二
「あたし、篠原くんと健くんを日曜日に見かけたの。公園から出てくるところだったよ。篠原くん、最近は健くんとも仲いいね」
久野さんが微笑う。
一緒に笑うことができなかったぼくはパジャマのズボンを握りしめていた。
いまと同じことを、久野さんは勇気くんに言ったのかもしれない。
この三日間、勇気くんがなんのリアクションもしてくれなかった理由を、知らされた気がした。
久野さんが帰っても、ぼくは玄関から動けなかった。
「いまのコ、たしか三津谷の……」
お兄ちゃんの声が聞こえて、はっとなった。
「……え?」
「あのコ、三津谷の彼女じゃねえの? 仲よさそうにしてんのを何回か見たことあるから、てっきりそう思っていたら──」
「違うよ!」
ぼくは思わず叫んでいた。
手にしていたプリントも、ぐしゃっと悲鳴を上げる。ぼくは慌てて、胸に押しつけるようにしてプリントを伸ばした。
お兄ちゃんを見上げると、さらに顔をしかめていた。
「あ? 違う?」
「あ、あのね。ええと、ぼ、ぼくも、二人はてっきりつき合ってるんだと思って、それを勇気くんに言ったんだ。けど、ものすごく否定されたから。たぶん違うと思う……」
尻すぼみになった。
そこへ、どうしたという広美さんの声が飛んできた。
ぼくの言葉がちょっと強くなっていたし、何事かと思わせてしまったらしい。
「べつに」と返して、お兄ちゃんはさっさと廊下の奥へと消える。
長い髪を掻き上げ、広美さんはわずかに表情を険しくした。
それを見逃さなかったぼくは、久野さんのことや、彼女がくれたプリントの中身を一方的に説明した。そして、言い終わるとすぐ、そそくさと自分の部屋へ引っ込んだ。
電気を点け、さっきの久野さんをふと思い出す。
だれとでも気軽に話せて、ぼくは羨ましいくらいに積極的な彼女。だけど、お兄ちゃんが現れた途端に、それは鳴りをひそめた。
そういえば、久野さんにお兄ちゃんのことを訊かれたことがあった。「彼女はいるの?」って。
篠原さんちに来たばかりで、ぼくはすごく困ったけれど、その後はなにも訊かれなかったから、ひそかに胸を撫で下ろしていた。
学習机に置いたプリントを揃え直し、ぼくは首を傾げた。
久野さんが持ってきてくれたのだから、彼女のノートの写しだと、てっきり思っていた。しかし、眼下の字は意外なほど角張っている。
ふと、勇気くんの笑顔が頭に浮かんだ。
たとえ日曜のことを知ったとしても、それを怒る彼じゃない。
そう自分に言い聞かせ、ぼくはあしたの準備を始めた。
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