションもこのおいしさに一役買っている。

 ハチコウの中庭にも、桜だろう大きな木が何本も植えてある。

 芝生に腰を下ろして寛いでいる人も結構いて、のどかな空気がそよいでいる。

 ここで毎日お昼が過ごせるなら、ちょっとくらいしんどくても勉強を頑張れそう。

 少しわくわくしてみて、でも考えを改めるように首を横に振った。ため息も出る。

 また焼きそばを食べ始めたとき、少し遠くにいるカップルが目に止まった。

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